晩夏の高野龍神スカイラインを南へ下りきった日高川の渓に、紀州藩主から名を賜った御殿湯の一軒が今も湯を守っている。和歌山県田辺市龍神村の下御殿は、寛永十六年(1639年)の創業。時の紀州藩主・南龍公こと徳川頼宣の命により、藩費をもって建てられ、下げ渡された宿である。「下御殿」という名そのものが藩主から賜ったものだと、宿は公式に記している。朝夕の冷えが谷底へ降りはじめる晩夏は、この山懐の湯がもっとも身に添う時季でもある。本稿は、藩の普請に始まる来歴と、日高川に向く十七室、そして日本三美人の湯に数えられる重曹泉を、一軒の記として静かに辿るものである。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

寛永十六年、藩費で建てられ、名を藩主から賜った宿。三百八十余年を日高川の渓で継いできた一軒である。
Media Picks Score: 93 / 100 17室、龍神温泉の老舗旅館。
目安価格 ¥48,000–¥62,000 / 泊 (2名1室・通常期)
藩主が名を与えた宿
宿の名の由来を、下御殿は自ら簡潔に記している。寛永十六年(1639年)、時の紀州藩主・南龍公すなわち徳川頼宣の命により、藩費をもって建築され下げ渡されたもので、「下御殿」の名称もまた藩主から賜った、と。屋号が自称ではなく、藩から与えられた呼び名であるという一点に、この宿の性格が集約されている。商いのために選んだ名ではないのである。
和歌山県の説明もこれを裏づける。紀州藩の徳川頼宣が龍神温泉をたいそう気に入り、別荘地として栄えたことから、現在も「上御殿」「下御殿」という名の旅館が残り、当時の名残をとどめている——県はそう記す。つまり龍神の谷には、藩主の湯として設けられた御殿が二つあり、その一方が下御殿として今日まで続いてきた。谷あいの一集落に、藩政期の呼称がそのまま宿の看板として生き残っている例は、全国を見渡しても多くはない。
三百八十余年という歳月は、建物の古さよりも、湯を絶やさず引き継いだ継続そのものに重みがある。館内には江戸期から伝わる品々や寄贈された書画が並び、洛中洛外図、切り絵の百龍図、昔の金庫と宿帳、御殿火鉢、欅を一本くりぬいて作った机などが、廊下の途中に何気なく置かれている。展示室に隔離された文化財ではなく、宿の生活道具の延長として置かれているところに、この宿の抑制が表れていると言える。
開湯の伝えと、三美人の湯
龍神温泉の開湯は、役行者が見つけ、のちに弘法大師が難陀竜王の夢のお告げによって開いたと伝えられる。千三百年を称する古湯であり、宿もこの伝承を掲げている。伝承は伝承として、確かめられるのは湯そのものの性質である。
この湯は、群馬の川中温泉、島根の湯の川温泉とともに日本三美人の湯に数えられる。和歌山県も同じ三湯を挙げており、地域の呼称としては定着したものと見てよい。肌当たりのなめらかさは重曹泉——正しくはナトリウム−炭酸水素塩温泉——の性質によるもので、皮脂をやわらかく落とす作用が、湯上がりの感触として現れる。谷底の湿った空気の中で、湯が肌にまとわるように残る。
湯 — 御座敷風呂、檜風呂、渓流の露天
内湯は二種。ひとつは全国的にも珍しい御座敷風呂で、脱衣所から洗い場、湯船に至るまですべてが畳敷きという設えである。もうひとつは檜風呂。木の質感と香りが湯気に混じる。二つの内湯は朝夕で男女入れ替わる。窓の外には日高川の瀬音が絶えずある。
露天は混浴で、日高川の流れを望む位置に置かれている。入浴の際は男女ともバスタオルを着用する決まりで、バスタオルは百円で借りられる。夜は渓谷の木々がライトアップされる。なお、日高川が増水した場合、露天風呂は使用できない。谷川に寄り添って造られた湯である以上、川の機嫌に従うということであり、この但し書きこそが立地の正直な説明になっている。
入浴できる時間は6時から9時30分、および15時から23時。日帰り入浴も12時から14時30分に受け入れている。
湯の素性 — 分析書が語る数値
宿が掲げる温泉分析書は、源泉名を「龍神温泉 下の湯」とし、湧出地を田辺市龍神村龍神36-2と記す。泉質はナトリウム−炭酸水素塩温泉、分類は弱アルカリ性低張性高温泉。pH7.8、泉温46.0℃、湧出量は毎分68ℓで、動力に頼らない自然湧出である。知覚的には無色澄明、無臭、無味と記載される。
成分では炭酸水素イオンが1kgあたり893.3mg、ナトリウムイオンが361.3mgを占め、陰イオンの91.56%が炭酸水素イオンという構成になる。成分総計は1.391g/kg。重曹泉としての性格が数値にはっきり出ている湯であり、「美人の湯」という通称が感覚だけの評判ではないことが、この一枚の分析書から読み取れる。浴用の適応症には慢性皮膚病、神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え性などが挙げられている。
十七室、すべて日高川へ
客室は十七室。内訳は宿が公表している。本館に露天風呂付客室が三室(8畳+4.5畳)と和室が三室(8畳)。新館に特別室二室(12畳+6畳)、掘りごたつ付和室が四室(8畳+4.5畳)と二室(10畳+4.5畳)、そして洋室のシングルが三室である。和室タイプはすべて日高川に面し、バス・トイレを備える。
露天風呂付の三室には「すみれ」「つつじ」「あやめ」の名が与えられ、日高川を眼下に望む露天が付く。特別室二室は「龍神」「高野」。この二室は露天風呂を持たない代わりに、十二畳と六畳の二間続きという広さを取る。客室に何を求めるかで選ぶ部屋が分かれる構成で、露天を優先するか、間取りの余裕を優先するかという判断になる。
宿の規模としては大きくない。しかし大宴会場は六十帖、中宴会場は二十帖が三室あり、館内にはエレベーターも備わる。かつて団体の湯治や宴を受けてきた旅館の骨格が、そのまま残されている。
山と川の膳

献立は山あいの里らしく、山菜と川魚を軸にした会席である。月ごとに内容が替わり、夏は鱒のあらい、冬はぼたん鍋や鹿肉が膳に載る。晩夏に訪ねるなら、川魚の冷たい一皿がまだ献立に残る時季にあたる。
別注には、鹿肉のタタキ、熊野牛のしゃぶしゃぶとせいろ蒸し、あまごの骨酒などが並ぶ。松茸の土瓶蒸しは十月から十二月頃、ぼたん鍋は十二月から三月頃と、供される時季が明示されている。紀州の山が持つものを、季節どおりに出すという構えである。食事処は「御殿茶屋」。椅子とテーブルの個室で、団体は宴会場で受ける。個人客と団体客の動線を分けている点は、静けさを求める旅程には効いてくる。
谷へ至る道
高野山の奥の院を起点に龍神村へ至る高野龍神スカイラインは、全長42.7km。かつての有料道路が2003年に無料開放され、いまは国道371号の一部となっている。護摩壇山の稜線を縫って走るこの道は、それ自体が龍神へ向かう旅程の主要部を成す。晩夏、朝の谷筋には霧が流れ、標高の高い区間では平地との気温差がはっきりと感じられる。
ただし冬期は通行止めになることがあり、宿も注意を促している。また十津川から龍神温泉へ向かう国道425号については、「通行に不適当」と宿が明記している。地図上の最短経路が実際の最短ではないという、山間の宿らしい但し書きである。高野山と龍神温泉を結ぶバスは季節運行で、予約を要する。
日高川は、日本一長い二級河川であり、和歌山県内だけの長さでは県内最長。支流は約五十を数える。その上流の渓に宿は建つ。駐車場は無料で乗用車二十七台分が用意されている。
集約レビューが映すこの宿の本質
公開レビューデータを集計すると、この宿への評価は総じて高い水準で安定している。御座敷風呂という設えの珍しさと、肌当たりのやわらかさが、繰り返し支持の中心に置かれている。渓流に面した露天の開放感も、評価を押し上げる要素として一貫している。
一方で、評価が分かれる点も見える。混浴という露天の形式は、旅の同行者によって受け止めが変わる。バスタオル着用が定められているとはいえ、抵抗を覚える層は確実に存在する。また建物は新館と本館に分かれ、部屋のタイプによって設備が異なるため、どの客室を取るかで滞在の印象が変動しやすい。山深い立地ゆえの到達の手間も、評価というより前提として受け止められている。総じて、湯と土地を目的に据えた旅程では満足度が高く、移動の効率や設備の新しさを優先する旅程では噛み合いにくい、という傾向である。
Media Picks Score
93 / 100 — 評価の内訳は、湯質と浴室構成(御座敷風呂・檜風呂・渓流露天)、来歴の確かさ(藩主による建築下付と命名)、立地の希少性(日高川上流の渓、高野龍神スカイライン沿い)、客室の日高川向き構成、そして価格帯の妥当性による。公開レビューデータの集計値が高い水準で安定していること、加えて藩政期の呼称を今に伝える宿という代替の効かなさが、加点の中心にある。
向く人 / 向かない人
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向く:
湯質そのものを旅の目的に据える人、高野山から熊野へ抜ける行程に一泊を組む人、渓流沿いの静けさと山の食材を求める夫婦・友人連れ、御座敷風呂という珍しい設えに関心のある人 -
向かない:
混浴形式の露天に抵抗のある人(内湯のみの利用でも湯は楽しめるが、渓流露天は混浴のみ)、公共交通での移動を前提とする旅程(高野山からのバスは季節運行・要予約)、冬期に高野龍神スカイライン経由を予定する人(通行止めの可能性)、最新設備のホテルを求める人
具体情報
- 所在: 和歌山県田辺市龍神村龍神38
- 創業: 寛永十六年(1639年)/紀州藩主・徳川頼宣の命による建築下付、宿名も藩主より拝領
- 客室: 17室(本館:露天風呂付3室・和室3室/新館:特別室2室・掘りごたつ付和室6室・洋室シングル3室)。和室は全室日高川向き
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
- 湯: 源泉「龍神温泉 下の湯」、ナトリウム−炭酸水素塩温泉(弱アルカリ性低張性高温泉)、泉温46.0℃、pH7.8、湧出量68ℓ/分(自然湧出)
- 浴室: 御座敷風呂・檜風呂(朝夕男女入替制)、混浴露天風呂。入浴6:00〜9:30/15:00〜23:00
- 食事: 山菜と川魚の会席(月替わり)。食事処「御殿茶屋」は個室、団体は宴会場
- 駐車場: 無料・乗用車27台(身体の不自由な方専用区画あり)
- 館内: エレベーター完備、大宴会場60帖、中宴会場20帖×3室、ラウンジ(要予約)、売店
- アクセス: 高野山奥の院から高野龍神スカイライン(国道371号・全長42.7km)経由。冬期通行止めの可能性あり

よくある質問
Q. 訪ねるのに向く時季はいつですか?
A. 谷が冷えはじめる晩夏から秋にかけてが、湯の当たりが穏やかに感じられる時季である。高野龍神スカイラインの走行も、霧の流れる朝の時間帯が印象に残る。冬は同スカイラインが通行止めになることがあり、経路の確認が要る。ぼたん鍋や鹿肉といった山の膳を目当てにするなら十二月から三月頃が該当する。
Q. 湯はどのような泉質ですか?
A. 源泉「龍神温泉 下の湯」のナトリウム−炭酸水素塩温泉で、弱アルカリ性低張性高温泉に分類される。泉温46.0℃、pH7.8、湧出量は毎分68ℓの自然湧出。無色澄明で無臭無味と分析書に記載がある。浴用の適応症として慢性皮膚病、神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え性などが挙げられている。
Q. 露天風呂は混浴のみですか?
A. 日高川に面した露天風呂は混浴で、男女ともバスタオルを着用する決まりになっている。バスタオルは百円で借りられる。内湯は御座敷風呂と檜風呂の二種があり、こちらは朝夕で男女が入れ替わる。なお日高川が増水した場合、露天風呂は利用できない。
Q. 子ども連れでも泊まれますか?
A. 公式サイトに年齢制限の記載は見当たらない。掘りごたつ付和室や特別室など二間続きの客室が複数あり、家族での利用に向く間取りは用意されている。ただし混浴露天の扱いや食事内容については条件が変わることがあるため、予約時に宿へ直接確認するのが確実である。
Q. 公共交通で行けますか?
A. 龍神温泉へはバスで到達できるが、高野山と龍神温泉を結ぶ路線は季節運行で予約を要する。運行期間は年により異なるため、事前の確認が必須となる。車の場合、十津川方面から国道425号を使う経路は「通行に不適当」と宿自身が案内しているため、避けたほうがよい。
本記事の参考情報
・和歌山県「龍神温泉」 — 日本三美人の湯、徳川頼宣と上御殿・下御殿の由来
・龍神温泉 下御殿 公式サイト — 創業年、館内概要、客室構成、温泉分析書
・Wikipedia: 高野龍神スカイライン — 路線延長と無料開放の経緯
編集部から
龍神の谷には、藩主の湯として設けられた御殿が二つ残る。上御殿と下御殿。同じ由来を持ちながら、それぞれが別の宿として今日まで湯を守ってきたという事実は、この温泉地の来歴を何より雄弁に語っている。下御殿を歩いて印象に残るのは、豪奢さではなく、畳敷きの湯船や廊下の古道具といった、日常の延長に置かれた古さのほうである。晩夏の朝、霧の流れるスカイラインを越えてこの谷へ降りる旅程は、それだけで一日の主題になり得る。次はどの谷の、どの湯を訪ねようか。
次に読むなら
・紀州龍神、弘法大師が拓いた美人の湯に代を継ぐ一軒 — 日高川源流の数寄屋と十数代の継承(同じ龍神の谷に残るもう一つの御殿、上御殿の記)
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