秋の長雨が軒先を濡らす白露の頃、老舗旅館の系譜をたどると、本家から暖簾を分けて興った宿が各地の湯場に静かに残っている。暖簾を分けるとは、屋号や建物を譲ることではなく、湯の使いようと客のもてなしという「かたちのないもの」を継ぐ営みである。とりわけ温泉地では、源泉を町ぐるみで分かち合う慣わしが古くからあり、分家は本家の湯を離れずに、同じ源泉、同じ料理の型を受け継ぎながら、やがて別の格を立ててきた。本稿では、城崎と道後という暖簾分けの慣行が濃い湯場から、いまも高い評価を集める三軒を手がかりに、その継承の作法を読み解いてみたい。
| 宿 | 湯場 | 創業 | 客室 | Score | 系譜における位置 |
|---|---|---|---|---|---|
| 西村屋本館 | 城崎 | 1861年頃 | 34室 | 93 | 本家の型を守る一軒 |
| 川口屋本館 | 城崎 | 1916年 | 13室 | 88 | 暖簾が枝分かれした系譜 |
| 大和屋別荘 | 道後 | 1989年 | 19室 | 90 | 本家から分かれた分家 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)。
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湯を分かつという前提
暖簾分けを語る前に、温泉地の宿がそもそも湯を独り占めしない土地柄であることを確かめておきたい。城崎温泉では、宿は大きな内湯を構えず、町なかに点在する七つの外湯を訪ね歩くのが本来の作法とされてきた。湯は町の共有財であり、一軒の宿は「町ぐるみの一つの宿」の座敷に過ぎない——そうした思想が、この地の暖簾分けの土台にある。源泉を町で分かち合うからこそ、分家は本家の湯から遠く離れる必要がなく、同じ湯、同じ外湯めぐりの流儀を継いだまま、軒だけを新たに構えることができた。継がれるのは泉源ではなく、湯との付き合い方だったのである。
本家の型を守るということ — 城崎・西村屋本館
創業一六五年。数寄屋の巨匠・平田雅哉の手になる登録有形文化財が、城崎の作法を今日に伝える本家の一軒。

城崎の湯島に建つ西村屋本館は、創業一六五年を数える城崎の本家格である。三十四室を擁する木造の館は、数寄屋建築の巨匠・平田雅哉が手掛けた普請で、いまは登録有形文化財として受け継がれている。中庭を囲んで低くのびる軒、面皮柱と数寄屋の細工、夕暮れに障子が灯る様は、この宿が湯だけでなく建物と庭までを一つの作法として守ってきたことを物語る。西村屋はやがて、丘の上に西村屋ホテル招月庭という姉妹館を構え、本家の名としつらえを分けていった。分家に暖簾を渡してなお、本館が譲らなかったのは、外湯めぐりを旅の中心に据える城崎らしい間の取り方である。目安の価格帯は一泊二名で十一万円台から、季節や室により二十六万円ほどまで。城崎でもっとも格の高い一軒に数えられる。Media Picks Score は93。
暖簾が枝分かれしていく — 城崎・川口屋本館
大正五年、五部屋の宿として興り、大谿川沿いに幾つもの宿へと暖簾を分けていった系譜そのもの。

川口屋本館は、大正五年に川口屋仁右衛門が宴会場と五部屋を設えて開いた料理旅館に始まる。大正十四年の北但大震災で温泉街が焼け野原となり、宿も全壊したが、当時の六代目が再建して灯をつないだ。戦後、川口屋の暖簾は一軒にとどまらなかった。弁財天社の傍らに広縁付きの木造宿を開き、のちに大谿川の畔へ川口屋城崎リバーサイドホテルを構えるなど、同じ屋号を掲げた宿が川沿いに枝を伸ばしていったのである。本館はいまも十三室の小体な料理旅館として、貸切の露天と季節の膳を守る。檜と御影石の湯船に簾ごしの光が落ちる湯は、暖簾がいくつに分かれても、湯と料理を宿の芯に据える川口屋の流儀が変わっていないことを教えてくれる。目安の価格帯は一泊二名で一万四千円台から四万五千円ほど。Media Picks Score は88。
分家が独自の格を立てる — 道後・大和屋別荘
慶応四年創業の本家・大和屋本店から分かれ、能舞台を擁して文人ゆかりの格を築いた道後の分家。

道後に湯宿を構える大和屋の本家、大和屋本店は、慶応四年——明治元年の創業である。もとは和紙の原料となる楮や三椏を商う仲買で、道後温泉本館の北側に四部屋の木造旅館を設えたのが宿としての始まりと伝わる。その本家から分かれ、興ったのが大和屋別荘である。十九室の別荘は、能舞台を館内に擁し、文人の作品とともに時を過ごす宿として、本家とは異なる静かな格を立てた。分家でありながら、継いだものは確かにある。道後の宿はいずれも道後温泉本館の湯を身近に置き、湯上がりに町を歩く道後らしい作法を共有する。別荘もまた、本家譲りの湯との距離の取り方と、伊予の食を膳に映すもてなしを受け継いだうえで、能と文人という自らの色を重ねた。目安の価格帯は一泊二名で四万円台から十三万円ほど。Media Picks Score は90。
継がれるのは、湯と間合い
三軒をたどって見えてくるのは、暖簾分けが屋号の貸与ではなく、湯との距離の取り方と客への間合いを渡す営みだということである。城崎は外湯を、道後は道後温泉本館という共有の湯を土台に持つ。だからこそ分家は本家の泉源に縛られず、同じ湯を分かち合いながら、建物や芸能や料理という自らの格を新たに立てられた。西村屋本館が守る型、川口屋が示す枝分かれ、大和屋別荘が築いた独自の格——いずれも、形のあるものを分けたのではなく、形のないものを継いだ結果である。秋の長雨のなか、暖簾の向こうに続く家系の物語を思いながら湯に浸かるのも、老舗の宿ならではの旅の味わいと言える。
よくある質問
Q. 城崎温泉の外湯めぐりとは何ですか。
A. 城崎では宿が大きな内湯を持たず、町なかに点在する七つの外湯を浴衣で訪ね歩く慣わしが古くから続いています。宿泊者は各宿が用意する外湯の入場手形で湯を巡れるため、一軒の宿に泊まりながら町全体の湯を味わえるのが特徴です。暖簾分けの分家が本家の湯を離れずに済んだのも、この共有の仕組みが背景にあります。
Q. 本家と分家では、泊まる体験に違いがありますか。
A. 源泉や湯との付き合い方、もてなしの型は本家から受け継がれるため、湯の性質や外湯めぐりの流儀に大きな差はありません。一方で、建物の様式や館内の設え、料理の献立、催しなどは分家が独自に育てるため、格や趣に違いが生まれます。大和屋別荘の能舞台のように、分家ならではの色が加わる例が少なくありません。
Q. 子ども連れでも老舗旅館に泊まれますか。
A. 三軒はいずれも小体な老舗で、静けさを重んじる設えのため、年齢制限や食事処の扱いは宿ごとに異なります。乳幼児連れの可否や添い寝の条件、外湯めぐりの動線は、旅程を組む前に各宿の公式案内で確かめておくと安心です。落ち着いた滞在を望む夫婦旅や友人連れには、いずれも和の作法を静かに味わえる一軒です。
Q. 秋に訪れる利点はありますか。
A. 秋は長雨の合間に空気が澄み、湯の温もりが体になじむ季節です。城崎はやがて松葉ガニの解禁を控え、道後は伊予の実りが膳に映える頃合いとなります。紅葉の混み合う前の白露から寒露にかけては、静かに外湯や庭を巡れる時期として編集部が推したい頃合いです。
本稿で触れた宿
西村屋本館 — 兵庫県・城崎温泉
- 創業: 創業一六五年(1861年頃)/登録有形文化財
- 客室: 34室/数寄屋建築(平田雅哉 普請)
- 湯: 城崎の七つの外湯めぐりを旅の中心に
- 目安価格: ¥110,000〜¥260,000/泊(2名1室・通常期)
- Media Picks Score: 93 / 100
川口屋本館 — 兵庫県・城崎温泉
- 創業: 大正5年(1916年)/北但大震災後に再建
- 客室: 13室/料理旅館・貸切露天
- 系譜: 弁天荘・川口屋城崎リバーサイドホテルへ暖簾が分かれる
- 目安価格: ¥14,000〜¥45,000/泊(2名1室・通常期)
- Media Picks Score: 88 / 100
大和屋別荘 — 愛媛県・道後温泉
- 創業: 平成元年(1989年)新築/本家・大和屋本店は慶応4年(1868年)創業
- 客室: 19室/能舞台・文人ゆかりの設え
- 湯: 道後温泉本館を身近に置く道後の作法
- 目安価格: ¥40,000〜¥130,000/泊(2名1室・通常期)
- Media Picks Score: 90 / 100
本記事の参考情報
・城崎温泉観光協会 — 七つの外湯と外湯めぐりの作法
・Wikipedia: 大和屋本店 — 道後・大和屋の沿革
・Wikipedia: 城崎温泉 — 温泉地の歴史と外湯文化
編集部から
暖簾を分けるという慣わしは、跡継ぎのある宿が地域の湯と作法をどう次代へ渡すかという、老舗ならではの知恵の形でもある。城崎の外湯、道後の共有湯という土壌があってこそ、分家は本家の湯を離れずに独自の格を育てられた。同じ源泉を分け合う湯場は各地に残っており、家系の物語を軸に宿を選ぶ旅は、まだ多くの余白を残している。次は、跡取りが代替わりの節目に建物をどう継いだか——普請と改修の視点から、老舗の継承をたどってみたい。