田植えを終えた越前平野が、一面の青田に風を渡す季節がある。あわらの湯町に夕餉の支度の煙が立ちのぼるころ、田園の縁に低く構える一軒の数寄屋が、灯をひとつずつ点していく。明治十七年、灌漑の工事中に湧き出たという芦原温泉。その開湯と同じ年に暖簾を掲げ、以来この地の格式を担ってきたのが「光風湯圃 べにや」である。本稿は、焼失と再建をくぐり抜けてなお数寄屋の精神と自家源泉を継ぐこの宿を、建物を主語に静かに描いていく。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

歴史と建築 — 開湯と同い年の暖簾
べにやの来歴は、芦原温泉そのものの来歴と分かちがたい。明治十七年、田に水を引くための灌漑工事の最中、地中から思いがけず湯が噴き出した。その開湯の年に、三国で紅粉問屋を営んでいた家が湯町へと移り、宿として暖簾を掲げる。屋号の「べにや」は、その紅粉商いの名残である。以来およそ百四十年、宿は湯町の歩みと歩調を合わせるように代を重ねてきた。
建物が静かに語るのは、ただ古いという事実ではない。本館・中央館・東館の三棟は、数寄屋造りの粋を集めた佇まいとして年月をかけて磨かれ、2015年には県内の温泉旅館として初めて、国の登録有形文化財に指定された。檜の柱、繊細な格子、庭へと開く広縁——それらは長く「芸術家の宿」と呼ばれ、作家や芸術家に愛された空間でもあった。建物そのものが、湯町の文化の器であったと言える。

焼失、そして再建 — 継がれたもの
2018年五月、文化財の三棟は火災により焼失した。屋根裏の配線を小動物がかじったことが出火の因という。長く磨かれてきた数寄屋は、一夜にして失われた。それでも宿が再起を決めた背景には、ひとつの事実があった——地中の源泉が無事だったのである。湯さえ続いていれば、湯町の宿は続けられる。その確信が、再建を支えた。
2021年七月、宿は「光風湯圃 べにや」として再び湯町に立った。新しい建物は、焼失前の記憶を未来へつなぐことを主題に据えている。焼け残った家具は再び室内に置かれ、客室の名はそのまま引き継がれた。自然光を深く取り込み、災害に強い構えを持ちながら、数寄屋の静けさと庭との連なりは絶やさない——再建とは復元ではなく、精神の継承であった。建物は、失われたものを忘れぬまま、新しい時間を始めている。
湯 — 四本の自家源泉が支えるもの
この宿の核心は、やはり湯にある。べにやが擁するのは四本の自家源泉(泉井番号15〜18)。湧き出る湯の温度は約70℃、湧出量は毎分70ℓにのぼる。泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉)で、切り傷や皮膚の不調、神経痛や関節の痛み、冷え、疲労の回復などに効くとされる。塩化物泉らしく、湯上がりに肌へ薄く膜を残し、温もりを長く保つ湯である。
湯量に恵まれるからこそ、宿は贅沢な使い方を選んでいる。大浴場はもとより、全室に設えられた半露天風呂までもが源泉掛け流し。客室の湯舟に庭の緑が映り込むさまは、まさに数寄屋の宿ならではの眺めである。火災を越えて宿が残ったのは、この湯が地中で待っていたからにほかならない。

滞在の体験 — 庭と広縁の時間
客室は、庭へと開かれている。障子を引けば格子越しに緑が差し込み、広縁に腰を下ろせば、手入れの行き届いた庭石と苔が目に入る。数寄屋造りの宿が大切にしてきたのは、こうした内と外の連なりであり、再建後の建物もその思想を受け継いでいる。畳に座し、湯に浸かり、庭を眺める——華美な仕掛けではなく、静けさそのものが供される宿である。
食は、越前の土地に深く根を張る。冬には越前がに、夏には若狭の魚介、田園の恵みが膳に並ぶ。「関西の奥座敷」と呼ばれた湯町の格式は、こうした土地の食と、静かな数寄屋の時間によって今も保たれている。賑わいを求める旅ではなく、湯と建物と庭に身を委ねる旅のための一軒と言える。
立地と周辺
宿が建つのは、越前平野の北の縁、あわらの湯町である。北陸新幹線の延伸により、首都圏からの距離はかつてより近くなった。湯町は東尋坊や永平寺といった名所への起点でもあり、田園に抱かれた静けさと、名所巡りの利便を併せ持つ。青田の広がる初夏、稲の実る秋、雪に沈む冬——四季それぞれに、田園の表情が宿を彩る。
向く人 / 向かない人
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向く:
数寄屋造りと庭の静けさを旅の目的に置く夫婦・友人連れ、源泉掛け流しの湯と土地の食を深く味わいたい人、老舗の来歴と再建の物語に関心を寄せる人 -
向かない:
賑やかな大型温泉地の活気を求める旅、価格を最優先する短い滞在、幼い子を連れて湯巡りより遊び場を求める旅程
具体情報
- 客室数: 24室(全室に源泉掛け流しの半露天風呂)
- 自家源泉: 4本(泉井番号15〜18)/湯温 約70℃/湧出量 毎分70ℓ
- 泉質: ナトリウム・カルシウム-塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉)
- 創業: 1884年(明治17年)、芦原温泉の開湯と同年
- 建築: 2015年 国登録有形文化財に指定 → 2018年焼失 → 2021年再建
- 目安価格: ¥123,000〜¥185,000/泊(2名1室・通常期)
Media Picks Score
93 / 100 — 評価の内訳: 立地(田園に抱かれた湯町、新幹線で近づいた交通) / 湯(四本の自家源泉・全室源泉掛け流し) / 体験(数寄屋と庭の静けさ、土地の食) / 来歴(開湯と同年の創業、文化財指定と再建の物語) / 編集適合度(「宿らしく語る」テーマへの深い合致)。集約された公開レビューでも、湯と静けさ、丁寧な運営への評価が高い傾向が見て取れる。
よくある質問
Q. 湯の効能は何ですか。
A. 泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物泉で、切り傷や慢性皮膚病、神経痛、関節や筋肉の痛み、冷え、疲労の回復などに効くとされます。塩化物泉は湯上がりの温もりが長く続くのが特徴で、湯冷めしにくい湯です。全室の半露天と大浴場が源泉掛け流しで供されます。
Q. 文化財だった建物は今も残っているのですか。
A. 2015年に国の登録有形文化財に指定された三棟は、2018年の火災で焼失しました。現在の建物は2021年に再建されたもので、焼け残った家具や客室の名称、そして自家源泉を引き継いでいます。復元ではなく、数寄屋の精神を継いだ新たな建物です。
Q. 食事ではどのような料理が供されますか。
A. 越前の土地の食材を軸にした会席が中心で、冬は越前がに、夏は若狭の魚介など、季節ごとに土地の恵みが膳に並びます。田園に抱かれた湯町ならではの食を、静かな空間で味わうことができます。
Q. 子連れでも泊まれますか。
A. 数寄屋造りの落ち着いた宿で、24室すべてに半露天を備える静けさを重んじる構えです。湯と庭をゆっくり味わう滞在に向くため、賑やかな遊び場を求める幼児連れの旅程よりは、静かな時間を求める旅に適しています。設備や対応の詳細は公式サイトで確認できます。
Q. アクセスはどうなっていますか。
A. あわら温泉は越前平野の北の縁に位置し、北陸新幹線の延伸により首都圏からの距離が近くなりました。東尋坊や永平寺といった名所への起点でもあり、田園の静けさと名所巡りの利便を併せ持つ立地です。
本稿の参考情報
・芦原温泉旅館協同組合 — 湯町の歴史・宿の情報
・Wikipedia: 芦原温泉 — 開湯と地理の背景
編集部から
失われたものを、いかにして継ぐか——べにやの物語は、その問いに静かな答えを示している。文化財だった数寄屋は焼け落ちたが、地中の湯は待っていた。焼け残った家具は新しい部屋に戻り、室名はそのまま受け継がれた。建物は変わっても、宿が宿である理由——湯と、庭と、土地の食と、迎える時間——は変わらない。青田に風の渡る初夏、あるいは雪に沈む冬、あなたはどの季節の越前で、この湯に身を委ねたいだろうか。