京都市
風鈴という音 — 旅館の軒に吊るされた一つのガラスが、なぜ夏の涼を耳から運んできたか
盛夏の軒先に吊るされた一つのガラスが、なぜ涼を運ぶのか。南部風鈴の音風景と数寄屋・夏座敷の設えから、京と南部の名旅館を辿る随想。
酢の物という涼 — 旅館の夏の膳が、なぜ一鉢の酸味に暑気払いを託してきたか
土用の頃、旅館の夏の膳に差される一鉢の酸味。鱧の梅肉和えや土佐酢のもずくに、和食が暑気払いを託してきた理由を、京都・北陸・山陰の食通宿三軒の献立から辿る随想。
葭簀という日除け — 旅館の夏座敷が、なぜ一枚の簾で光と風を選んできたか
土用の頃、京の老舗旅館は障子を簾に、畳を網代に替え、夏座敷へと衣替えする。俵屋旅館と柊家、麩屋町に向かい合う二軒を手がかりに、宿が涼を建具に託してきた作法を読み解く。
葭簀という日除け — 旅館の夏座敷が、なぜ一枚の簾で光と風を選んできたか
土用の日盛りに、旅館の軒先で葭簀が立てかけられる音がする。障子を外し、簾を吊り、板の間に籐筵を敷く — 数寄屋の俵屋と書院の吉田山荘、京都の名旅館二軒で読み解く、夏座敷の建築の知恵。
玄関帳場という結界 — 旅館の上がり框が、いかに内と外の境を客に告げてきたか
上がり框・式台・帳場格子——旅館の玄関はいかに外と内の境を告げてきたか。京都・柊家、群馬・積善館 本館、兵庫・城崎 三木屋の三軒に、玄関という結界の意匠と継承を訪ねる随筆。
数寄屋大工という職能 — 旅館の客間を組み上げてきた者たちの、いま語られない継承について
盛夏の朝、旅館の客間に座ると、床柱と書院、欄間と組子に、数寄屋大工の手跡が残る。京都の俵屋旅館、金沢の金沢茶屋、松江の皆美館の三軒を通じて、明治以降に温泉地を巡って客間を組んだ職能の系譜と、いま語られない継承を、随筆として綴る。
仲居という職能 — 客間の時間を設えた者たちの、いま語られない作法について
盛夏、夕餉の膳を運ぶ廊下に打ち水の冷気が立つ頃、客間と板場をつなぐ仲居の働きに目を向ける。京の老舗・俵屋旅館(1704年創業)と柊家(1818年創業)を手掛かりに、座配りと膳出しの間合い、女将への継承の系譜を辿る。
京都下京、本願寺門前に明治から続く一軒 — 町家造りの旅籠と数寄屋の客間
東本願寺の御影堂前、明治四十四年から続く十室の料理旅館。京会席と朝食、両本願寺を歩いて巡れる門前立地。Yadolist 編集部が一軒だけ取り上げる、京都下京の旅籠の系譜。
中庭という余白 — 旅館の建築が、棟と棟の間に何を置いてきたか
壷庭から坪庭、苔庭、池泉へ。日本の旅館建築が棟と棟の間に置いてきた「眺めるための余白」を、京都・俵屋旅館、修善寺・あさば、箱根・強羅花壇の三軒にたどる建築論。
中庭という余白 — 旅館の建築が、棟と棟の間に何を置いてきたか
壷庭から坪庭、苔庭、池泉へ。日本の旅館建築が棟と棟の間に置いてきた「眺めるための余白」を、京都・俵屋旅館、修善寺・あさば、箱根・強羅花壇の三軒にたどる建築論。