長野県
旬という約束 — 旅館の献立が、なぜ走り・盛り・名残の三段で季節を語ってきたか
立秋を境に、旅館の膳は夏の名残と秋の走りが同居する。走り・盛り・名残という日本料理の時間意識が、旅館の夕餉にいかに組み込まれてきたかを、信州扉温泉 明神館と加賀山代あらや滔々庵の二軒に例を採りつつ、静かに辿る随筆。
湯垢という時間 — 湯船の縁に積もる白い結晶が、なぜ湯の年輪を語ってきたか
寒の内の湯船の縁に積もる白い結晶——石灰華や湯の花という析出物を主題に、白骨・明礬・万座の名湯三軒を挿話的に訪ね、湯の年輪という視点で名湯文化を静かに綴る随筆。
湯気が窓に描く霜の花 — 露天から浅間と八ヶ岳を望む信州高原の客室露天五軒、氷点下の朝湯
小寒の頃、信州の高原温泉地で、客室の露天から浅間・八ヶ岳・北アルプスの雪嶺を望む宿を五軒。源泉温度と湯量、氷点下でも凍らせぬ湯の管理、雪見障子と檜浴槽の設えを数値とともに記す。
善光寺門前、長野の御開帳の里に代を継ぐ名旅館四軒 — 七年に一度の参詣道に灯る宿の今
梅雨明けの善光寺門前に、参詣客を泊めてきた名旅館と宿坊を四軒。仲見世に唯一残る旅館、縁起堂を守る永代宿坊、明治九年創業の純和風、文殊を祀る小体な宿坊を、地図とともに編む。
北八ヶ岳の裾、稲子湯と唐沢鉱泉に山の湯治を継ぐ湯宿四軒 — 標高千五百の炭酸泉と鉱泉宿
小暑の候、北八ヶ岳の裾に湧く稲子湯・唐沢鉱泉・本沢温泉・明治温泉を巡る。標高一四〇〇〜二一五〇メートルに散る一軒宿四軒、炭酸冷鉱泉と含硫黄冷鉱泉が骨格の湯治宿の系譜を、四〇〜七〇代の山の湯を好む読者に届ける。
野沢と赤倉、上信越国境の外湯を戸口に置く湯宿五軒 — 麻釜と大湯を里の湯場に継ぐ
小暑の候、上信越国境の湯場から、外湯文化を戸口に置く湯宿を五軒選んだ。野沢の麻釜と大湯、赤倉の大湯——里の湯場に湯を継ぐ家々の系譜を、価格帯・湯質・立地とともに読む。
南信昼神、阿智の谷に星空を映す客室露天五軒 — 日本一の闇に湧くアルカリの湯
南信州・阿智村昼神温泉から、客室露天または貸切露天で日本一の星空を仰げる宿を五軒。アルカリ性単純硫黄泉の湯質と、料亭旅館から中価格帯まで、盛夏の星見を軸に編む。
外湯という共同体 — 湯町の宿が、いかに戸口の湯場を里に返してきたか
白露の候、城崎・野沢・湯田中渋・別所——宿の内湯とは別に里が守る「外湯」を持つ湯町の宿と町の関係を、歴史・制度・作法の三軸で辿るエッセイ。西村屋本館と桐屋旅館を実例に、宿が湯を里に返してきた小さな契約を描く。
夏の献立に、なぜ氷が立つのか — 旅館の料理長が涼を盛りつけてきた作法について
盛夏の夕餉に旅館の料理長が立てる氷盤。鱧の落とし、青楓を散らした向附、冷やし鉢——夏の二十数日のためだけに組み立てられる懐石の作法を、五軒の旅館の献立から静かに辿る。
白濁という現象 — 湯が色を帯びる瞬間に、湯場が何を見てきたか
湯はもともと無色である。地中で熱せられ岩盤を伝う湯が、空気に触れた瞬間に色を帯びる――白骨・雲仙小地獄・ニセコ五色、三つの湯場が読み続けてきた白濁の作法を辿るエッセイ。