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越前と若狭、盛夏の岩牡蠣と甘鯛を待つ食通宿五軒 — 越前海岸から小浜湾へ続く御食国の膳
越前海岸から小浜湾まで、御食国と呼ばれた土地の食を継ぐ料理旅館五軒。越前がに・若狭ぐじ・岩牡蠣・甘えびを地元漁協との直接の関係で仕入れる、料理を主目的とする夫婦旅のための宿。
蔵王東麓と遠刈田、宮城側の渓に湧く客室露天五軒 — 不忘山を望む盛夏の朝湯
宮城側の蔵王東麓、遠刈田・青根・峩々の湯場に散らばる客室露天付き宿五軒。だいこんの花・竹泉荘・観山聴月・不忘閣・山風木。盛夏の朝霧と松川渓谷の水音、不忘山遠望を客室内で得る宿を編集部が選定。目安価格・湯質・室数を明記。
薩摩指宿、錦江湾の渚に砂むしの熱砂を継ぐ湯宿五軒 — 天然蒸し湯の作法を守る里の湯
指宿の砂むし温泉は錦江湾の渚に湧く高温泉が砂を温める天然蒸し湯。三百年の湯治文化を継ぐ五軒——別邸 天降る丘、いぶすき秀水園、吟松、悠離庵、指宿白水館を、湯を主語に紹介する。
露天に蛍が降る夜 — 客室の湯舟が、源氏蛍の光をどう招き入れてきたか
水無月の夜、渓に舞う源氏蛍と、里の湯を育む伏流水は、同じ地下水脈から生まれる。狩野川源流の湯ヶ島「arcana izu」と、天降川の畔に立つ霧島「妙見石原荘」の二軒を例に、客室露天の湯舟が蛍の光をどう招き入れてきたかを、湯守と川守の作法として綴る随筆。
出羽湯野浜、日本海の落日を一室から望む一軒 — 庄内砂丘の汀に客室露天を構える宿の記
文化十年(1813年)創業、二〇二四年四月リブランドの亀や(KAMEYA HOTEL)。全六十四室オーシャンビュー、上層階の客室露天、湯野浜の塩化物泉、庄内の膳を一軒として深く記す。
旬という約束 — 旅館の献立が、なぜ走り・盛り・名残の三段で季節を語ってきたか
立秋を境に、旅館の膳は夏の名残と秋の走りが同居する。走り・盛り・名残という日本料理の時間意識が、旅館の夕餉にいかに組み込まれてきたかを、信州扉温泉 明神館と加賀山代あらや滔々庵の二軒に例を採りつつ、静かに辿る随筆。
常陸那珂湊と大洗、夏の鹿島灘ヒラメと常陸牛を待つ食通宿四軒 — 親潮と黒潮が混じる魚港の食卓
梅雨明けの鹿島灘、親潮と黒潮が混じる海のヒラメと常陸牛を膳に据える大洗・那珂湊の食通宿四軒。割烹の格、魚市場との距離、献立の質で整理する。
南紀勝浦、太地の鯨と熊野の湯を継ぐ一軒 — 紀伊半島南端に代を継ぐ港町旅籠の記
処暑を過ぎ、黒潮の照り返しが和らぐ初秋の南紀勝浦。熊野参詣の港として栄えた勝浦の対岸、桟橋から専用船五分の離島全体を一軒に編み直した「碧き島の宿 熊野別邸 中の島」を、湯・食・立地の三軸で掘り下げる。
師走の門前町、出雲から石見へ 神在月明けの名旅館四軒 — 神迎えを終えた里に代を継ぐ宿
神在月を終えた師走、出雲大社門前から石見銀山の湯町、有福、益田へ。代を継ぐ名旅館四軒を地図とともに訪ねる、神送りののちの静かな門前の冬。
松之山と越後田中、越後妻有の薬湯に湯治宿を継ぐ湯宿五軒 — 十日町丘陵に湧く高濃度食塩泉
草津・有馬と並ぶ日本三大薬湯・松之山温泉と、信濃川畔の越後田中温泉。越後妻有の丘陵に湯治宿の作法を継ぐ湯宿五軒を、白露の頃の二泊三日に据えて選んだ。
新酒という前奏 —— 旅館の秋の膳が、なぜ蔵出しの一献から始まってきたか
霜月から師走、蔵出しの新酒が宿の膳に並ぶ季節。旅館の秋の夕餉がなぜ一献から始まってきたのかを、新潟・長野・兵庫の食通宿三軒とともに随筆として辿る。
湯垢という時間 — 湯船の縁に積もる白い結晶が、なぜ湯の年輪を語ってきたか
寒の内の湯船の縁に積もる白い結晶——石灰華や湯の花という析出物を主題に、白骨・明礬・万座の名湯三軒を挿話的に訪ね、湯の年輪という視点で名湯文化を静かに綴る随筆。