神奈川県
床の間という余白 — 旅館の客室が、なぜ何もない空間を最も大切にしてきたか
梅雨の長雨が障子を打つ夕暮れ。旅館の客間に必ず設えられてきた床の間とは何であったか。書院造から数寄屋への系譜を辿り、創業二百年を超える箱根「萬翠楼福住」と山梨「慶雲館」に、余白の作法をいまに訪ねる随筆。
縁側という装置 — 旅館の内と外を繋ぐ板間が、いかに季節を呼び込んできたか
梅雨の朝、障子を引くと板間が湿りを帯びている。柱と障子の間に細く渡された縁側は、客間を取り巻きながら、外気と室内の境界を曖昧に保ってきた装置である。群馬・別邸 仙寿庵と神奈川・箱根 弓庵の縁側を参照しつつ、建築史と作法の両面から論じる。
湯河原と伊豆山、相模灘を望む五軒 — 万葉の歌枕に湧く塩化物泉の作法
湯河原は万葉集に詠まれた古湯、伊豆山は走湯権現の門前湯場。塩化物泉を継ぐ湯宿五軒を、湯量と源泉、建物の来歴で辿る。
宿帳という記録 — 三百年の宿が綴じてきた名前の連なりについて
梅雨の合間、宿の蔵が静かに開かれる季節。和紙に毛筆で名前を綴った宿帳は、本陣帳・脇本陣帳に遡る記録の形式である。慶雲館、萬翠楼福住、湯主一條 — 三百年を越える老舗が継いできた書証の連なりを、随筆として辿る。
奥湯河原と真鶴半島、相模灘の離れ五軒 — 千歳川の谷と海岸の独立棟
水無月の奥湯河原は、藤木川と千歳川の合流点に紫陽花が満ち、真鶴半島の照葉樹林からは蝉の声が立ち始める。湯河原町奥地区と真鶴町に絞り、棟分けされた離れ形式の五軒を編集部の視点で選んだ。
湯河原と伊豆山、相模灘を望む五軒 — 万葉の歌枕に湧く塩化物泉の作法
水無月の湯河原と伊豆山、相模灘に注ぐ塩化物泉の系譜を継ぐ五軒。万葉集の歌枕に湧く古湯と、走湯権現の系譜を引く伊豆山温泉から、湯量と源泉の作法をいまに伝える旅館を編集部が選んだ。
番頭という職能 — 玄関に立ち続けた者が、宿の記憶をいかに編んできたか
番頭は明治の宿屋取締規則以降に呼称が定着し、戦後の旅館経営でも経理と渉外の両輪を担った職能である。家業継承を続ける三軒の老舗旅館を実例に、玄関に立ち続けた者が宿の記憶をいかに編んできたかを辿る。湯守・宿帳に続く職能論の三作目。
箱根の離れに二夜、湯と静寂の二日間 — 仙石原から強羅へ
梅雨明けの箱根、二泊三日。一夜目に仙石原の離れ「金乃竹 仙石原」、二夜目に強羅の離れ「強羅花扇 円かの杜」を置き、湯と静寂の対比を体に通す行程を編集部が組み立てる。