志摩から鳥羽へ、伊勢海老と的矢の味覚を辿る二泊三日 — 秋分の英虞湾に御食国の膳を継ぐ食通宿の旅
秋分の志摩から的矢へ。英虞湾を望む浜島の湯宿で走りの伊勢海老と鮑を、的矢湾の高台で地魚と晩秋の的矢かきを待つ二泊三日。御食国の膳を継ぐ食通宿三軒を、集約評価とともに辿ります。
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VIEW ALL →丹後・夕日ヶ浦と間人、日本海の落日を私湯に映す客室露天五軒 — 秋分の汀に沈む陽を望む宿
秋分の頃、丹後の海に沈む陽を私湯から望む。夕日ヶ浦と間人で、海へ露天を張り出した客室露天の五軒を、湯と建物を主語に地図とともに選んだ。夫婦旅・友人連れへ贈る、日本海の落日と湯の記録。
飛騨下呂、益田川の日本三名泉に棟を分ける離れ五軒 — 白露の温泉街に夫婦の静けさを置く独立棟
有馬・草津と並ぶ日本三名泉・下呂温泉から、母屋と棟を分けた「離れ」形式の宿を五軒。益田川沿い、白露の温泉街に夫婦の静けさを置く独立棟を、坪数・創業年・集約評価とともに静かに紹介する。
新米という起点 — 旅館の朝餉が、その年の初穂を炊く一膳に、なぜ土地の一年を映すか
秋分を過ぎ、旅館の厨房にその年の新米が届くころ。魚沼・庄内・会津の米どころで、新米を朝餉の主役に据える食通宿三軒を、料理と土地を主語にたどる随筆。
沓脱石という結界 — 離れの宿が、母屋と客室のあわいに一つの踏石を置いてきた理由
白露の朝、離れへ通う露地の先に据えられた一枚の沓脱石。母屋と客室のあわいに置かれたこの石が、なぜ離れの宿の独立と静けさを支えてきたか。数寄屋と露地の作法を辿り、由布院・亀の井別荘と湯河原・石葉を静かに訪ねる建築意匠の随筆。
上州法師、三国峠の麓に足元湧出の湯を継ぐ一軒 — 白露の渓に明治の湯宿建築を守る宿の記
群馬・みなかみ町、三国峠の麓に佇む足元湧出の一軒宿、法師温泉 長寿館。明治八年創業、本館・法師乃湯・別館の三棟が国登録有形文化財に連なる明治の湯宿を、湯と建築を主語に辿る。
平戸城下、オランダ商館の港に代を継ぐ一軒 — 西の果ての交易町に灯る漁師宿の系譜
白露の平戸瀬戸に鯛と剣先烏賊が旬を迎える頃。オランダ商館が置かれた西の玄関口・平戸の城下に、昭和44年から代を継ぐ名旅館・国際観光ホテル旗松亭がある。平戸城と海を望む高台の湯と、海の幸を映す会席を、創業の経緯とともに一軒掘り下げる。
大雪の懐、層雲峡と天人峡に石狩川源流の湯を継ぐ湯宿五軒 — 柱状節理の谷に処暑の朝湯を汲む里
石狩川と忠別川の源流、大雪山系の層雲峡と天人峡。明治末に開かれ、いまも渓谷に湯を汲み継ぐ湯宿五軒を、湯量・源泉・開湯年とともに地図で辿る。
上州草津、湯畑の源泉を戸口に継ぐ湯宿五軒 — 処暑の高原に自然湧出の酸性硫黄泉を汲む里
標高千二百の高原に、毎分三万二千リットルを噴かせる自然湧出の湯。白旗・湯畑・わたの湯、そして自家源泉——pH二台の酸性硫黄泉を戸口に継ぐ草津の老舗五軒を、集約評価とともに落ち着いて示す。
南紀本宮、湯の峰と川湯に世界遺産の参詣道を抱く湯宿五軒 — 熊野古道の里に湧くつぼ湯と河原湯
和歌山県田辺市本宮町の湯の峰・川湯・渡瀬温泉から、源泉掛け流しの湯宿5軒を厳選。世界遺産つぼ湯の袂に建つ老舗から、河原に湧く川湯、西日本最大級の大露天まで。