梅雨の合間に晴れ間がのぞくと、相模湾は鈍い銀色に光る。その海を借景に、山王山の中腹で数寄屋の軒を連ねてきた宿がある。横山大観が足しげく通った熱海の地に、京風数寄屋の名手・平田雅哉が手がけた客室と、二本の源泉、そして一万余坪の庭園を擁する一軒。古き温泉旅館建築がいまも生き、海と庭が一枚の絵のように向き合う、その滞在を訪ねる。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。


横山大観ゆかりの宿 熱海大観荘 — 熱海・山王山 · 相模湾を望む純和風の数寄屋造り老舗温泉旅館
PHOTO: 熱海大観荘 — 公式サイトを見る →

Media Picks Score: 95 / 100  33室、純和風数寄屋造りの温泉旅館。

目安価格 ¥99,000–¥121,000 / 泊 (2名1室・通常期・1泊2食)

歴史と建築

はじまりは、昭和十三年(1938年)。中山製鋼所を興した中山悦治が、山王山の中腹に別荘を構えたことに遡る。戦後の昭和二十三年(1948年)七月、その別荘を温泉旅館として開いたのが大観荘の起点となる。当初はわずか六室、本館に五室と離れに一室という構えだった。宿の名は、熱海・伊豆山を愛し、しばしば訪れては絵筆を執ったとも伝わる日本画の巨匠・横山大観に由来する。海と山を画題とした大観の眼が、この地の景色を選んだという来歴が、宿の空気にいまも残る。

別荘当時から伝わる客室は、京風数寄屋造りの名手として知られた平田雅哉の手になる。「大観の間」「松風の間」と名づけられた座敷は、面皮柱や繊細な欄間、床まわりの設えに至るまで、それぞれ趣向を違えてしつらえられている。庭は紫綬褒章を受けた作庭家・龍居松之助によるもので、一万余坪の敷地に四季の表情をたたえる。昭和三十一年(1956年)には政府登録国際観光旅館(登録第97号)に指定され、戦後の熱海を代表する宿として歩んできた。建物と庭が、近代和風建築のひとつの到達点をいまに伝えている。


熱海大観荘 — 龍居松之助による一万余坪の庭園、秋の景
PHOTO: 熱海大観荘 庭園 — 公式サイトを見る →

滞在の体験

客室は数寄屋座敷を主とし、海側からは相模湾と初島が一枚の絵のように望める。障子を引けば、軒先がそのまま庭と海へ続いていく。借景という言葉が、ここではただの設えではなく、滞在の中心になっていることが感じられる。朝、海から昇る光が障子越しに座敷を染め、夕には庭の木立が陰影を深める。客室そのものが、時刻と季節を映す装置として働いている。

湯は、源泉を二本もつ。大浴場は山王の湯・滝の湯・ひのきの湯と趣を変えて三か所が設けられ、ひのきの浴槽が湯気をまとう様は、古い湯屋建築の記憶を呼び起こす。加えて貸切露天風呂と足湯があり、夫婦や友人連れが互いの間合いを保ちながら湯を楽しめるよう配されている。熱海・伊豆山の一帯は、走り湯に代表される古湯の地として知られ、その土地の湯の文化のなかにこの宿も連なっている。食事は京懐石を原点とし、関東の旅人の口にも広く届くよう整えられた会席である。土地の海の幸を主役に据えながら、京の手仕事を下敷きにした一皿が続く。

集約レビューが映すこの宿の本質

公開レビューデータを集計すると、この宿への評価は建物と庭、そして接遇の落ち着きに集まる傾向が読み取れる。数寄屋造りの座敷で過ごす時間と、海を望む湯への満足が支持の核にある。一方で、山王山の中腹という立地ゆえ、熱海駅からの登り道は急で、徒歩での到着は楽ではない。送迎や短いタクシー移動を前提に組むことが望ましいと、集約された声からも見て取れる。価格帯は熱海の宿のなかでも上に位置し、記念の旅や、建築と庭を主目的に据えた滞在に向く一軒だと言える。にぎやかな観光の拠点としてよりも、宿そのものを目的地として選ぶ人に応える宿である。

立地と周辺

宿は熱海・山王山の中腹に位置し、相模湾を見下ろす。熱海駅からはタクシーで約5分、徒歩であれば10分ほどだが、道は急な上り坂が続く。13時45分から16時45分まで、30分ごとに駅へ向かう送迎のマイクロバスが用意されている。海沿いに目を転じれば、伊豆山には日本三大古泉のひとつ走り湯があり、伊豆山神社の参道とともに、この地の温泉信仰の歴史を今に伝えている。熱海の市街や海岸も近く、滞在の合間に古い湯の町を歩くことができる。

こんな旅人に

  • 向く:
    近代和風建築や数寄屋の意匠に関心のある夫婦・友人連れ、記念日の旅、海を借景にした静かな時間を求める人、京懐石を下敷きにした料理を目当てにする旅
  • 向かない:
    幼児連れで段差や坂を避けたい家族、宿に戻る時間が短い観光中心の旅程、価格を抑えて泊まりたい旅

具体情報

  • 最寄り駅: JR熱海駅からタクシー約5分(徒歩約10分・急坂)。13:45〜16:45は30分ごとに駅送迎バス運行
  • 客室数: 33室(数寄屋座敷を主とする純和風客室)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:30
  • 湯: 源泉2本。大浴場 山王の湯・滝の湯・ひのきの湯のほか貸切露天風呂・足湯
  • 食事: 京懐石を原点とした会席(夕食・朝食)
  • 建築 / 庭: 平田雅哉による京風数寄屋、龍居松之助作庭の一万余坪の庭園
  • 創業: 1948年(昭和23年)開業。1956年 政府登録国際観光旅館(登録第97号)

Media Picks Score

95 / 100 — 評価の内訳: 立地(海への眺望と借景) / 設備(二源泉・三大浴場・貸切露天) / 体験(数寄屋座敷と庭園) / 価格感(高価格帯・記念の旅向き) / 編集適合度(明治以来の温泉旅館建築という主題への合致)。公開レビューデータを集計した評価傾向と、立地・規模・建築の事実を編集部の視点で重ねて算出している。

よくある質問

Q. 湯はどのような泉質ですか。

A. 源泉を二本もち、大浴場は山王の湯・滝の湯・ひのきの湯の三か所に分かれます。熱海・伊豆山一帯は走り湯に代表される古湯の地で、温まりやすい湯として親しまれてきました。貸切露天風呂や足湯も備わり、湯めぐりのように館内で湯を楽しめます。

Q. 食事はどのような内容ですか。

A. 京懐石を原点に、関東の旅人にも届くよう整えられた会席です。土地の海の幸を主役に据えながら、京の手仕事を下敷きにした一皿が続きます。アレルギーや苦手な食材への対応は、予約時に宿へ相談するのが確実です。

Q. 子ども連れでも泊まれますか。

A. 泊まることはできますが、山王山の中腹という立地で坂や段差があり、数寄屋座敷を主とする静かな宿である点は心に留めておきたいところです。幼児連れでにぎやかに過ごす旅よりも、夫婦や友人との落ち着いた滞在に向く一軒です。

Q. アクセスはどうなっていますか。

A. JR熱海駅からタクシーで約5分です。徒歩でも10分ほどですが、急な上り坂が続きます。13時45分から16時45分まで、30分ごとに駅へ向かう送迎のマイクロバスが運行されています。東京方面からは新幹線で熱海駅まで向かうのが便利です。

Q. 記念日の旅に向きますか。

A. 数寄屋造りの座敷と海を借景にした眺め、二本の源泉を擁する湯は、節目の旅にふさわしい設えです。価格帯は熱海の宿のなかでも上に位置するため、特別な日の一軒として編集部が推したい宿です。

本記事の参考情報

熱海市観光協会「走り湯」 — 伊豆山・走り湯の歴史と地理の背景
Wikipedia: 走り湯 — 日本三大古泉のひとつ走り湯について
Wikipedia: 横山大観 — 宿名の由来となった日本画家の事跡

編集部から

海を借景にする、という言葉が、これほど素直に立ち上がる宿は多くない。山王山の斜面という地の利と、平田雅哉の数寄屋、龍居松之助の庭が一つに編まれて、座敷からの一枚の眺めが生まれている。熱海・伊豆山は走り湯をはじめとする古湯の地であり、その湯の文化のなかにこの一軒も静かに連なっている。次は、伊豆山神社の参道沿いや、明治・大正の別荘文化が残る熱海の宿を訪ね、海辺の温泉地が築いてきた建築の系譜をたどってみたい。あなたなら、海と庭、どちらに長く目を預けるだろうか。