栃木県
栃木那珂川、八溝の里に百年の邸宅を継ぐ一軒 — 登録有形文化財の宿と那珂川の鮎を守る記
栃木・那珂川町馬頭に江戸から明治へ建て継がれた登録有形文化財の邸宅を継ぐ宿、飯塚邸。文化財の建築と那珂川の鮎を、継承を主語に一軒で深く描く。
湯川と那須温泉郷、茶臼岳東麓に湯を継ぐ湯宿五軒 — 鹿の湯系の白濁と硫黄の作法
茶臼岳の東麓、湯川に沿って湯本の集落が拓かれてからおよそ一三〇〇年。共同浴場・鹿の湯を源流とする白濁の硫黄泉と、大丸系・北温泉系の別系統の湯を継いできた湯宿五軒を、湯守の作法に絞って選んだ。
奥日光湯元、男体山を見上げる森に棟を分ける一軒 — 千二百年の硫黄泉を引く独立棟の記
戦場ヶ原を越えた湯ノ湖畔の森に、十二室だけを棟分けした宿がある。788年開湯の地に、加水なしの硫黄泉を全室露天へ引く奥日光ゆの森を一軒だけ深く記す。
塩原元湯と新湯、那珂川源流に棟を分ける離れ五軒 — 塩原十一湯の最奥に建つ独立棟
塩原温泉郷の最奥、元湯と新湯、那珂川源流域に棟を分ける離れ形式の宿五軒を地図とともに編む。含硫黄泉と塩化物泉の自家源泉、客室露天の方角、渓音の聞こえ方を主軸に置いた、谷の奥の静かな宿群。
日光湯元と中禅寺、奥日光に硫黄を継ぐ湯宿五軒 — 千二百年の温泉寺と男体山麓の薬湯
盛夏の奥日光、日光湯元から中禅寺湖畔へ。標高千五百メートルに白濁の硫黄泉を継ぐ湯宿五軒を、源泉数と湯量とともに地図で編む。
那須湯本、鹿の湯の白濁を継ぐ湯宿五軒 — 茶臼岳南麓に千三百年の硫黄泉を守る里
舒明天皇期の開湯を伝える那須湯本温泉。鹿の湯系の酸性含硫黄泉を源泉かけ流しで引く小規模湯宿を、地図とともに五軒選んだ。茶臼岳南麓に千三百年の白濁を継ぐ里の名湯を編む。
川俣と奥鬼怒、栃木最奥の歩いてしか着けぬ湯五軒 — 加仁湯と八丁の湯、原生林の硫黄泉
栃木最奥、川俣から女夫渕、奥鬼怒温泉郷へ。車を降りてなお歩かねば届かぬ硫黄の湯を継ぐ五軒を、湯量と源泉数を添えて辿る。
湯西川と川治、鬼怒源流の湯宿五軒 — 平家落人の谷と単純温泉の作法
鬼怒川源流の湯西川・川治・川俣の湯宿五軒。平家落人伝承の本家伴久(1666年創業)、揚羽、上屋敷 平の高房、川治の花の宿 松や、川俣の国民宿舎 渓山荘。湯治場の系譜を継ぐ宿を編集部が紹介する。
奥日光から那須へ、離れに二泊する初夏の三日間 — 中禅寺湖と高原の独立棟
水無月の栃木を、離れに二泊で巡る三日間。奥日光の小規模ラグジュアリー「ふふ日光」と那須湯本の独立棟「那須別邸 回」を軸に、棟坪数・湯の質・移動の動線を編集部が記す。
鬼怒川温泉、明治五年の引湯から代を継ぐ一軒 — 渓谷の岩盤を削った湯と数寄屋の系譜
明治五年の引湯解禁から十六年後、明治二十一年に「麻屋旅館」として開業。鬼怒川温泉で唯一、明治期の三軒の系譜を現代に継いだあさやホテル。一九二室の規模を持ちながら、自家源泉と家業の連続性を保ってきた一軒を、創業年・湯量・代替わりの記録とともに語る。