白露へ向かう晩夏の別府明礬に、青みを帯びた湯と藁葺きの湯の花小屋とを、同じ一族の手で継いできた宿があります。明治八年創業の岡本屋。別府八湯のうち最も高いところに湧く明礬の斜面で、宿の湯は自噴の源泉をそのまま浴槽に落とし、宿の敷地から歩いて三分の斜面では、江戸期と変わらぬ作法で湯の花の結晶が育てられています。湯治宿として百五十年、そして湯の花の作り手として。二つの顔をひとつの家が持ち続けてきた例は、この国の温泉地でも稀といえます。
Media Picks Score: 92 / 100 十四室、木造の温泉旅館。
目安価格 ¥59,000–¥84,000 / 泊 (2名1室・通常期)
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

明礬の高みに湧く、青みを帯びた湯
湯が、まず青い。別府八湯のなかで最も標高の高い明礬に湧くこの湯は、天候と時刻によって、澄んだ薄青から濃い乳白色まで表情を変えます。宿はこれを「ミルキーブルー」と呼び、公式には青磁にも喩えられる青みを帯びた乳白色と記しています。硫黄成分とメタケイ酸を多く含み、酸性の湯であることが、この色と肌ざわりの由来です。
泉質は硫黄泉、正しくは酸性・含硫黄-単純温泉(硫化水素型)。明礬温泉一帯の湯は pH 三以下の強酸性を示し、古くから皮膚の疾患をやわらげる湯として知られてきました。岡本屋の浴槽に満たされるのは自噴の源泉で、加水も加温もない百パーセントのかけ流しです。浴場は男湯に大露天風呂・岩風呂・大浴場、女湯に露天風呂・檜風呂・岩風呂。庭園露天風呂からは、明礬大橋のアーチと別府湾までが見渡せます。
湯口では飲泉もできます。適応症として耐糖能異常と高コレステロール血症が挙げられており、食前三十分ほど、一回およそ百ミリリットルを三倍に薄めて、というのが宿の案内する作法です。入浴できる時間は十五時から二十三時、そして早朝六時から九時半まで。なお岡本屋は立ち寄り入浴を行っておらず、この湯に浸かるには泊まることが条件になります。

藁葺きの下で、結晶を育てる
宿から坂を三分ほど上ると、藁葺きの小屋が斜面に連なります。湯の花小屋です。屋根は切妻に組まれ、藁または茅で葺かれる。これは意匠ではなく製造上の必然で、小屋のなかの温度と湿度を一定に保つために藁が選ばれてきました。
作法はこうです。まず地中に石造りの溝や管を伏せ、その上に小石と白土を敷き、さらに青粘土を敷き詰める。地熱で立ちのぼる噴気が溝を伝って小屋の土間へ導かれ、蒸気に含まれる硫化水素や亜硫酸ガスが硫酸へと転じます。その硫酸が毛管現象で青粘土のなかを上がり、粘土の鉄やアルミニウムと結びついて硫酸塩の鉱物となる。地表近くで析出したそれが、霜柱のように立ち上がる白い結晶——明礬湯の花です。数日ではなく、幾日も、時に幾月もかけて育つ。
この製造技術は二〇〇六年(平成十八年)三月十五日、「別府明礬温泉の湯の花製造技術」として国の重要無形民俗文化財に指定されました。江戸期の明礬製造からほぼ変わらぬ方法が今日まで残っている点が、指定の理由です。さらに二〇一二年(平成二十四年)九月十九日には、明礬と鉄輪の一帯が「別府の湯けむり・温泉地景観」として国の重要文化的景観に選ばれています。
ただし、この風景は安泰ではありません。小屋は建て替えを要し、製造には手間と費用がかかる。原料も資材も年ごとに入手が難しくなる。宿の記すところによれば、いま稼働している湯の花小屋は明礬全体で十棟に満たないといいます。最盛期には数百棟が斜面を埋めていたことを思えば、残された数の少なさが際立ちます。
山奉行から宿へ — 岡本屋百五十年の系譜
建物より先に、家の来歴を辿ります。宿の記録によれば、初代・岩瀬正綱は豊後森藩の山奉行として、藩の飛地であった明礬へ遣わされました。硫黄と明礬を産する特別な土地を預かる役目です。天保年間には子の新吉(吉綱)とともに長崎へ幾度も出向き、早附木(現代のマッチにあたるもの)など蘭方の製薬技術を学んだと、玖珠町教育委員会の所蔵する藩の記録書に残ります。
明治四年の廃藩置県で土地の払い下げを受け、一八七五年(明治八年)、二代目・吉綱が初代とともに宿屋を始めます。初代・正綱の生まれは岡藩岡田地区、いまの大分県竹田市。屋号の「岡本屋」は、その竹田市の岡本という地名から採られました。鉱山で働く者や商人を泊める宿として、また別府全体が湯治場として賑わい始めた時勢に応じた宿として、湯の傍らに生まれた宿です。
転機は三代目・保彦の代に訪れます。明礬産業が衰退の兆しを見せるなか、ドイツ人医師ベルツの「これは工業原料というより温泉成分の結晶である」という言葉に触れた保彦は、一八八四年(明治十七年)、明礬の半製品である白い結晶を「湯の花」と名づけ、入浴剤として村民とともに全国へ送り出しました。一九〇四年(明治三十七年)には湯の花組合を設立し、明治四十三年、その記念碑を岡本屋の敷地内に建てています。工業原料の副産物を、地域の生業として作り替えた——湯の花という名そのものが、この宿の三代目の仕事だったわけです。
一九一三年(大正二年)、四代目・清吾が建物と露天風呂を改築して湯治宿としての規模を広げ、戦中戦後は傷痍兵や引揚者を受け入れました。一九八八年(昭和六十三年)には直営の岡本屋売店で「地獄蒸し®プリン」の販売が始まり、二〇二五年、宿は創業百五十年を迎えています。明礬地獄の一帯は一六六六年(寛文六年)に日本で初めて明礬の採取が始まった史跡で、明治維新の払い下げ以来、岩瀬家の手で湯の花の採取が続いてきた土地でもあります。

十四室という規模と、その設え
客室は全十四室。純和風の木造建築で、廊下の調度や襖に映る光の陰影が、そのまま宿の年輪になっています。内訳は、別府湾を望む特別室「望海」(和室八畳+六畳、源泉かけ流し内湯付)が一室、二〇二五年七月に改装された「野菊」(和室十二畳+ツインベッド、内湯付)が一室、「牡丹」(和室八畳+ツインベッド、内湯付)が一室、和モダンの「むつき」(和室十二畳)が一室、和洋室の「松」(和室十六畳+ツインベッドルーム、三〜五名)が一室、和室八畳が四室、和室六畳が四室、そして一人旅のための六畳「竹」が一室。源泉かけ流しの内湯を備えるのは、このうち三室です。
特別室「望海」には温泉染めの襖戸、唐長の間仕切り襖、別府の竹工芸による照明が入り、六畳の和室に八畳を連ねた間取りに縁側が付きます。一方で、和室八畳・六畳は昭和の面影を残す簡素な設えで、広縁と洗面台、洗浄機能付きトイレという構成。一人旅向けの「竹」が明示的に用意されている点は、湯治宿としての性格をよく表しています。
留意すべきは階段です。宿は公式に、館内の階段が段差高く急であること、浴場へも階段があり高齢の場合は同行者の付き添いが望ましいことを明記しています。和室六畳と「むつき」「松」「竹」は二階にあり、上り下りが伴います。百五十年の木造建築であることの、率直な代償といえます。全室禁煙で、館内には喫煙スペースが設けられています。無料 Wi-Fi は全室で利用できます。

地獄蒸しという、土地の火の使い方
食卓もまた噴気で組み立てられます。硫黄を含む温泉の蒸気で食材を蒸し上げる地獄蒸しは、別府の火山地形が生んだ調理法で、岡本屋の献立にも据えられています。標準の会席は「大分旬彩会席」に名物の鯛兜の地獄蒸しを合わせた一式。新湯治・ウェルネスプランと岡本屋女子宿の宿泊者に限られる【美活会席】では、地獄蒸し野菜のバーニャカウダ、白身魚の地獄蒸し、大分和牛と野菜の地獄蒸しという三種が一度に供されます。蒸籠から立つ湯気そのものが、この土地の地熱です。おおいた和牛のヒレは、陶板焼きの追加注文として用意されています。
この【美活会席】は薬膳アドバイザー監修の特別会席として組み立てられています。締めのデザートは、直営売店で一つずつ手作りされる地獄蒸し®プリン。苦みの強いカラメルと濃厚な生地の組み合わせで、二〇二五年十二月には日本観光特産大賞二〇二五の金賞を受けています。
夕食・朝食ともに食事処(テーブル席)での提供で、明礬大橋のアーチから別府市街地までを見渡せます。個室風の席もありますが数に限りがあり、部屋食や個室の利用は別途料金となるため、希望する場合は予約時の相談が要ります。

集約レビューが映す、この宿の像
公開レビューデータを集計すると、この宿の評価はきれいに二分されます。高く支持されているのは湯そのもの——色、肌ざわり、そして加水加温のない自噴かけ流しという事実。加えて、湯の花小屋や明礬地獄が徒歩圏にあること、食事に地獄蒸しが据えられていることへの評価が、繰り返し立ち上がってきます。
一方で、評価が割れるのは建物です。木造の古さ、階段の勾配、部屋の設備水準に触れる声が一定量あり、これは宿自身が公式に注意を促している点と重なります。近年改装された内湯付きの三室と、昭和の設えを残す和室とでは、滞在の印象が異なることも読み取れます。総じて、施設の新しさを主目的とする旅程では評価が下がり、湯質と土地の来歴を主目的とする旅程では高く評価される——そういう性格の宿だと言えます。
立地と周辺 — 徒歩三分の湯けむり
宿は明礬の斜面、九州横断道路から一本外れた坂の途中にあります。亀の井バス「明礬」停留所から徒歩一分、JR別府駅からは車でおよそ十五分、路線バスで約三十分。別府インターチェンジからは車で約七分、大分空港からは車で約五十分です。駐車場は無料ですが、利用には予約が要ります。
宿からの徒歩圏には、岡本屋売店が約三分、湯の花小屋が約三分、明礬地獄が約四分、明礬八十八ヶ所とお滝場が約八分。願掛地蔵尊へも八分ほどで、坂を歩けば湯けむりのなかを巡ることになります。
二点、現時点で確認しておくべき事柄があります。ひとつは、直営の立ち寄り湯「山の湯」(展望岩風呂・家族風呂)が、湯量の減少により二〇二六年四月一日から当面の間休業していること。もうひとつは、明礬地獄の遊歩道が緊急工事のため臨時休業していることです。いずれも運営元の公式告知によるもので、再開時期は示されていません。湯の花小屋の連なる斜面そのものは道からも望めますが、遊歩道を歩いて間近に見学する計画であれば、旅程を立てる前に運営元へ確認するのが確実です。なお宿の周囲に商店やコンビニエンスストアはなく、最寄りの飲食店まで徒歩約二十分、繁華街までは車で二十〜二十五分を要します。
向く人 / 向かない人
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向く:
湯質を旅の第一目的に置く夫婦旅・友人連れ、温泉文化や民俗技術の背景を知りたい旅、一人で静かに湯治をしたい旅(一人専用の六畳がある)、酸性硫黄泉を体験したい海外からの旅行者 -
向かない:
設備の新しさや広さを重視する旅(木造で階段が急)、脚に不安のある高齢の旅(浴場へも階段がある)、宿の外で夕食や買い物をしたい旅程(周囲に店がない)、日帰りで湯だけを目当てにする訪問(立ち寄り入浴は行っていない)
具体情報
- 所在地: 〒874-0843 大分県別府市明礬4組
- 最寄り: 亀の井バス「明礬」停留所から徒歩1分/JR別府駅から車で約15分・路線バスで約30分/別府ICから車で約7分
- 客室: 全14室(源泉かけ流し内湯付き3室、和洋室1室、一人専用の6畳1室を含む)
- 泉質: 硫黄泉(酸性・含硫黄-単純温泉/硫化水素型)、自噴源泉100%かけ流し・加水加温なし
- 浴場: 男湯=大露天風呂・岩風呂・大浴場/女湯=露天風呂・檜風呂・岩風呂。入浴 15:00〜23:00、6:00〜9:30。飲泉可
- チェックイン: 15:00〜(最終18:00)/アウト 〜10:00
- 食事: 夕食・朝食ともに食事処(テーブル席)。地獄蒸しを軸にした献立、おおいた和牛。部屋食・個室は別途料金
- 創業: 1875年(明治八年)。2025年に創業150年
- 駐車場: 無料(要予約)
- その他: 全室無料Wi-Fi、全室禁煙(館内に喫煙スペースあり)。立ち寄り入浴は行っていない
- 言語: 公式サイトは日本語・英語・韓国語・中国語(簡体/繁体)に対応
Media Picks Score
92 / 100 — 評価の内訳は、湯(自噴源泉かけ流し・酸性硫黄泉)、立地(明礬の核心部、湯の花小屋まで徒歩三分)、継承(湯の花製造の担い手としての百五十年)、食(地獄蒸しと薬膳の献立)、そして施設(木造建築の古さと階段)の五点です。湯と継承が突出して高く、施設面が控えめ。その差し引きが、この点数になっています。公開レビューデータの集計に、テーマ適合度を編集部で加味して算出しました。
よくある質問
Q. 湯の効能と泉質は。強い酸性の湯とのことですが、肌への負担は。
A. 泉質は硫黄泉、酸性・含硫黄-単純温泉(硫化水素型)で、明礬温泉一帯は pH 三以下の強酸性を示します。硫黄成分とメタケイ酸を多く含み、宿は古い角質をやわらげ肌に潤いを与える湯としています。適応症には慢性湿疹やアトピー性皮膚炎、皮膚化膿症などが挙げられる一方、酸性の湯は肌質によって刺激となることもあります。長湯を避け、湯上がりに真水で流すかどうかを含め、体調と相談のうえ入るのが穏当です。
Q. 湯の花小屋は見学できますか。
A. 藁葺きの湯の花小屋が連なる斜面は、宿から徒歩三分ほどの道沿いから望めます。ただし間近で見学する明礬地獄の遊歩道(入場料二百円)は、緊急工事のため当面の間、臨時休業しています。再開時期は公表されていないため、見学を旅程に組む場合は運営元への事前確認が要ります。湯の花そのものは直営の売店や公式オンラインストアで購入できます。
Q. 立ち寄り湯や日帰り入浴はできますか。
A. 岡本屋は立ち寄り入浴を行っていません。宿泊者のみが入浴できます。また徒歩四分ほどの位置にあった直営の立ち寄り湯「山の湯」(展望岩風呂・家族風呂)も、湯量の減少により二〇二六年四月一日から当面の間休業しています。
Q. 食事は部屋でとれますか。子ども連れでも泊まれますか。
A. 夕食・朝食ともに食事処(テーブル席)での提供が基本で、部屋食や個室の利用は別途料金となり、席数にも限りがあります。希望する場合は予約時の相談が必要です。子ども連れについては、宿泊約款で小学生未満のお子様の受け入れをお断りしています。小学生以上の場合も、館内の階段が急である点は留意しておく方がよいでしょう。
Q. アクセスと、周辺の食事事情は。
A. 亀の井バス「明礬」停留所から徒歩一分、JR別府駅から車で約十五分・路線バスで約三十分、別府インターチェンジから車で約七分、大分空港から車で約五十分です。駐車場の利用には予約が要ります。宿の周囲に商店やコンビニエンスストアはなく、最寄りの飲食店まで徒歩約二十分、繁華街までは車で二十〜二十五分。必要なものは道中で調えておくのが賢明です。
Q. 訪ねるのに良い季節はありますか。
A. 噴気の白さが最も際立つのは、気温の下がる晩秋から冬にかけてです。冷えた空気に湯けむりが濃く立ち、湯の花小屋の周囲も景として引き締まります。一方、白露を過ぎた初秋は湯の温度と外気の均衡がよく、庭園露天から別府湾までの視界も澄む頃合い。十四室の小さな宿ですから、季節を問わず早めの手配が活きます。
本記事の参考情報
・明礬温泉 岡本屋 公式サイト — 客室・泉質・沿革・アクセス
・文化遺産オンライン(文化庁): 別府明礬温泉の湯の花製造技術 — 重要無形民俗文化財の指定内容
・別府市教育委員会「伝統産業『湯の花』」(PDF) — 明礬の湯の花製造と地域史
編集部から
この宿を一軒だけで取り上げたのは、湯の良し悪しではなく、湯とその副産物を同じ家が百五十年にわたって扱い続けてきた、その構造の稀少さによります。湯の花は、湯を汲んだ副産物ではありません。噴気と青粘土と藁葺きの小屋という、湯そのものとは別の技術体系が要る。その技術を三代目が「湯の花」と名づけ、組合をつくって里の生業に育て、いま十棟に満たない小屋として残している。湯に浸かるという行為の背後に、それを支えてきた職能があることを、明礬ほど明瞭に示す湯の里はそう多くありません。
近年、直営の立ち寄り湯は湯量の減少で休みに入り、遊歩道も工事で閉じられました。湯という資源が有限であることを、この土地は静かに告げています。青い湯に浸かりながら、その青がどこから来て、誰が守ってきたのかを考える。そういう一泊に向いた宿だと、編集部は考えます。
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