京都府
仲居という職能 — 客間の時間を設えた者たちの、いま語られない作法について
盛夏、夕餉の膳を運ぶ廊下に打ち水の冷気が立つ頃、客間と板場をつなぐ仲居の働きに目を向ける。京の老舗・俵屋旅館(1704年創業)と柊家(1818年創業)を手掛かりに、座配りと膳出しの間合い、女将への継承の系譜を辿る。
丹後伊根と宮津、夏の岩牡蠣と丹後とり貝を待つ食通宿四軒 — 舟屋の入江に育つ若狭湾の身
土用前の丹後は、伊根湾で岩牡蠣が肥え、宮津湾に丹後とり貝が旬を迎える季節。海辺の建築と一椀の関係を結ぶ食通宿を、伊根・宮津から四軒編んだ。
先付という前奏 — 旅館の夕餉が、なぜ一品目の小皿で季節の輪郭を示してきたか
盛夏の夕、卓にまず置かれる先付という小皿。京都・福井・石川、三つの料理旅館の卓を辿り、なぜ料理長が一品目で土地の季節を語ってきたかを記す随筆。
丹後半島、間人と網野の浜に湧く客室露天五軒 — 日本海の夕陽を映す塩の湯と夏の凪
京都北端・丹後半島の海岸線、客室露天を備える五軒を編集部が選定。間人ガニで知られる丹後町間人、夕日ヶ浦の網野町浜詰から、明治元年創業の老舗から全室客室露天の小宿まで、湯と海と季節を等価に語る宿を編んだ。
丹後伊根と宮津、夏の岩牡蠣と丹後とり貝を待つ食通宿四軒 — 舟屋の入江に育つ若狭湾の身
土用前の丹後は夏の岩牡蠣と丹後とり貝が旬を迎える季節。伊根町と宮津市から、海の食卓を旅の主目的に据えられる食通宿四軒を編集部が選んだ。
梅雨明けの丹後・但馬海岸 棟を分ける宿で味わう二泊三日 ― 天橋立から香住へ、独立棟を辿る旅
梅雨明けの丹後から但馬へ、府県境を越えて棟を分ける宿を辿る二泊三日。天橋立を望む丹後の高台と海辺の離れ、但馬海岸の段丘に棟を分ける宿を、棟数・湯・坪数の数値とともに編集部が四軒で編んだ。
火と石と蒸気で身体を温める ― 湯を浴びぬ作法の系譜を辿る随筆
八瀬の釜風呂、瀬戸内の石風呂、東北のむし湯。湯舟に浸らず、蒸気や石の乾いた熱で身体を温める古い作法の系譜を、京都・秋田・別府の三軒を訪ねながら辿る随筆。
京都下京、本願寺門前に明治から続く一軒 — 町家造りの旅籠と数寄屋の客間
東本願寺の御影堂前、明治四十四年から続く十室の料理旅館。京会席と朝食、両本願寺を歩いて巡れる門前立地。Yadolist 編集部が一軒だけ取り上げる、京都下京の旅籠の系譜。
丹後半島、間人と網野の食通宿四軒 — 夏の岩牡蠣と京丹後の在来野菜
京都府京丹後市の間人・網野・夕日ヶ浦から、料理を旅の主目的にできる四軒を編集部が選定。夏の岩牡蠣と京丹後の在来野菜を主軸に、各宿の創業の系譜、仕入れ漁港、夏の献立を併記して紹介します。
中庭という余白 — 旅館の建築が、棟と棟の間に何を置いてきたか
書院造の壷庭から数寄屋の苔庭、現代の独立棟の坪庭まで。柊家、あさば、西村屋本館に残る三つの中庭を建築論として読み解く水無月の編集論考。