小暑の候、北八ヶ岳の裾に湧く鉱泉と山温泉を訪ね、標高千メートル超に建つ湯宿を四軒選んだ。冷泉を釜で加熱する古い作法、湯治客と登山者を長く支えてきた宿の系譜、地元蕎麦と山菜の膳。奥蓼科温泉郷から南の南牧村まで、南北八ヶ岳の湯場文化を継いできた四軒である。夏の朝、まだ暑気に届かない山の湯に、ゆっくり身を沈めるための宿として選んでいる。

# 湯宿 エリア Score 客室 目安価格 1行特徴
1 八ヶ岳名湯 唐沢鉱泉 茅野市 95 23 ¥35–¥37k 信玄の隠し湯と伝わる二酸化炭素冷鉱泉、天狗岳西尾根の登山口
2 山の宿 明治温泉 茅野市 93 16 ¥25–¥43k 創業1888年、御射鹿の湯とおしどり隠しの滝が真横を流れる一軒宿
3 渋御殿湯 茅野市 88 35 ¥24–¥29k 「天下の霊湯」と呼ばれる冷鉱泉、天狗岳東尾根登山口の湯宿
4 本沢温泉 南牧村 87 32 標高2150メートル、日本最高所の露天風呂「雲上の湯」
↕︎ 地図右下の角をドラッグすると高さを調整できます

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。本沢温泉は歩荷登山の宿として運営形態が異なるため、価格帯の記載は控えています。

1. 八ヶ岳名湯 唐沢鉱泉 — 茅野市

敷地から自然湧出する二酸化炭素冷鉱泉。信玄の隠し湯と伝わる、八ヶ岳西麓の湯宿である。

Media Picks Score: 95 / 100  23室、山の湯宿。

目安価格 ¥35,000–¥37,000 / 泊 (2名1室・通常期)


八ヶ岳名湯 唐沢鉱泉 — 茅野市豊平 · 湯船から山の緑を望む鉱泉宿
PHOTO: 八ヶ岳名湯 唐沢鉱泉 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

八ヶ岳西麓、標高1870メートルに建つ一軒宿。宿から数十メートル先の敷地内で二酸化炭素冷鉱泉が自然湧出し、飲用もできる希少な湯である。武田信玄の隠し湯と伝わる歴史を持ち、西天狗岳への登山起点としても知られる。日本秘湯を守る会の会員宿として、湯を守る作法が長く受け継がれてきた。例年四月中旬から翌一月上旬までの営業で、湯場のメンテナンスを丁寧に行うために冬期の一時休業を設けている点も、湯を主役に据える宿の姿勢を示している。

集約レビューの傾向

公開レビューを集計すると、湯質そのものへの評価が他項目を大きく上回る傾向が読み取れる。特に「炭酸の泡付き」「飲泉の風味」といった鉱泉としての体験が繰り返し語られ、山の食材を軸にした食事も安定した支持を得ている。一方で建物や設備は年季の入った作りで、都市型のホテルを想定して訪れると評価が下がる傾向がある。湯と登山を主目的にする旅人に向く一軒として、宿の側もその線を守っている。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    湯質を旅の主目的にする人、天狗岳登山を計画する人、鉱泉の飲泉体験を求める大人の湯治客
  • 向かない:
    新館ホテルの水準を期待する人(山中の秘湯宿につき設備は素朴)、通年営業を前提とする冬旅(一月下旬〜四月中旬は閉山)、幼児連れ(登山口の宿として静けさが基調)

具体情報

  • 所在地: 長野県茅野市豊平4733-1(標高約1870メートル)
  • 最寄り駅: JR茅野駅からタクシー約50分、または送迎対応
  • 客室数: 23室
  • 湯質: 二酸化炭素冷鉱泉(自然湧出、飲泉可)
  • 営業: 例年4月中旬〜翌1月10日前後(冬期休業あり)
  • 加盟: 日本秘湯を守る会


2. 山の宿 明治温泉 — 茅野市

創業1888年、宿の真横におしどり隠しの滝が流れる、奥蓼科温泉郷の一軒宿である。

Media Picks Score: 93 / 100  16室、山の湯宿。

目安価格 ¥25,000–¥43,000 / 泊 (2名1室・通常期)


山の宿 明治温泉 — 茅野市豊平東岳 · 創業120年、渓流沿いに建つ奥蓼科の一軒宿
PHOTO: 山の宿 明治温泉 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

明治二十一年、江戸の湯治文化がまだ生きていた時代の創業。八ヶ岳連峰の北西麓、渋川に沿った標高約1300メートルの奥蓼科温泉郷に建つ一軒宿である。宿の名になった御射鹿の湯は自然湧出の源泉で、その名は東山魁夷の絵画で知られる御射鹿池と同じ土地に由来する。宿の真横を流れるおしどり隠しの滝、加熱湯と冷泉打たせ湯を交互に使う古典的な入浴法、そして山菜と川魚を軸に据えた食事。三つの要素が揃った、湯宿としての完成度が支持を集めている。

集約レビューの傾向

公開レビューでは、湯・食・滝の三点への評価が均等に高い。特に「滝を眺めながらの入浴」「湯上りに川風が抜ける廊下」といった空間体験への言及が繰り返され、館内の静けさが記憶に残る宿として認識されている。食事は季節ごとに献立が変わる山の会席で、素材そのものの評価が高い。一方で標高が高く冷え込む季節の暖房設備には好みが分かれる傾向があり、真夏でも夜は薄い羽織が必要な、山宿らしい気候である。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    夫婦二人の静かな旅、湯と滝を同時に体験したい人、山菜と川魚の会席を目的にする人、東山魁夷の御射鹿池を訪ねる旅程を組む人
  • 向かない:
    幼児連れの家族旅行(渓流沿いで段差が多く、静けさが基調)、大人数のグループ、洋室主体の宿泊を希望する人

具体情報

  • 所在地: 長野県茅野市豊平東岳4734(標高約1300メートル)
  • 最寄り駅: JR茅野駅からバス約60分(奥蓼科温泉郷方面)
  • 客室数: 16室
  • 湯質: 自然湧出の御射鹿の湯(加熱湯と源泉冷泉の交互浴)
  • 創業: 1888年(明治21年)
  • 周辺: 御射鹿池(東山魁夷「緑響く」の題材)、おしどり隠しの滝


3. 渋御殿湯 — 茅野市

「天下の霊湯」の看板を掲げる渋の湯の一軒。天狗岳東尾根への登山起点として長く使われてきた湯宿である。

Media Picks Score: 88 / 100  35室、山の湯宿。

目安価格 ¥24,000–¥29,000 / 泊 (2名1室・通常期)


渋御殿湯 — 茅野市北山 · 「天下の霊湯」の木札が掲げられた玄関
PHOTO: 渋御殿湯 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

渋の湯と呼ばれる湯場の中心に位置する一軒。武田信玄の負傷兵を治療した湯と伝わる古い湯治場で、宿の玄関には「天下の霊湯」の木札が今も掲げられている。標高千八百八十メートル、天狗岳東尾根への登山口である奥蓼科温泉郷の最奥に建ち、冬期も含めて通年営業を続ける数少ない山湯宿である。昭和二十八年に発掘された新湯「渋長寿湯」は、湧出時にきめ細かい泡を纏う特殊噴泉で、宿の名物として知られる。信州秘湯会の会員宿。

集約レビューの傾向

公開レビューを見ると、湯の質と登山口としての立地が二本柱で支持されていることが読み取れる。特に発泡性の高い源泉浴槽への言及が多く、湯上りの疲労回復の実感を語る声が繰り返し現れる。館内は湯治宿の骨格を残す作りで、廊下に立てば木の匂いが強い。館内の食事は山菜と川魚を中心に据えた膳で、量よりも季節性を重んじる献立が続いている。天狗岳登山の朝夕には、登山靴と山の装備が玄関に並ぶ、山宿らしい光景が日常である。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    天狗岳登山を計画する人、冬期の湯治旅を望む人、発泡性の冷鉱泉に興味のある湯めぐりの旅人
  • 向かない:
    観光名所を巡る旅程の宿泊拠点として使いたい人(山の奥で交通に時間がかかる)、洋室・洋食主体の宿泊を望む人、幼児連れ

具体情報

  • 所在地: 長野県茅野市北山5520-3(標高約1880メートル)
  • 最寄り駅: JR茅野駅からバス(渋の湯行き)約70分
  • 客室数: 35室
  • 湯質: 二酸化炭素冷鉱泉「渋長寿湯」(昭和28年発掘、発泡性)+加熱湯
  • 営業: 通年(山湯宿としては珍しい冬期営業)
  • 加盟: 信州秘湯会


4. 本沢温泉 — 南牧村

標高2150メートル、日本最高所の露天風呂「雲上の湯」を持つ、八ヶ岳硫黄岳山麓の湯宿である。

Media Picks Score: 87 / 100  32室、山の湯宿。


本沢温泉 — 南牧村海尻 · 標高2150メートル、硫黄岳山麓の源泉噴出地
PHOTO: 本沢温泉 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

八ヶ岳・硫黄岳の山麓、南佐久郡南牧村海尻の国定公園内に建つ一軒宿。現在の建物は明治二十五年築、創業は明治十五年と伝わる。標高二千百五十メートルに湧く「雲上の湯」は、日本最高所の露天風呂として知られる硫黄泉である。湯宿としては、林道ゲートから徒歩約一時間十五分、本沢温泉入口駐車場からは徒歩約三時間の位置にあり、宿泊は基本的に自らの足で運ぶ荷物を背負っての来訪となる。歩荷登山と湯治を同時に成立させるという、日本の山宿文化の一つの原型を今も守っている。

集約レビューの傾向

公開レビューでは、露天風呂の絶景と、山中湯場としての運営の質への言及が並ぶ。標高が高く、夏でも夜は羽織が必要な気候であり、湯の白濁と硫黄の香、そして満天の星への評価が繰り返し語られる。館内の食事は山小屋型の献立で、量よりも山中で食べる価値を重んじる作りである。長期滞在よりは、二泊三日程度で山旅の途中に組み込む使い方が多い。ネット環境や電源には限りがあり、都市の利便性を持ち込まず、山の時間に身を委ねる姿勢が求められる。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    八ヶ岳縦走の途中に湯を挟みたい登山者、標高二千メートル超の露天風呂を体験したい人、山中湯場の作法を尊ぶ湯治客
  • 向かない:
    登山経験のない人(徒歩でしか到達できない位置にある)、宿の車寄せまでタクシーで乗り付けたい人、幼児連れ、都市型の宿泊設備を必要とする人

具体情報

  • 所在地: 長野県南佐久郡南牧村海尻 国定公園内(標高約2150メートル)
  • アクセス: 林道ゲートから徒歩約1時間15分、本沢入口駐車場から徒歩約3時間
  • 客室数: 32室
  • 湯: 雲上の湯(日本最高所2150メートル、硫黄泉)・苔桃の湯
  • 創業: 明治15年(1882年)、現在の建物は明治25年築
  • 営業: 通年(歩荷登山の湯宿として運営)


よくある質問

Q. ベストシーズンはいつですか?

A. 北八ヶ岳の湯宿は、夏の朝晩の涼しさを湯と共に味わえる六月下旬から九月中旬が編集部の推す時期。標高千メートル超の宿は真夏でも夜は羽織が必要な気候である。紅葉期の十月中旬から十一月上旬は色彩の頂点だが、宿の予約は数ヶ月前から埋まる。冬期営業を続けるのは渋御殿湯と本沢温泉のみ、他二軒は冬期休業がある。

Q. 予約のタイミングは?

A. 夏休みと紅葉期は、二〜三ヶ月前の予約が推奨される。特に唐沢鉱泉と明治温泉は客室数が二十を切る一軒宿につき、週末は早く埋まる。平日利用であれば一ヶ月前でも余裕がある時期は多い。本沢温泉は山中湯宿の性格上、天候により到達可否が変わる。

Q. 子連れでも泊まれますか?

A. 四軒とも幼児連れには向かない性格の宿である。奥蓼科温泉郷の三軒(唐沢鉱泉・明治温泉・渋御殿湯)は静けさを主眼とする湯治宿の骨格を残しており、館内に段差も多い。本沢温泉は徒歩でしか到達できない位置にある。子連れで北八ヶ岳の湯を体験したい場合は、蓼科高原の別のカテゴリの宿を検討するのが良い。

Q. アクセスは?

A. 奥蓼科温泉郷の三軒はJR茅野駅を起点とする。唐沢鉱泉と明治温泉は宿泊者送迎の相談が可能な場合があり、渋御殿湯は茅野駅から路線バス「渋の湯行き」で約七十分。本沢温泉は八ヶ岳登山の一部として計画する必要があり、稲子湯登山口または本沢入口駐車場から徒歩でのアクセスとなる。

Q. 湯質の違いは?

A. 唐沢鉱泉と渋御殿湯は共に二酸化炭素を主成分とする冷鉱泉で、宿では加熱釜で温めた湯と源泉冷泉を交互に使うのが伝統的作法。明治温泉は自然湧出の湯で、加熱湯と冷泉打たせ湯を組み合わせる。本沢温泉は標高二千百五十メートルの硫黄泉と、宿近くの苔桃の湯という二種の泉質を持つ。それぞれ性格が異なるため、湯質を目的とする旅では四軒を巡る計画も成立する。

本記事の参考情報

茅野観光ナビ「ちの旅」 — 奥蓼科温泉郷の各湯宿の位置と歴史的背景
小海町観光協会 — 南牧村・南佐久郡側の登山口と湯宿情報
Wikipedia: 奥蓼科温泉郷 — 湯場の系譜と近代以降の変遷

編集部から

北八ヶ岳の裾の湯宿は、いずれも山の中に静かに建ち、湯治と登山の両方を成立させてきた長い歴史を持つ。夏の朝、まだ暑気の届かない標高千メートル超の湯に浸かるという体験は、東京や大阪の夏を離れる旅の一形として、ここ数年再び注目されつつある。今回取り上げた四軒は、いずれも派手な演出をしない代わりに、湯そのものと山の時間を守り続けている宿である。次に読むなら、同じく信州の山湯として続く木曽路の湯宿、または越後の湯治宿を訪ねる記事も併せてどうぞ。

次に読むなら