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名旅館

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講中という縁、宿が代々の常客を迎えた作法 — 秋彼岸の参詣道に玉垣と講の名を残す二軒の記

講とは、参詣の元手を積み立てた共同体である。代参と先達を伴って社寺へ向かった人々は、行き先に決まった一軒を持っていた。相模大山の先導師旅館 古宮と、出羽三山手向の宿坊 大聖坊。玉垣と代々受け継がれた名に残る、宿と講中の永い縁を辿る。

2026 . 09 . 08
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石見温泉津、銀山の外港に世界遺産の湯町を継ぐ一軒 — 廻船問屋から木造三階の料理宿へ、旅館ますやの記

秋の長雨が石畳を濡らす頃、温泉津の湯町は湯気を低く抱く。石見銀山の銀を積み出した外港の町で、廻船問屋から旅館へ転じ、明治四十三年から木造三階を守り継ぐ「旅館ますや」を訪ねた。七室の料理宿の記。

2026 . 09 . 07
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紀州龍神、日高川の渓に藩主から名を賜った御殿湯の一軒 — 晩夏の高野龍神スカイラインを越え、寛永十六年から湯を継ぐ宿の記

和歌山県田辺市龍神村、日高川上流の渓に建つ下御殿。寛永十六年(1639年)、紀州藩主・徳川頼宣の命により藩費で建てられ、宿名も藩主から賜った一軒。十七室と日本三美人の湯を、晩夏の高野龍神スカイラインとともに辿る。

2026 . 09 . 02
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伊勢榊原、清少納言が「ななくりの湯」と記した三名泉に代を継ぐ一軒 — 白露の布引山麓に伊勢参りの湯宿の記

白露のころ、三重・榊原に湧く柔らかな湯を訪ねる。清少納言が『枕草子』に三名泉と記した「ななくりの湯」の系譜を、大正八年創業の湯元 榊原舘に辿る。31.2℃の源泉かけ流しと、湯を軸に据えた献立の一貫性。

2026 . 09 . 02
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伊豆修善寺、池水に能舞台を映す一軒 — 白露の門前に数寄屋と芸能を継ぐ湯宿の記

一四八四年、修禅寺の門前に開いた宿坊を端緒に、浅羽家が五百余年を継ぐ十二室の数寄屋宿。庭の池に建つ能舞台「月桂殿」と、竹林の野天風呂。白露の修善寺に、湯宿と芸能の関係を読む一軒記。

2026 . 09 . 01
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箱階段という記憶 — 商家・造り酒屋から転じた宿が伝える来歴

処暑の候、造り酒屋・御用酒屋・旅籠から転じた宿の帳場脇に残る箱階段(階段箪笥)。奈良井宿BYAKU Narai、津山の糀や、恵那の旅館いち川を例に、一枚の家具が伝える商家の来歴を辿る。

2026 . 08 . 28
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上州伊香保、石段街に代を継ぐ名旅館四軒 — 初秋の坂に黄金の湯を戸口へ引く老舗の記

群馬・伊香保温泉の石段街で、創業五十年を越える名旅館四軒。含鉄の黄金の湯を源泉かけ流しで引き、木造建築と代替わりの物語を今に伝える老舗を、初秋の坂とともに紹介する。

2026 . 08 . 20
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風鈴という音 — 旅館の軒に吊るされた一つのガラスが、なぜ夏の涼を耳から運んできたか

盛夏の軒先に吊るされた一つのガラスが、なぜ涼を運ぶのか。南部風鈴の音風景と数寄屋・夏座敷の設えから、京と南部の名旅館を辿る随想。

2026 . 08 . 18
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出羽三山羽黒山、山伏の宿坊に精進の膳を継ぐ一軒 — 盛夏の花供峰入りに杉木立の斎館を守る宿の記

羽黒山参道三の坂上、旧華蔵院の系譜を引く参籠所「斎館」。元禄十年再建、山伏の住まいを今に伝える唯一の遺構で供される出羽三山伝来の精進料理を、建物と食の来歴から辿る一軒の記。

2026 . 08 . 14
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美濃長良川、鵜飼の川湊に代を継ぐ名旅館四軒 — 晩夏の篝火と川原町の町家に灯る宿の記

岐阜・長良川温泉と川原町、鵜飼の川湊に代を継ぐ名旅館を四軒。万延元年創業の十八楼、川へ開いたホテルパーク、料理旅館の石金、鵜匠の家すぎ山を、晩夏の篝火と地図とともに訪ねる。

2026 . 08 . 13