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長野県

離れ

渡り廊下という間 — 離れの宿が、母屋と棟をつなぐ一筋の屋根付きの道に、なぜ時間を持たせてきたか

長月の夕、離れへ向かう渡り廊下に灯がともる。母屋と客室棟を結ぶ屋根付きの廊下が、なぜ宿の格と静けさを設計してきたのか。大正6年創業の旅館花屋(長野・別所温泉)と、全10室の由布院別邸 風の森を手がかりに、数寄屋の作法から読み解く。

2026 . 09 . 05
名湯

北八ヶ岳の裾、唐沢鉱泉と本沢温泉に山の湯治を継ぐ鉱泉宿四軒 — 標高千五百の炭酸泉と冷鉱泉

北八ヶ岳の裾、茅野市奥蓼科から南牧村へ。冷たい源泉を釜で焚き上げる山の湯治・鉱泉宿を四軒。二酸化炭素泉・含鉄炭酸泉・硫黄泉、そして標高2150mの雲上の湯まで、湯質と歴史でたどる。

2026 . 08 . 12
離れ

信州蓼科と横谷、八ヶ岳西麓の高原で棟と気配を分かつ宿五軒 — 渋川渓と蓼科湖に白露の静けさを置く

白露のころ、八ヶ岳西麓の高原に棟や客室で気配を断つ宿を五軒。蓼科湖畔の別邸、離れ別館、独立したオーベルジュ、そして渋川渓の秘湯一軒宿を、渓と湖の眺めとともに紹介する。

2026 . 08 . 04
離れ

白馬八方と小谷、姫川源流に棟を分ける離れ五軒 — 白馬三山を望む長月の独立棟と信州蕎麦の朝餉

白馬八方から小谷へ、姫川源流域に棟や室の独立性を大切にする宿五軒。長月の澄んだ空気の下、離れ・客室露天・木造六棟の湯治宿を、白馬三山の眺めと信州の朝餉とともに選んだ。

2026 . 08 . 01
名旅館

南木曽妻籠、中山道四十二次に江戸中期から代を継ぐ一軒 — 本陣格式の門構えと木曽五木の梁を守る旅籠 松代屋の記

中山道四十二次・妻籠宿の本町通りに、文化元年(1804年)普請と伝わる旅籠 松代屋。木曽五木の梁と宿場保存の歴史、木曽の膳を、創業年・客室数・参考価格で読み解く単館の記。

2026 . 07 . 26
名旅館

信州扉と美ヶ原、王ヶ頭の麓に代を継ぐ名旅館四軒 — 松本の奥座敷に灯る古湯の現在

扉温泉 明神館、王ヶ頭ホテル、浅間温泉 玉之湯、美ヶ原温泉 月の静香。松本の奥座敷に代を継ぐ名旅館四軒を、創業年と客室数、湯量とともに描く。

2026 . 07 . 25
離れ

南信遠山郷と天龍村、伊那山地南端に棟を分ける離れ五軒 — 秋葉街道の谷に夫婦の静けさを置く

盛夏の南信州、伊那山地と赤石の峰にはさまれた谷あいに、棟を分けて灯る宿がある。天龍峡から遠山郷、県最南端の売木まで、秋葉街道の谷ごとに夫婦の静けさを置く五軒を、湯と建物を主語に読み解く。

2026 . 07 . 22
名旅館

湯札という証 — 旅館の湯場に下げられた一枚の木札が、いかに湯の権利を継いできたか

夏の朝、共同湯の戸口に揺れる一枚の木札。湯札という小さな証が、いかに源泉を引く権利と順番を代々継いできたか。外湯文化の残る城崎と野沢を糸口に綴る随筆。

2026 . 07 . 21
名湯

外湯という共同体 — 湯町の宿が、いかに戸口の湯場を里に返してきたか

城崎・渋・別所・野沢——外湯文化を残す湯町を主題に、宿と町の共同浴場の関係を歴史・制度・作法の三軸で辿る。三木屋・金具屋・花屋を実例に引くエッセイ。

2026 . 07 . 21
名湯

北八ヶ岳の裾、唐沢鉱泉と奥蓼科に山の湯治を継ぐ湯宿四軒 — 標高千五百の炭酸泉と鉱泉宿

小暑の候、北八ヶ岳の裾、標高千メートル超に建つ鉱泉宿・山温泉四軒を選んだ。唐沢鉱泉、明治温泉、渋御殿湯、そして日本最高所の露天風呂を持つ本沢温泉。湯治と登山の系譜を今に継ぐ、南北八ヶ岳の湯場文化の記録である。

2026 . 07 . 21