那須岳の東麓を二泊三日で辿る旅の宿として、編集部は那須高原の離れ二軒と、板室温泉のぬる湯の宿一軒を選んだ。初秋の朝、那須湯本の林は霧に沈み、那珂川の源流をたどる板室の谷には早くも涼が下りる。同じ那須という地名を負いながら、この二つの湯は性格がまるで違う。標高一三〇〇メートルの源泉から引かれた六十四度の湯と、千年の湯治の里に湧く四十度前後の湯。前者は棟を分けた離れで、後者は三棟に分かれた保養の館で受ける。移動はわずか、けれど湯の質は入れ替わる。夫婦二人の初秋の三日間を、湯と建物を主語に組んだ行程である。
| 行程 | 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 一行の特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 一日目 | 那須別邸 回 | 那須町・那須湯本 | 92 | 10室(うち一棟独立1室) | ¥125,000–¥169,000 | 御用邸の隣、二千坪の林に全室七十平方メートル超の専用風呂付き |
| 二日目 | 板室温泉 大黒屋 | 那須塩原市・板室 | 90 | 梅・松・竹の三棟 | ¥57,000–¥70,000 | 創業一五五一年。四十度前後の源泉掛け流しと黄土浴を持つ保養の宿 |
| 組み替え | 那須ノ宿 縁 | 那須町・那須高原 | 88 | 離れ別邸「常盤」ほか | ¥46,000–¥75,000 | 別荘地の一角、専用玄関と専用露天を持つ離れ一棟を擁する小体な宿 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。一泊二名利用時の一室あたり料金(税込)です。
一日目 — 那須湯本、御用邸の隣の林へ
東京から新幹線で那須塩原まで七十分あまり。そこから路線バスで坂を上がれば、標高七三〇メートルの那須湯本に着く。この一帯が拓かれたのは、大正十五年(一九二六)に那須御用邸が完成した頃のことだ。その少し前、大正十二年(一九二三)に大丸温泉の源泉から木管と自然流下による引き湯が成功し、宿が建ちはじめて新那須温泉と呼ばれるようになった——と、宿の公式サイトは自らの土地の由来を記す。初日の宿は、その引き湯の系譜を受け継ぐ林のなかにある。
1. 那須別邸 回 — 栃木県那須町・那須湯本
二千坪の林に十室だけ。うち一室は川音の届く一棟独立の離れで、初秋の湯宿として編集部が真っ先に推したい一軒。
Media Picks Score: 92 / 100 10室、全室七十平方メートル以上の専用風呂付き。
目安価格 ¥125,000–¥169,000 / 泊(二名一室・通常期)

なぜ選ばれるか
銀行の保養所を改めた棟が、二千坪の敷地に十室ぶんだけ散っている。客室はいずれも七十平方メートルを超え、全室に専用の浴室が付く。なかでも「其の十」は一棟独立の客室で、一三〇平方メートルに内風呂と露天風呂、ドライサウナ、森へせり出したテラスを備える。湯は源泉名「新那須温泉」、単純温泉(低張性中性高温泉)で泉温は六四.六度。ほとんど無色透明ながら硫化水素臭を有すと公式に記される。大浴場は持たず、隣接する母体の山水閣の湯へ歩いて出る構えである。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、静けさと客室の広さ、そして専用風呂の使い勝手への評価が高い水準で安定している。夕食を炭火の焼き台を備えた食事処で受ける形式にも、支持が集まる傾向が見て取れる。一方で、部屋食を望む声や、大浴場が館内にないことへの戸惑いも一定数ある。価格帯が那須のなかで突出して高い区分にあるため、そこをどう受け止めるかで印象が分かれる宿だと言える。
向く人 / 向かない人
-
向く:
記念の日を静かに置きたい夫婦旅、部屋の湯に何度も入る過ごし方を好む人、館内で完結せず林を歩きたい人 -
向かない:
館内の大浴場を旅の主目的にする人(客室風呂が主で、大浴場は隣接の山水閣へ出る)、部屋食を望む人、犬や猫を連れる旅(ペットの宿泊は受けていない)
具体情報
- 所在: 栃木県那須郡那須町湯本206(標高約730m、日光国立公園内)
- 交通: 高速バス「那須・塩原号」で「新那須」下車、徒歩5分/那須塩原駅・黒磯駅からの路線バスは宿泊者1回500円
- 客室: 10室。全室70㎡以上、全室に専用浴室。「其の十」は一棟独立で130㎡
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00(1時間5,500円で最大12:00まで延長可)
- 食事: 夕食は食事処「滋味ル」で炭火の焼き台を用いる。18:00/18:30/19:00から選択。部屋食の用意はなし
- 湯: 源泉名 新那須温泉/単純温泉(低張性中性高温泉)/泉温64.6度。客室風呂は衛生管理のため循環ろ過を併用
- その他: 全客室禁煙、ペット不可。入湯税150円(中学生以上)。駐車場無料、EV充電器2基
二日目 — 那須岳の裾を回り、ぬる湯の谷へ
朝の湯を使ってから、車を南西へ向ける。那須湯本と板室は直線ならば十キロに満たないが、あいだに那須岳の裾が横たわるため、道は大きく回り込む。黒磯の街へいったん下り、板室街道を那珂川に沿って遡る。一時間ほどみておけば、途中で沼ッ原湿原や那珂川の渓に足を止める余裕も生まれる。標高が下がるにつれ、硫黄の気配は退き、代わって水の音が近づいてくる。板室温泉旅館組合は自らの湯を「千年の歴史を誇り、湯治の里としての雰囲気を今に残す温泉街」と記し、昭和四十六年(一九七一)の国民保養温泉地指定に触れる。二日目の宿は、その谷の一番奥に近い。
2. 板室温泉 大黒屋 — 栃木県那須塩原市・板室
創業一五五一年、四百七十五年目の湯宿。四十度前後の湯は、長く浸かるためにぬるく保たれている。
Media Picks Score: 90 / 100 梅の館・松の館・竹の館の三棟に客室を分ける保養の宿。
目安価格 ¥57,000–¥70,000 / 泊(二名一室・通常期)

なぜ選ばれるか
公式サイトが掲げる肩書は「保養とアートの宿」、そして「創業四七五年」。天文二十年(一五五一)に遡る古さを、宿は年号ではなく年数で数え続けている。湯は板室温泉のアルカリ性単純泉で、無色透明、四十度前後の源泉掛け流し。「温泉にゆっくりつかって欲しいから、ぬるめです」と自ら明かす通り、熱さで押し切らない湯である。那珂川のせせらぎを聞く露天の湯、陽の入るたいようの湯、桧のひのきの湯。客室は梅・松・竹の三棟に分かれ、竹の館からは庭に据えられた菅木志雄の「天の点景」を一望する。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、湯そのものと館内の静けさ、そして現代美術を日常の動線に置く構えへの評価が厚い。滞在の目的を保養に定めた客ほど満足度が高く、連泊の傾向も読み取れる。反面、料理は胡豆昆——胡麻・豆・昆布——を軸にした滋味の献立であり、派手な献立を期待した層とは噛み合いにくい。設備の新しさや接客の演出を求める旅程には向かず、評価が割れる要因はほぼこの一点に集約されると見てよい。
向く人 / 向かない人
-
向く:
ぬる湯に長く浸かる過ごし方を旅の中心に置く人、連泊で身体を戻したい夫婦旅、現代美術を静かに観たい人 -
向かない:
熱い湯を好む人(源泉が四十度前後で、熱さを求める旅程とは合わない)、豪華な会席を期待する食の旅、観光地を数多く回る行程(谷の奥にあり、移動に時間がかかる)
具体情報
- 所在: 栃木県那須塩原市板室856
- 交通: 那須塩原駅から送迎タクシー(前日までに要予約・相乗り制/早便1名1,500円、遅便2,500円)で約25分。車は東北道 黒磯板室ICから約17km
- チェックイン: 14:00〜17:00 / アウト 〜10:30
- 客室: 梅の館・松の館・竹の館の三棟。松の館は2013年に黄土壁と床暖房のフローリングへ改装
- 湯: 源泉名 板室温泉/アルカリ性単純泉/無色透明/40度前後の源泉掛け流し。露天の湯は2023年に改修
- 食事: 胡豆昆(胡麻・豆・昆布)を軸にした季節の献立。献立は毎日変わる
- 料金: 一泊二食付・大人一名 平日 ¥24,000〜26,000(税込 ¥26,400〜28,600)、休前日 ¥27,000〜29,000(税込 ¥29,700〜31,900)。入湯税150円別
- 創業: 1551年(公式表記「創業四七五年」)
三日目 — 谷を下り、黒磯の街で旅を閉じる
板室の朝は水音で明ける。十時半の発ちは早いようでいて、ぬる湯に長く浸かる二日目を過ごした身体には無理がない。谷を下れば黒磯の街に出る。那須塩原駅までは送迎の車で三十分ほど。初秋であれば那珂川の鮎はそろそろ落ち鮎の季節へ移り、高原の野菜は根菜へ入れ替わる頃だ。硫黄の気配で始まり、無色の湯で終わる。同じ那須という地名の下で、湯の性格が入れ替わったことを、帰りの車中で反芻する行程である。
組み替えるなら — 初日を別荘地の離れに置く
初日の予算を抑えたい、あるいは棟そのものの独立性を優先したい場合に、もう一つの解がある。那須湯本より南、那須街道沿いの別荘地に建つ小体な宿で、離れが一棟だけ用意されている。
3. 那須ノ宿 縁 — 栃木県那須町・那須高原
別荘地の一角に、専用の玄関と駐車場を持つ離れが一棟。棟の独立をいちばん素直に叶える那須高原の小さな宿。
Media Picks Score: 88 / 100 離れ別邸「常盤」ほか、和洋室・特別室からなる小体な構成。
目安価格 ¥46,000–¥75,000 / 泊(二名一室・通常期)

なぜ選ばれるか
離れ別邸「常盤」は、専用の駐車場と玄関を持つ一棟である。全面ガラス張りのリビングダイニングが中庭に向き、専用の温泉露天風呂とミストサウナ、冬には暖炉が加わる。母屋の側にも貸切風呂が二つあり、檜の湯と信楽焼の露天を、宿泊者は無料で使える。泉質はアルカリ性単純温泉。料理は有名旅館の料理長を歴任した料理長が組む創作会席で、とちぎ和牛や那須の高原野菜を軸に据える。棟の独立という一点に絞れば、この行程でもっとも素直な選択肢である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、料理への評価が全体を牽引しており、次いで宿の小ささが生む静けさが支持されている。貸切風呂を無料で時間予約できる仕組みも、評価を押し上げる要因として読み取れる。他方、大浴場を持たない構成や、湯が加温・加水と循環ろ過を伴う点は、源泉掛け流しを旅の主目的にする層とは合いにくい。別荘地の奥まった立地ゆえ、到着時の道案内に戸惑う声も一定数ある。
向く人 / 向かない人
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向く:
棟の独立を最優先する夫婦旅、料理を旅の主目的に置く人、車で那須街道沿いを動く旅程 -
向かない:
源泉掛け流しを条件にする人(加温・加水と循環ろ過を行う)、広い大浴場を求める旅、公共交通のみで動く旅程(バス停から徒歩5分だが本数が限られる)
具体情報
- 所在: 栃木県那須郡那須町大字高久丙405-386(那須高原の別荘地内)
- 交通: 東北道 那須ICから県道17号(那須街道)7.5km・約15分/黒磯駅から東野バス那須線「下守子」下車 約17分+徒歩5分
- 離れ: 別邸「常盤」は専用駐車場・専用玄関・専用の温泉露天風呂・ミストサウナを備え、リビングダイニングは全面ガラス張り
- 貸切風呂: 2ヶ所(檜風呂・信楽焼の露天)。宿泊者は無料、15:00〜24:00(最終受付23:00)、1組40分の時間予約制
- 湯: アルカリ性単純温泉。加温・加水のうえ循環ろ過
- 食事: 創作会席。とちぎ和牛、那須の高原野菜を用いる
よくある質問
Q. 那須高原と板室で、湯の性格はどう違いますか?
A. 那須湯本一帯の宿が用いる新那須温泉は、単純温泉(低張性中性高温泉)で泉温六四.六度、硫化水素臭を有すると那須別邸 回の公式サイトに記されている。対して板室温泉はアルカリ性単純泉の無色透明で、大黒屋の湯は四十度前後の源泉掛け流し。熱く締める湯と、ぬるく長く浸かる湯。二泊で両方を受けられるのが、この行程の骨格である。
Q. 那須湯本から板室へは、どのくらいかかりますか?
A. 直線距離では十キロに満たないが、那須岳の裾を大きく回り込むため、車でおよそ一時間をみておきたい。黒磯の街へいったん下り、板室街道を那珂川に沿って遡る道筋になる。公共交通で動く場合は、大黒屋が那須塩原駅から相乗りの送迎タクシーを一日二便運行している(前日までに要予約、早便一名一,五〇〇円、遅便二,五〇〇円)ため、いったん駅まで戻る組み立てが現実的である。
Q. 初秋に行くなら、いつ頃が良いでしょうか。
A. 那須岳の紅葉は例年、山頂付近から十月上旬に色づき始め、麓の那須湯本や板室へ下りてくるのは十月下旬から十一月上旬にかけてとされる。編集部が推すのは、朝霧が立ちやすく、まだ混雑の来ていない九月下旬から十月上旬である。ただし年により大きくずれるため、宿の公式サイトや那須町観光協会の自然情報で直前の状況を確かめたい。
Q. 子ども連れでも泊まれますか?
A. 那須別邸 回は子どもの宿泊を受けているが、「其の壱」「其の弍」「其の参」のようにお子様の利用を受けない客室があるため、予約時に客室ごとの条件を確かめる必要がある。小学生は大人料金の七〇%、四歳から未就学児は五〇%という設定である。大黒屋は三歳から小学生未満が一泊六,六〇〇円、〇歳から三歳未満が施設利用料一泊一,一〇〇円と定める。いずれも夫婦旅を前提にした静かな構えの宿であり、幼児を連れる場合は事前の相談が要る。
Q. 板室温泉は湯治場と聞きますが、今も自炊で泊まれますか?
A. 板室温泉旅館組合は「千年の歴史を誇り、湯治の里としての雰囲気を今に残す温泉街」と自ら記し、昭和四十六年(一九七一)に国民保養温泉地の指定を受けている。ただし現在の各宿の受け入れ形態は一様ではなく、大黒屋は一泊二食を基本としつつ「お食事なしの場合はご相談ください」と案内する。自炊や素泊まりを望む場合は、宿へ直接確かめるのが確実である。
本記事の参考情報
・一般社団法人 那須町観光協会 — 那須町一帯の観光・自然情報
・板室温泉旅館組合 — 板室温泉の歴史・国民保養温泉地指定
・黒磯観光協会 — 板室温泉周辺の見どころと施設情報
編集部から
この三軒を貫く軸は、棟を分けるという建て方と、湯の温度である。那須高原は御用邸とともに拓かれた土地柄から、母屋と客室を切り離す造りを育ててきた。板室は千年のあいだ、ぬるい湯に長く身を置く作法を守ってきた。前者は建築の選択であり、後者は地質の与件である。異なる由来を持つ二つが、車で一時間の距離に並んでいる。初秋の那須岳東麓は、その落差をいちばん静かに味わえる季節でもある。硫黄の匂う湯で一夜を過ごしたあと、無色の湯に長く浸かる。その順番でなければ気づけないものが、確かにあると感じられる。次はこの谷の、湯治の作法そのものを追ってみたい。