外湯という共同体 — 湯町の宿が、いかに戸口の湯場を里に返してきたか
白露の候、城崎・野沢・湯田中渋・別所——宿の内湯とは別に里が守る「外湯」を持つ湯町の宿と町の関係を、歴史・制度・作法の三軸で辿るエッセイ。西村屋本館と桐屋旅館を実例に、宿が湯を里に返してきた小さな契約を描く。
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VIEW ALL →内湯の湯口という結界 ― 竹樋・銅樋・石樋・木樋、旅館の湯場に受け継がれた四つの意匠
白露の候、旅館の湯船に据えられた一つの吐水口が、なぜ湯場の作法を分けてきたか。竹樋・銅樋・石樋・木樋の四種と、湯口を跨いではならないという古い作法。妙見石原荘と積善館本館を実例に湯口という結界を辿るエッセイ。
飛騨二泊、離れに棲む夏の三日間 — 福地から新穂高、奥飛騨の谷に棟を分ける旅
梅雨明けの奥飛騨を、離れに二泊して谷あいを辿る三日間。福地の囲炉裏を囲む独立棟と、新穂高の渓に面した離れを一夜ずつ結ぶ、夫婦の静かな旅程。
奥日光湯元、男体山を見上げる森に棟を分ける一軒 — 千二百年の硫黄泉を引く独立棟の記
戦場ヶ原を越えた湯ノ湖畔の森に、十二室だけを棟分けした宿がある。788年開湯の地に、加水なしの硫黄泉を全室露天へ引く奥日光ゆの森を一軒だけ深く記す。
山中温泉、菊の湯の門前に八百年を継ぐ一軒 — 鶴仙渓の畔に灯る白鷺湯 たわらやの記
梅雨明けの加賀、鶴仙渓の瀬音が涼を運ぶ山中温泉の中心。総湯「菊の湯」の門前に八百年続く老舗、白鷺湯 たわらや。湯本十二軒で唯一現存と伝わる湯宿の、自家源泉と加賀会席の記。
奥三河鳳来寺と湯谷、宇連川の谷あいに棟を分ける離れ五軒 — 仏法僧の啼く峰と独立棟の夏朝
愛知県新城市、湯谷温泉と鳳来寺の周辺で、母屋から棟を分けた離れ形式の宿を五軒。鳳来寺の千二百年と湯谷の開湯一千三百年の系譜を、地図と所要時間とともに記す。
釜風呂という古法 — 蒸気で身体を温めてきた湯場が、いかに乾いた熱を作法に変えてきたか
八瀬の釜風呂、瀬戸内の石風呂、東北のむし湯。湯を浴びずに身体を温める古い作法を、後生掛温泉と酸ケ湯温泉旅館の湯場に寄せて辿る随筆。
若狭から越前へ、二泊で辿る御食国の夏の食卓 — 小浜の笹漬けから越前の天然鮎まで
御食国・若狭小浜から鯖街道を辿って越前美山へ。一泊目は志積の漁村に建つ八室のオーベルジュで若狭甘鯛と笹漬けに向き合い、二泊目は足羽川上流の森で天然鮎の炭火を味わう。料理を主目的に編んだ二泊三日の食通宿の旅程。
数寄屋大工という職能 — 旅館の客間を組み上げてきた者たちの、いま語られない継承について
盛夏の朝、旅館の客間に座ると、床柱と書院、欄間と組子に、数寄屋大工の手跡が残る。京都の俵屋旅館、金沢の金沢茶屋、松江の皆美館の三軒を通じて、明治以降に温泉地を巡って客間を組んだ職能の系譜と、いま語られない継承を、随筆として綴る。
夏の献立に、なぜ氷が立つのか — 旅館の料理長が涼を盛りつけてきた作法について
盛夏の夕餉に旅館の料理長が立てる氷盤。鱧の落とし、青楓を散らした向附、冷やし鉢——夏の二十数日のためだけに組み立てられる懐石の作法を、五軒の旅館の献立から静かに辿る。