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日光二泊、奥日光湯元から鬼怒川渓谷へ 硫黄泉と渓谷の湯を辿る三日間 — 初秋の草紅葉と標高差の湯
標高一四八〇メートルの奥日光湯元に一泊、いろは坂を下って鬼怒川渓谷に一泊。硫黄泉から無色透明のアルカリ性単純温泉へ、標高差一一〇〇メートルが生む湯の違いを二晩で辿る二泊三日の道行きと、湯元・鬼怒川に各二軒の宿を紹介します。
講中という縁、宿が代々の常客を迎えた作法 — 秋彼岸の参詣道に玉垣と講の名を残す二軒の記
講とは、参詣の元手を積み立てた共同体である。代参と先達を伴って社寺へ向かった人々は、行き先に決まった一軒を持っていた。相模大山の先導師旅館 古宮と、出羽三山手向の宿坊 大聖坊。玉垣と代々受け継がれた名に残る、宿と講中の永い縁を辿る。
石見温泉津、銀山の外港に世界遺産の湯町を継ぐ一軒 — 廻船問屋から木造三階の料理宿へ、旅館ますやの記
秋の長雨が石畳を濡らす頃、温泉津の湯町は湯気を低く抱く。石見銀山の銀を積み出した外港の町で、廻船問屋から旅館へ転じ、明治四十三年から木造三階を守り継ぐ「旅館ますや」を訪ねた。七室の料理宿の記。
箱根仙石原、芒の草原の奥に棟を分ける一軒 — 台ヶ岳の裾に仲秋の静けさを置く独立棟の記
仲秋の箱根仙石原で、母屋から離して棟を構える宿を一軒。明治三年創業の仙郷楼は、大涌谷から引いた白濁の強酸性泉を完全放流式で注ぎ、庭の奥に木造平屋・数寄屋造りの離れ六室を置きます。芒の原の見頃に合わせ、庭と湯と膳から辿ります。
別府明礬、湯の花小屋の裾に青みを帯びた湯を継ぐ一軒 — 藁葺きの下に結晶を育てて百五十年、岡本屋の記
別府八湯の最高所・明礬温泉に建つ十四室の宿、岡本屋。自噴源泉かけ流しの青みを帯びた硫黄泉と、江戸期から変わらぬ藁葺きの湯の花小屋。明治八年創業から百五十年、湯とその結晶を同じ家が継いできた一軒を深掘りします。
村山山形、馬見ヶ崎の河原に芋煮の湯気立つ秋 — 里芋と山形牛を膳に継ぐ食通宿五軒
山形県村山地方の秋の膳を組む食通宿五軒。里芋と牛肉を醤油で仕立てる村山流の芋煮と山形牛を軸に、かみのやま温泉・天童温泉・黒沢温泉の宿を辿る。芋煮会フェスティバルの日程と山形牛の認定基準も添えて。
陸中久慈から野田・普代・田野畑へ、二泊で辿る北三陸の秋 — 海女の里と親潮の魚を膳に継ぐ食通宿三軒
秋分から寒露へ、三陸鉄道リアス線の北端・久慈から野田村・普代村・田野畑村へ南下する二泊三日。海女の里と塩の村、北緯四十度の断崖、北山崎の玄関口に立つ食通宿三軒を辿る。
渡り廊下という間 — 離れの宿が、母屋と棟をつなぐ一筋の屋根付きの道に、なぜ時間を持たせてきたか
長月の夕、離れへ向かう渡り廊下に灯がともる。母屋と客室棟を結ぶ屋根付きの廊下が、なぜ宿の格と静けさを設計してきたのか。大正6年創業の旅館花屋(長野・別所温泉)と、全10室の由布院別邸 風の森を手がかりに、数寄屋の作法から読み解く。
那須高原と板室、林の離れと四十度のぬる湯を辿る二泊三日 — 初秋の那須岳東麓に棟と湯を継ぐ宿の記
那須岳の東麓を二泊三日で辿る。初日は那須湯本の林に十室だけを置く那須別邸 回、二日目は創業一五五一年、四十度前後のぬる湯を守る板室温泉 大黒屋へ。棟を分ける建て方と湯の温度を軸に、初秋の夫婦旅の行程を組んだ。
長州湯田、白狐の里にアルカリの美肌湯を汲む湯宿五軒 — 初秋の椹野川べり、山頭火が庵を結んだ町なかの名湯
山口市・湯田温泉はpH九・一四のアルカリ性単純温泉が一日二千トン湧く町なかの湯。白狐伝説と山頭火の庵を辿りながら、湯使いを自ら明かす湯宿五軒を選びました。
皆生温泉、弓ヶ浜の渚に日本海の落日を客室露天へ映す五軒 — 秋分の夕凪に潮の湯を汲む里
秋分の夕、弓ヶ浜の渚に沈む日を客室の露天から眺める。鳥取・米子の皆生温泉から、日本海に向いた客室露天を備える五軒を選び、湯の出どころ、その風呂が温泉かどうか、そして境港から届く秋の地魚の膳までを辿ります。
箱根強羅と仙石原、外輪山の斜面に湯を張り出す客室露天五軒 — 白露の早雲山と芒の原を望む朝湯
箱根の強羅と仙石原で、客室に露天風呂を備え外輪山や早雲山を望む斜面へ湯船を差し掛ける宿を五軒。大涌谷の白濁湯と強羅の重曹泉、二系統の湯を源泉名と泉質に照らして選びました。