小暑の候、南北の八ヶ岳の裾に湧く冷たい鉱泉が、山を歩く人と体を養いに来る人を静かに支えている。稲子湯、唐沢鉱泉、本沢温泉、そして奥蓼科の明治温泉。標高千五百から二千メートル台に散らばる四軒はいずれも一軒宿であり、湯は自噴する冷泉を釜で加熱し、膳には信州の蕎麦と山菜がのる。灯りを落とした湯場から、湯治の系譜を継ぐ北八ヶ岳の宿を編集部が選んで並べた。
| # | 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 湯の骨格 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 八ヶ岳名湯 唐沢鉱泉 | 茅野市 | 93 | 23 | ¥36,000前後 | 二酸化炭素冷鉱泉、標高一八七〇メートルの秘湯を守る会 |
| 2 | 山の宿 明治温泉 | 茅野市奥蓼科 | 92 | 16 | ¥21,000–¥52,000 | 含二酸化炭素冷鉱泉、御射鹿池近くの一軒宿、創業一四〇年余 |
| 3 | 八ヶ岳 湯元 本沢温泉 | 南牧村 | 90 | 32 | 要問合せ | 標高二一五〇メートル、日本最高所の通年野天風呂「雲上の湯」 |
| 4 | 稲子湯旅館 | 小海町 | 84 | 10前後 | 要問合せ | 単純二酸化炭素・硫黄冷鉱泉、明治一二年創業の登山口一軒宿 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)。本沢温泉と稲子湯旅館は電話予約主体のため、要問合せとした。
1. 八ヶ岳名湯 唐沢鉱泉 — 茅野市
標高一八七〇メートルの湯が、二酸化炭素の細かい泡を立てて湧き続ける。信玄の隠し湯と伝わる、秘湯を守る会の一軒宿。
Media Picks Score: 93 / 100 23室、木造二階建の山宿。
目安価格 ¥36,000前後 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
唐沢鉱泉は八ヶ岳の中腹、標高一八七〇メートルに位置する秘湯を守る会の会員宿である。泉質は日本国内でも稀な二酸化炭素冷鉱泉で、湯口に近づくと細かな気泡が肌にまとわりつく。自噴する冷たい湯を釜で温めて湯船に注ぐ、湯治宿の作法をそのまま継いでいる。天狗岳・硫黄岳の登山口に立ち、山を下りた登山者と、車で入る湯治客の両方を受け止めてきた。四月下旬から一月中旬までの季節営業で、雪の閉ざされる時期に閉山するのも、山の湯宿らしい呼吸である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計したところ、湯の泡付きと温度差の妙、山中の静けさに高い評価が集まっている。冷鉱泉と加熱湯を行き来する入り方が、湯治宿としての体験の中心にあることが読み取れる。食事は山菜と信州蕎麦を軸にした素朴な膳で、派手さより滋味への支持が目立つ。標高が高いことから、夏の避暑目的の再訪も少なくない傾向が見て取れる。一方で、道中の未舗装区間や、館内の設備の古さについて言及する声もあり、山の秘湯という前提を承知の上で訪れる宿である。
向く人 / 向かない人
-
向く:
泡付きの冷鉱泉を試したい湯好き、八ヶ岳西面を歩く登山者、静かな夏の高地で本を読む数日を過ごしたい夫婦 -
向かない:
冬期の宿泊を望む人(一月中旬〜四月下旬は休業)、大浴場や充実した館内施設を求める人、車の入りにくい山道を敬遠する人
具体情報
- 最寄り駅: JR中央本線 茅野駅から車で約50分(送迎バス要予約)
- アクセス: 中央自動車道 諏訪南ICから約40分、諏訪ICから約50分
- 標高: 一八七〇メートル
- 泉質: 二酸化炭素冷鉱泉(含二酸化炭素・鉄・カルシウム)
- 営業期間: 4月下旬〜1月中旬(冬期休業)
- 加盟: 日本秘湯を守る会
2. 山の宿 明治温泉 — 茅野市奥蓼科
「明らかに治る湯」という古い呼び名を、創業一四〇年余の宿がいまも背負っている。滝の音と冷鉱泉の一軒宿。
Media Picks Score: 92 / 100 16室、奥蓼科の秘湯一軒宿。
目安価格 ¥21,000–¥52,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
明治温泉は八ヶ岳連峰の北西麓、奥蓼科温泉郷にある一軒宿である。江戸期から「明らかに治る湯」として知られ、宿の傍らを「おしどり隠しの滝」と名づけられた渓流が流れ落ちる。泉質は含二酸化炭素・鉄泉の冷鉱泉で、湯口の鉄分が湯船の縁を茶色に染めている。東山魁夷が描いた御射鹿池までは車で数分と、山の湯治と静かな散策を組み合わせやすい立地にある。名の通り、明治期の湯治文化の呼吸をいまに伝える宿である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、湯の色と鉄分の香り、そして滝の音が眠りを深くする点への言及が繰り返し現れる。食事は信州の山菜と川魚を主体とした落ち着いた膳で、量より質を求める中高年層からの高い支持が読み取れる。宿の運営が代替わりの中でも湯治宿の骨格を崩さない姿勢を保っていることが評価に反映されている。一方で、標高一四〇〇メートル台に位置するため、真冬の道路事情や、建物の高台にある部屋までの階段を挙げる声もある。
向く人 / 向かない人
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向く:
湯治宿の空気を静かに味わいたい中高年の夫婦、御射鹿池の朝の風景を撮りに行く旅、山菜と鉄泉を体で味わう二泊三日 -
向かない:
派手な食事の演出やエンタメを求める人、館内でのアクティビティが多い滞在を望む人、階段の多い山宿を敬遠する高齢者
具体情報
- 最寄り駅: JR中央本線 茅野駅から車で約35分
- アクセス: 中央自動車道 諏訪ICから約40分
- 標高: 約一四〇〇メートル
- 泉質: 含二酸化炭素・鉄泉(冷鉱泉、加熱かけ流し)
- 周辺: 御射鹿池まで車で約5分、おしどり隠しの滝すぐ横
- 創業: 一四〇年余(江戸期の湯場を明治に旅館化)
3. 八ヶ岳 湯元 本沢温泉 — 南牧村
歩いてしか辿り着けない、日本最高所の通年営業温泉宿。標高二一五〇メートルの野天風呂「雲上の湯」。
Media Picks Score: 90 / 100 32室、山小屋型の湯宿。
目安価格 要問合せ(電話予約主体) / 山小屋料金体系

なぜ選ばれるか
本沢温泉は明治一五年の創業で、通年営業の温泉宿としては日本最高所にあたる。硫黄岳の直下、標高二一五〇メートルの露天「雲上の湯」は、日本最高所の野天風呂として知られる。もう一つの内湯「苔桃の湯」は泉質が異なり、二つの源泉を歩いて楽しめる。ここは車道の終点から徒歩で約二時間、稲子湯側から歩けば二時間半という位置にあり、宿泊者はほぼ全員が自らの足で辿り着く。宿の運営は八ヶ岳赤岳頂上山荘やキレット小屋と同じ系列で、八ヶ岳の山岳文化の骨格を担ってきた宿である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、雲上の湯からの八ヶ岳の眺望と、標高二一五〇メートルまで自分の足で登った達成感への言及が多い。二つの泉質を歩いて渡り歩く体験は他に代えがたく、宿泊者にとって湯そのものよりも「そこに到達した」ことが評価軸になっている印象が読み取れる。食事は山小屋の合理的な献立で、温かい汁物への言及が繰り返される。相部屋・素泊まりを含む山小屋の宿泊形態や、限られた設備を承知の上で来る客層が多く、そうした期待値との擦り合わせは事前に必要である。
向く人 / 向かない人
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向く:
八ヶ岳を縦走する登山者、日本最高所の湯を目的にする湯好き、山小屋の作法を身につけている山旅の経験者 -
向かない:
自動車で乗りつけたい旅(車道終点から徒歩約二時間)、個室・浴室完備の宿を望む人、山歩きの装備を持たない旅行者
具体情報
- 標高: 二一五〇メートル(通年営業の温泉宿として日本最高所)
- アクセス: 稲子湯・みどり池経由で徒歩約2時間30分、松原湖側の車道終点から徒歩約2時間
- 泉質: 二源泉(雲上の湯=含硫黄・カルシウム/苔桃の湯=別系統)
- 営業: 通年(山の状況で野天風呂の入浴可否は変動)
- 創業: 明治一五年(一八八二年)
- 加盟: 日本秘湯を守る会
4. 稲子湯旅館 — 小海町
明治一二年創業、標高一四六〇メートル。北八ヶ岳の登山口の玄関で、炭酸硫黄冷鉱泉を釜で温める湯治宿。
Media Picks Score: 84 / 100 木造二階建の一軒宿。
目安価格 要問合せ(電話予約主体)

なぜ選ばれるか
稲子湯は北八ヶ岳の東麓、標高一四六〇メートルに湧く炭酸硫黄冷鉱泉である。明治一二年(一八七九年)の創業から数えて一四〇年余、代替わりを重ねながら湯治宿の骨格を保ってきた。玄関の目の前が本沢温泉やみどり池、天狗岳へと続く登山道の起点で、山を下りてきた登山者と湯を目的にした滞在客が、静かな廊下で自然に混ざる。泉質は単純二酸化炭素・硫黄冷鉱泉で、湯口の硫黄の香りと、口に含むと感じる微かな炭酸が、この宿の湯を他と分けている。
集約レビューの傾向
公開レビューデータの集計からは、日帰り入浴も含めて湯質そのものへの評価が集中していることが読み取れる。特に湯口の泡と硫黄の香りへの言及は湯治宿のレビューとしては珍しく、湯本来の性格が強く残っている宿であることを示している。宿泊者は登山者と湯治客の両方を含み、素朴な膳と炭酸冷鉱泉を求めてリピートする層が一定数いる。館内の設備は近代化されていない部分もあり、そこを含めて明治期からの湯治宿の空気を尊重する客層が集まっている印象である。
向く人 / 向かない人
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向く:
北八ヶ岳(天狗岳・硫黄岳・本沢温泉方面)の登山者、炭酸硫黄泉を目的にする湯好き、明治期の湯治宿の空気を尊重できる旅慣れた人 -
向かない:
オンライン予約を必須とする旅(電話予約主体)、新しい設備や大浴場を望む人、豪華な料理を求める旅
具体情報
- 最寄り駅: JR小海線 松原湖駅からバス約35分(稲子湯下車)
- アクセス: 中央自動車道 須玉ICから約1時間、または佐久南ICから約1時間
- 標高: 一四六〇メートル
- 泉質: 単純二酸化炭素・硫黄冷鉱泉(硫化水素型)
- 日帰り入浴: 9:00〜16:00、大人650円(宿泊とは別枠)
- 創業: 明治一二年(一八七九年)
- 予約: 電話予約主体(0267-93-2262)
よくある質問
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 湯を主目的にするなら、盛夏を避けた九月下旬から一〇月中旬、および六月上旬までの初夏が推せる。標高一四〇〇〜二一五〇メートルに散る四軒は、夏でも夜の冷え込みがはっきりしており、湯上りの体の温さが長く続く時期である。盛夏は登山客が重なるため、湯治目当ての静けさは平日を選ぶのが望ましい。冬は唐沢鉱泉・明治温泉が休業期間に入るので事前確認が必要。
Q. 予約のタイミングは?
A. 唐沢鉱泉と明治温泉は紅葉期(一〇月上旬〜中旬)の週末が最も早く埋まる。二〜三ヶ月前の予約が安全で、平日は一ヶ月前でも余裕がある。本沢温泉と稲子湯旅館は電話予約が主体で、繁忙期は早めに問合せを入れておくとよい。八ヶ岳全体で紅葉と初夏の新緑の週末は、一年で最も混み合う。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 唐沢鉱泉と明治温泉は家族連れの実績があり、和室に添い寝で幼児が泊まれる。ただし冷鉱泉を加熱した湯で長湯は避けたほうがよく、幼児の入浴時間は短めに調整する必要がある。本沢温泉は徒歩で約二時間の道のりのため、幼児や小学校低学年には現実的ではない。稲子湯は登山口の一軒宿という性格上、小学生以上の山慣れした家族向きである。
Q. アクセスは?
A. 唐沢鉱泉と明治温泉はJR中央本線 茅野駅を起点とし、車または送迎バス(要予約)で三五〜五〇分。稲子湯はJR小海線 松原湖駅からバス約三五分。本沢温泉のみ徒歩で約二時間の山道が前提となる。都心からの片道は、車利用で四〜五時間を見ておきたい。
Q. 湯治の作法は今も続いていますか?
A. 明治期の湯治文化の骨格は、四軒とも一定程度継承されている。冷鉱泉を釜で加熱する伝統的な入り方、山菜と信州蕎麦を軸にした素朴な膳、静けさを尊重する館内運営という三要素はいずれの宿にも残る。近代的な湯治プログラム(連泊割引・食養プラン)はないが、二〜三泊してゆっくり湯に浸かるという原型の滞在は、いまも可能である。
本記事の参考情報
・茅野市観光ナビ — 唐沢鉱泉・明治温泉のあるエリアの観光情報
・小海町観光協会 — 稲子湯・北八ヶ岳エリアの案内
・Wikipedia: 奥蓼科温泉郷 — 湯治文化の背景
編集部から
北八ヶ岳の裾に湧く四つの湯には、共通する骨格がある。地面から冷たく湧き上がる二酸化炭素・硫黄系の冷鉱泉を、木造の湯屋で加熱し、湯船に静かに満たす。これは温かい湯が自噴する火山性温泉とはまったく異なる湯の作法で、明治期に至るまで長く「養生の湯」として信じられてきた。この四軒は、その原型を今も日々更新している宿である。次に読むなら、同じ湯治の系譜を軸にした草津・別所温泉の連泊記事や、標高別に整理した八ヶ岳山麓の宿一覧を隣に置いてみてほしい。湯を選ぶ旅は、標高と泉質の組み合わせを見比べる旅でもある。