長州萩、城下の路地に日本海の秋味を継ぐ食通宿五軒 — 処暑の夕凪に剣先烏賊と見蘭牛を膳へ
毛利三十六万石の城下町・萩で、料理を主目的に選ぶ宿を五軒。剣先烏賊の踊り会席、萩のブランド牛・見蘭牛、見島沖の甘鯛。大正14年創業の老舗から明治11年創業の料亭まで、処暑の夕凪に合わせて選びました。
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VIEW ALL →中伊豆修善寺、桂川の渓に湯を張り出す客室露天五軒 — 白露の独鈷の湯の里に竹林と紅葉を控える朝湯
弘法大師が桂川の岩を穿ったと伝わる独鈷の湯の里、中伊豆・修善寺温泉から、客室に露天または半露天の湯を備える五軒。全室離れの宿から創業四百年の吊り橋の別邸まで、湯質の数値と目安価格を添えて。
飲むという養生 — 湯を口に含む作法が、なぜ湯治の里で薬効の一部に数えられてきたか
飲泉は、飲用の許可を受けた源泉にだけ許された養生の作法である。岐阜・湯屋温泉、山梨・西山温泉、山口・俵山温泉——湯治の里の三軒を手がかりに、湯を口に含む行為が湯治の里で薬効の一部に数えられてきた理由を辿る。
庖丁を継ぐということ — 料理長の系譜が公にたどれる食通宿五軒 — 味覚の秋、先代から受け継いだ献立を守る宿の記
新米と走りの茸が同じ日に厨房へ届く味覚の秋。初代板前長の家伝料理、前料理長からの手ほどき、四十年続く受賞の記録——料理長の系譜を公の記録でたどれる食通宿を、指宿から箱根まで全国五軒選んだ。
夏油・須川・鬼首、栗駒国定公園に湧く湯宿五軒 — 処暑の高原で源泉かけ流しを継ぐ宿
栗駒国定公園の三つの湯場、夏油・須川・鬼首から源泉かけ流しの湯宿五軒を選びました。標高千百二十六メートルで毎分六千リットルが自噴する須川温泉、湯船の底から湧く足元自噴泉の元湯夏油、大正七年創業の鬼首・大新館。処暑から白露へ、一年の半分だけ灯る山の湯を訪ねます。
胆振洞爺、カルデラ湖の水面へ湯を張り出す客室露天四軒 — 初秋の朝、湖に正対して湯を使う
洞爺湖の湖畔で、客室の露天風呂が湖に正対する宿は公式資料で確認できた限り四軒。洸の謌・湖の栖・WE Hotel Toya・望楼 洞爺を、湯質と湖との距離から見る。
創業四百年を越えて代を継ぐ老舗の湯宿五軒 — 長月に暖簾が語る歳月と湯守の系譜
慶雲二年開湯の慶雲館から、鎌倉期創業の御所坊、仙台藩の湯守を継ぐ佐勘まで。創業四百年以上を公式に明示する湯宿五軒を、長月の候に全国から選んだ。創業年と代数、木造建築と源泉の来歴をたどる。
月見台という席 — 旅館の座敷が、なぜ仲秋の一夜に月へ席を設けてきたか
旅館の座敷が庭や池へ張り出す「月見台」は、仲秋の一夜に月へ席を設けるための場所として造られてきた。桂離宮古書院の寸法を手がかりに、佐賀・武雄「御宿 竹林亭」と伊豆修善寺「柳生の庄」の露台から、月を待つ建物の作法を読む。
日光二泊、奥日光湯元から鬼怒川渓谷へ 硫黄泉と渓谷の湯を辿る三日間 — 初秋の草紅葉と標高差の湯
標高一四八〇メートルの奥日光湯元に一泊、いろは坂を下って鬼怒川渓谷に一泊。硫黄泉から無色透明のアルカリ性単純温泉へ、標高差一一〇〇メートルが生む湯の違いを二晩で辿る二泊三日の道行きと、湯元・鬼怒川に各二軒の宿を紹介します。
講中という縁、宿が代々の常客を迎えた作法 — 秋彼岸の参詣道に玉垣と講の名を残す二軒の記
講とは、参詣の元手を積み立てた共同体である。代参と先達を伴って社寺へ向かった人々は、行き先に決まった一軒を持っていた。相模大山の先導師旅館 古宮と、出羽三山手向の宿坊 大聖坊。玉垣と代々受け継がれた名に残る、宿と講中の永い縁を辿る。