白露を迎え、平戸瀬戸の潮が澄みはじめる頃。西海の島に、鯛や剣先烏賊が旬を深める季節が巡ってくる。かつてオランダ商館が置かれ、西の玄関口として南蛮船を迎えた平戸。城と港を石畳が結ぶこの交易の町の高台に、昭和四十四年から代を継いできた一軒の宿がある。国際観光ホテル旗松亭。海に開かれた土地の記憶を、湯と膳に映してきた宿を、その創業の経緯とともに掘り下げたい。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。一泊二名利用時の一室あたり料金(税込)です。

城下と港に代を継ぐ、開業五十余年の宿
旗松亭が建つのは、平戸港と平戸市街を一望する大久保町の高台である。宿の歴史は昭和四十四年八月、長崎国体における昭和天皇皇后両陛下の平戸ご宿泊が決まったことに始まる。両陛下をお迎えする宿として建てられ、国際観光ホテルとして開業した。屋号の「旗松亭」は、平戸を治めた松浦藩の茶室の名を頂いたもの。命名は江戸期の儒学者・佐藤一斉によると伝わる。土地の殿様と学者の記憶を、そのまま看板に負った宿である。
開業の年には昭和天皇皇后両陛下がご連泊され、昭和五十五年には浩宮殿下(今上天皇)が、平成十四年には上皇上皇后両陛下が全国豊かな海づくり大会の行幸啓で宿泊された。そして平成二年、オランダ王国のウィレム・アレキサンダー皇太子——のちの国王——がこの宿に泊まっている。オランダ商館の港に開いた宿が、四百年の時を隔てて再びオランダ王室を迎えたことになる。令和元年、旗松亭は開業五十周年を迎え、運営は新旗松亭株式会社が受け継いでいる。城下の名旅館が、代を継ぎながら土地の来歴を宿し続けてきた。

城と海を望む、大久保町の高台という立地
この宿の第一の値打ちは、その立地にある。高台の客室からは、平戸港に浮かぶ漁船と、対岸の九州本土をつなぐ平戸大橋の朱色、そして石垣の上に白壁をのせた平戸城が望める。夕刻、城がほのかに灯る時刻の眺めは、この土地でしか得られない。宿の足下に広がる城下は、南蛮貿易の時代からの石畳が残り、オランダ商館跡や松浦史料博物館まで歩いて回れる距離にある。海を渡ってきた文物と、城を構えた藩の記憶が、狭い町の中に折り重なっている。
平戸は一五五〇年にいち早く開港し、一六四一年にオランダ商館が長崎出島へ移されるまで、西国の交易の窓口であり続けた。国境の島に開いた漁師町であり、交易の港でもあった平戸の二重の顔を、旗松亭は高台から一望に収めている。観光の起点としても、島内の生月島や根獅子の浜へ足を延ばす拠点としても、地の利は大きい。

じゃがたらの湯、倭寇の湯 — 交易史を名に負う展望の湯
湯もまた、平戸の来歴を名に負っている。和荘の展望大浴場は、女湯を「じゃがたらの湯」、男湯を「倭寇の湯」と呼ぶ。じゃがたらは、南蛮交易の時代に海を渡った女性たちが遠い故郷へ宛てた「じゃがたら文」に、倭寇は中世に東シナ海を行き来した海の民に、それぞれ由来する。高い階から平戸の海を見晴らす湯船に身を沈めれば、塩の香りとともに交易の海の記憶が立ちのぼる。
浪漫亭には露天風呂と大浴場、サウナが備わり、平戸城を目の前に望む開放的な露天が湯浴みの主役となる。客室のなかには露天風呂付きのタイプもあり、海を渡る風を独り占めにしながら湯に浸かることができる。湯と眺めと建物の意匠が、いずれも平戸という土地に根ざしている。

白露の海の膳 — 平戸の海の幸を映す会席
夕食は御食事処「美湾」で供される会席で、平戸の海の幸を存分に吟味した膳が並ぶ。品書きは月ごとに替わり、その季節ならではの実りを映す。白露から秋分にかけての平戸瀬戸は、鯛や剣先烏賊、平戸ひらめといった魚が旬に入る季節。透き通る烏賊の刺身や、脂ののりはじめた白身が膳を彩る頃合いである。飛魚を焼いて取る「あごだし」は、この地方の椀を支える出汁として知られ、澄んだ吸い地に土地の味が宿る。
朝食は和洋のビュッフェ形式で、できるだけ地元産の食材を使い、手作りを心がけて供される。海に開かれた町の宿らしく、膳の中心はつねに平戸の海と土にある。素材の産地を丁寧に選ぶ姿勢が、旅の記憶を土地の味へと結び直してくれる。

集約レビューが映すこの宿の姿
公開レビューデータを集計すると、この宿の評価は眺望と湯、そして接客の温かさに集まっている。平戸城と海を望むロケーションを旅の目的に据える声が多く、展望大浴場の見晴らしと、家庭的で肩の凝らないもてなしへの評価が宿の芯をなしている。開業から半世紀を数える建物ゆえ、設備の新しさを第一に求める向きには古さが目につく面もあり、評価はそこで分かれる。裏を返せば、時代を重ねた宿の佇まいと、土地に根ざした眺めや湯を味わう滞在にこそ、この宿の値打ちは宿っていると言える。華やかさより、平戸という土地の記憶を静かに受け取りたい旅に向く一軒である。
具体情報
- 所在地: 長崎県平戸市大久保町2520
- 最寄り: 松浦鉄道 たびら平戸口駅からタクシー約20分。平戸桟橋(平戸市観光交通ターミナル)から徒歩約5分、無料送迎あり(要連絡)
- 客室: 全90室(和荘・本館・浪漫亭/露天風呂付き客室あり)
- チェックイン: 15:00〜(最終20:00)/チェックアウト 〜10:00
- 食事: 夕食は御食事処「美湾」の会席(18:00〜21:00)/朝食は和洋ビュッフェ(7:00〜9:00)
- 温泉: 展望大浴場「じゃがたらの湯」「倭寇の湯」、浪漫亭に露天風呂・サウナ
- 駐車場: 有り(無料)
- 創業: 昭和44年(1969年)8月/令和元年に開業50周年
Media Picks Score
88 / 100 — 平戸城と海を見晴らす立地、交易史を名に負う展望の湯、平戸の海の幸を映す会席、そして半世紀を継いできた名旅館としての来歴を評価した。公開レビューデータの集計値に、城下・港という立地の希少性と、オランダ王室を迎えた歴史的背景を編集の視点で加えている。目安価格は一泊二名で二万七千円〜五万二千円(通常期・一室あたり)。
よくある質問
Q. 平戸城や海はどの場所から望めますか。
A. 大久保町の高台に建つため、高層階の客室や展望大浴場から平戸港・平戸市街・平戸城が見渡せます。浪漫亭の露天風呂は平戸城を正面に望む開放的な造りで、夕刻に城が灯る時間帯の眺めが印象に残ります。客室の階数や向きにより見え方が異なるため、眺望を重視する場合は予約時に相談するのが確実です。
Q. 白露から秋にかけての食事の見どころは。
A. 平戸瀬戸ではこの時期、鯛や剣先烏賊、平戸ひらめが旬に入ります。会席の品書きは月替わりで、透明感のある烏賊の刺身や白身、飛魚から取るあごだしの椀など、平戸の海と土地の味を映した膳が供されます。素材と器が替わる場合があるため、旬の献立は時期により異なります。
Q. 子ども連れでも滞在できますか。
A. 泊まることができます。宿泊プランでは小学生の夕食は指定がなければ大人に準じた和会席となり、子ども向けメニューを希望する場合は事前の申し出が必要です。詳細は宿へ直接確認するのが確実です。
Q. アクセスと送迎について教えてください。
A. 松浦鉄道たびら平戸口駅からタクシーで約20分、または平戸桟橋(平戸市観光交通ターミナル)から徒歩約5分です。平戸桟橋からは無料送迎があり、到着後に宿へ連絡する形です。車の場合は西九州自動車道経由で福岡方面から約2時間20分、駐車場は無料で利用できます。
Q. 歴史的な背景を持つ宿ですか。
A. 昭和44年に長崎国体の天皇陛下行幸を機に建てられ、屋号は松浦藩の茶室の名に由来します。以来、皇室のほかオランダのウィレム・アレキサンダー皇太子(現国王)も宿泊しており、オランダ商館が置かれた平戸という土地の来歴と重なる宿です。
本記事の参考情報
・平戸観光協会 — 平戸の観光・歴史情報
・Wikipedia: 平戸市 — 城下町・オランダ商館の歴史的背景
編集部から
西の果ての交易町に、代を継ぐ一軒がある。旗松亭が語りかけてくるのは、絢爛な新しさではなく、平戸という土地が背負ってきた海の記憶である。城下と港、南蛮とオランダ、漁師町と藩の城——相反するものが折り重なった島の来歴を、高台の湯と季節の膳が静かに映している。白露の潮が澄み、剣先烏賊と鯛が旬を深めるこの季節、城の灯る夕景を湯船から眺めながら、西海の島の時間に身を委ねてみたい。次は、同じ長崎の海に湯を張り出す宿を、季節を変えて訪ねてみたくなる。