梅雨の明けた越後の谷に蝉時雨が降りはじめると、栃尾又の湯場は一年でもっとも静かな季節を迎える。新潟県魚沼市、奥只見へ向かう山あいに湧く栃尾又温泉は、全国でも屈指のラドンを含むラジウムのぬる湯で知られる。三十五度ほどの霊泉に一時間、二時間と身を沈める長湯の作法。八世紀の開湯から薬師信仰とともに守られてきたこの湯を、約四百年にわたり受け継いできた一軒が、自在館である。本稿は、その湯と建物と継承の記である。

※ Media Picks Score は公開レビューデータを集計し、立地・湯質・規模・継承などの編集的観点を加えて算出した参考指標です。


栃尾又温泉 自在館 — 新潟県魚沼市 · 約400年続くラジウムぬる湯の湯治宿、谷あいの外観
PHOTO: 栃尾又温泉 自在館 — 公式サイトを見る →

Media Picks Score: 94 / 100  28室、湯治の湯宿(栃尾又温泉 自在館/新潟県魚沼市)。

八世紀の霊泉と、薬師の谷

栃尾又の湯の歴史は古い。開湯は八世紀にさかのぼると伝えられ、谷の上には子宝祈願で知られる栃尾又薬師堂が建つ。御開帳は例年五月七日の夕と八日の朝、十一月七日の夕と八日の朝に営まれ、湯と薬師信仰が一つの暮らしとして結ばれてきた。湯は古くから「霊泉」と呼ばれ、病を癒し、子を授かる湯として越後の人々に頼られてきた。自在館の湯守はこの地で約四百年、湯を絶やさず守り、いまは二十五代を数える。湯宿というより、信仰と養生の場として続いてきた一軒と言える。


栃尾又温泉 自在館 — 魚沼市 · 霊泉「したの湯」、35度のぬる湯に一二時間浸かる長湯場
PHOTO: 霊泉「したの湯」 — 公式サイトを見る →

ぬる湯という、長湯の作法

湯が、ここでは急がせない。源泉「栃尾又一号」は泉温三十五・四度、pH八・六のアルカリ性で、ラドンは一八五×一〇⁻¹⁰Ci/kg(五〇・九マッヘ)。もう一本の自家源泉「自在館一号」は泉温二十八・五度、ラドン一三一×一〇⁻¹⁰Ci/kg(三五・九マッヘ)を含む。いずれも全国屈指のラジウム含有を誇る。体温に近いぬる湯ゆえ、湯あたりせず、三十五度ほどの湯に一時間、二時間と身を沈める。これが栃尾又に伝わる入浴の作法である。霊泉「したの湯」「うえの湯」の二つの大浴場のほか、貸切の「たぬきの湯」、貸切露天の「うさぎの湯」を備える。長く浸かるための湯であるから、浴場には急かす空気がない。静かに目を閉じ、谷の蝉の声を聞きながら時を忘れる——その時間こそが、この宿の核心である。

本館と大正棟、湯治の宿りのかたち

客室は本館と大正棟に分かれ、全二十八室。トイレ付きの和室八畳、ベッドを置いた二間「せいらん」、一名で静かに籠もる六畳和室まで、湯治の滞在に合わせた間取りが用意される。なかでも大正棟は、急な階段や数寄屋めいた木の造作に昔日の湯治場の趣を残し、和室『七拾弐番』やメゾネット『五拾七番/五拾八番』など、番号で呼ばれる部屋が往時の名残をとどめる。寝具には昭和西川のムアツマットレスを敷く。派手な設えはない。長く滞在し、湯に通い、身を養うための宿りである。


栃尾又温泉 自在館 — 魚沼市 · 大正棟の和室、昭和の湯治場の趣を残す客室
PHOTO: 大正棟の客室 — 公式サイトを見る →

越後の食と、養生の膳

食事は、魚沼の山と田が育てたものが膳にのぼる。米どころ魚沼のコシヒカリ、山の菜、川の恵み。湯治の宿らしく、滞在を重ねても飽きのこない、土地に根ざした養生の膳が組まれる。派手な趣向ではなく、谷の四季をそのまま映す献立であることが、長逗留の身体にやさしい。湯と食と眠りを淡々と繰り返すうち、いつしか肩の力が抜けていく。それが、ここでの過ごし方である。

集約レビューが映すこの宿の本質

公開レビューデータを集計すると、評価はぬる湯の長湯体験と、静けさへの支持に集中している。賑わいや豪奢を求める向きには物足りなく映ることもあるが、湯そのものと向き合う時間を求める滞在者からは、深い満足が繰り返し示される。一人でこもる湯治、夫婦で湯に通う数泊——いずれも、設備の新しさではなく湯質と静寂を評価軸に置く声が際立つ。秘湯を守る会、源泉湯宿を守る会に名を連ねる一軒として、湯を主役に据える姿勢が一貫して支持されていると言える。

立地と周辺

宿は奥只見へ向かう山あいに位置し、住所は新潟県魚沼市栃尾又温泉。上越新幹線の浦佐駅から送迎(要予約)で約三十分、JR上越線の小出駅からは栃尾又温泉行きのバスで約三十分、車なら関越自動車道・小出ICから国道三五二号を約二十分である。周囲には観光施設の華やぎはなく、谷と森と薬師堂があるばかり。その静けさこそが、長湯の宿にふさわしい立地と言える。

こんな旅人に

  • ぬる湯の長湯で、心身をゆっくり養いたい一人旅・夫婦旅の人
  • ラジウム温泉の湯質と歴史に関心がある、温泉文化に造詣の深い人
  • 観光地巡りより、宿に留まり湯に通う数泊の滞在を望む人
  • 谷の静けさと薬師信仰の趣を、季節とともに味わいたい人

具体情報

  • 所在地: 新潟県魚沼市栃尾又温泉
  • アクセス: 上越新幹線 浦佐駅から送迎(要予約)約30分/JR小出駅からバス約30分/小出ICから車約20分
  • 源泉(栃尾又一号): 泉温35.4度・pH8.6・ラドン185×10⁻¹⁰Ci/kg(50.9マッヘ)
  • 源泉(自在館一号): 泉温28.5度・pH7.9・ラドン131×10⁻¹⁰Ci/kg(35.9マッヘ)
  • 浴場: 霊泉「したの湯」「うえの湯」、貸切「たぬきの湯」、貸切露天「うさぎの湯」
  • 客室: 本館・大正棟 全28室
  • 開湯 / 継承: 8世紀開湯、約400年の湯守、二十五代
  • 薬師堂御開帳: 例年5月7日夕・8日朝、11月7日夕・8日朝

Media Picks Score

94 / 100 — 評価の内訳: 湯質(全国屈指のラジウム/ぬる湯) / 立地(秘湯の谷) / 体験(長湯の作法と静寂) / 継承(約四百年・二十五代) / 編集適合度(薬師信仰と養生の文化)。

よくある質問

Q. ぬる湯の長湯とは、どのくらい浸かるのですか?

A. 栃尾又の湯は体温に近い三十五度前後で、一時間から二時間ほどかけてゆっくり浸かるのが伝統の作法です。湯あたりしにくいため、本を読み、まどろみ、谷の蝉の声を聞きながら時を忘れる過ごし方が向きます。霊泉「したの湯」「うえの湯」の大浴場のほか、貸切の風呂も用意されています。

Q. ラジウム温泉とは、どのような湯ですか?

A. 微量のラドンを含む放射能泉で、栃尾又は全国でも屈指の含有量で知られます。源泉「栃尾又一号」はラドン一八五×一〇⁻¹⁰Ci/kg、泉温三十五・四度。古くから霊泉として養生に用いられてきました。効能の感じ方には個人差があり、長湯はご自身の体調に合わせて行うのがよいでしょう。

Q. 一人での湯治滞在はできますか?

A. 一名向けの和室も用意され、湯に通いながら静かに過ごす数泊の滞在に向く宿です。観光の拠点というより、湯と養生を主目的にする旅人に合います。連泊で湯に親しむ過ごし方が、この宿の本領です。

Q. 食事はどのようなものですか?

A. 米どころ魚沼のコシヒカリや山の菜、川の恵みなど、土地の食材を用いた養生の膳が組まれます。長逗留でも飽きのこない、谷の四季を映す献立が中心です。

Q. アクセスは?

A. 上越新幹線の浦佐駅から送迎(要予約)で約三十分、JR上越線の小出駅から栃尾又温泉行きバスで約三十分、車なら関越自動車道・小出ICから国道三五二号を約二十分です。送迎は事前予約が必要です。

本記事の参考情報

魚沼市観光協会 — 栃尾又温泉 — エリアの観光情報
Wikipedia: 魚沼市 — 地理・歴史の背景

編集部から

湯を主役に据えた宿は、いまや稀である。栃尾又 自在館は、新しさや賑わいではなく、八世紀から続く霊泉と、ぬる湯に長く浸かるという越後の作法を、約四百年・二十五代にわたって守ってきた。梅雨が明け、谷に蝉時雨が降る頃、薬師堂の鐘の音を遠くに聞きながら、ただ湯に身を沈める——そんな時間を求める旅人に、編集部が静かに推したい一軒である。湯治という日本の養生文化を、いまも生きた形で残す宿を、これからも一軒ずつ訪ねていきたい。あなたが次に身を沈めたいのは、どんな湯だろうか。

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