梅雨が明け、象頭山の緑が金刀比羅宮の千三百六十八段を覆う頃、こんぴらの門前に灯る一軒がある。享保十年(一七二五年)、この地で『志らがや』として旅籠を構え、いまも十五代を継ぐ宿。それが、こんぴら温泉湯元 八千代である。三百年にわたり参拝客を迎え、自ら湧かした湯を門前町に分けてきた一軒を、創業年・代替わり・建築の沿革という確かな数値とともに辿りたい。讃岐の名旅館を主役に据える一篇である。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。一泊二名利用時の一室あたり料金(税込)です。


こんぴら温泉湯元 八千代 — 香川・琴平 · 行灯と三つ巴紋が灯る夜の玄関、享保十年創業の門前旅館
PHOTO: こんぴら温泉湯元 八千代 — 公式サイトを見る →

享保十年から十五代。こんぴら温泉発祥の湯を守り、門前町の真ん中で参拝客を迎え続ける一軒である。

歴史と継承

湯が、まず門前町に染み出した。一九七六年、八千代の井戸から湧いた湯が『こんぴら温泉』と名づけられ、一九九八年に『こんぴら温泉郷』が成立するまで、こんぴら温泉といえばこの一軒を指した。源泉湧出の地という来歴は、数ある琴平の宿のなかでも八千代だけが語りうる系譜である。

創業は享保十年、西暦一七二五年。当初は『志らがや』を名乗る旅籠だった。金刀比羅宮への参詣がもっとも賑わった時代、街道を上ってきた人々を泊め、湯を使わせ、讃岐の食で送り出す——その役目を、十五代にわたって絶やさず継いできた。十三代目の代に屋号を『八千代』と改め、温泉宿としての性格を確かなものにしている。三百年という時間は、一軒の宿にとって決して平坦ではない。代替わりごとに普請を継ぎ足し、湯場を守り、門前町とともに祭礼の季節を重ねてきた継承の重みが、玄関に掲げられた三つ巴の紋にこもる。

湯と建物

湯は、屋上にある。八千代本館の屋上に二湯の露天風呂が並び、金刀比羅山から丸亀平野までを一望に収める。梅雨明けの讃岐であれば、象頭山の濃い緑と門前町の甍が湯気の向こうに広がる。二〇二二年春のリニューアルで二つの露天が整えられ、同じ屋上にバレルサウナが二基加わった。館内には大浴場のほか、デザイナーズ仕立ての貸切風呂や、匠の手による半露天の客室風呂も用意される。三百年の宿でありながら、湯まわりは現代の滞在に合わせて手を入れ続けている点が、この宿の身の処し方をよく表している。

客室は、純和風から和洋室、モダン客室、新設のプレミアム客室まで幅がある。畳に檜の香りを求める旅にも、ベッドでの一夜を望む旅にも応える構えである。建物そのものは数寄屋の意匠を厳格に残す類ではないが、門前町の景観に溶け込む佇まいと、屋上から讃岐平野を見晴らす立地が、この宿の建築的な価値を支えている。

食卓には、讃岐が並ぶ。瀬戸内海で揚がった魚を刺身や焼き物に仕立て、季節の旬を会席に組み込む。讃岐の地で宿を営む以上、うどんの出汁文化は膳の底を流れる通奏低音である。鰹と昆布、いりこ(煮干し)を効かせた出汁の感覚は、椀ものや炊き合わせの味づくりに自ずと表れる。派手な趣向よりも、土地の素材を土地の出汁で食べさせる——参拝の前後に英気を養うための、門前町らしい実直な食である。

立地と門前町

宿は、参道の中心にある。JR土讃線・琴平駅から徒歩七分、ことでん琴平駅からは徒歩四分。金刀比羅宮の本宮まで続く石段の起点にも近く、参拝を終えて湯に浸かり、また門前を歩くという讃岐こんぴらの王道の一日が、宿を起点に組み立てられる。現存最古の芝居小屋として知られる旧金毘羅大芝居・金丸座までは徒歩五分。江戸の芝居町の空気を残す界隈を、湯上がりの宵に歩く愉しみもある。駐車場は無料で備わり、車で訪れる旅にも障りがない。

こんな旅に

  • 金刀比羅宮の参拝を主目的に、門前町に泊まって石段を朝に上りたい旅
  • 三百年の系譜や源泉湧出の来歴といった、宿の歴史を味わいに行く夫婦旅・友人連れ
  • 屋上露天から象頭山と讃岐平野を眺め、湯とサウナで身体をほどきたい滞在
  • 純和風から和洋室まで部屋の選択肢が要る、世代の異なる連れとの旅

一方で、数寄屋造りの離れや庭園の静寂を第一に求める旅、参道の賑わいから離れた閑居を望む向きには、同じ琴平でも趣の異なる宿が合う。八千代の魅力は、門前町の真ん中で三百年を継いできた“街なかの老舗”であることに尽きる。

具体情報

  • 所在地: 香川県仲多度郡琴平町611
  • 最寄り駅: JR琴平駅から徒歩7分/ことでん琴平駅から徒歩4分
  • 客室数: 39室(純和風・和洋室・モダン・プレミアム)
  • 湯: 屋上露天風呂2湯+バレルサウナ2基(2022年春リニューアル)、館内大浴場・貸切風呂・客室風呂
  • 食事: 瀬戸内の魚を中心とした会席、讃岐の出汁文化を反映
  • 駐車場: 有り(無料)
  • 創業: 享保十年(1725年)/屋号は当初『志らがや』、13代目に『八千代』と改名、現在15代
  • 温泉来歴: 1976年に当館より『こんぴら温泉』湧出、1998年に『こんぴら温泉郷』成立
  • 近隣: 旧金毘羅大芝居(金丸座)徒歩5分、金刀比羅宮本宮 参道経由

こんぴら温泉湯元 八千代 — 香川・琴平 · 屋上露天風呂から望む象頭山の緑と門前町、讃岐平野
PHOTO: 八千代本館 屋上露天風呂 — 温泉ページを見る →

集約レビューが映すこの宿の本質

公開レビューデータを集計すると、この宿への評価は立地と歴史的な来歴に強く集まる。参道の中心という位置の良さ、駅からの近さ、屋上露天からの眺めへの言及が多い一方、三百年の宿ゆえに館や設備の年輪を感じる、という声も一定数を占める。総じて、最新の意匠や均質な快適さを最優先する滞在よりも、門前町の老舗で湯と歴史を味わう旅にこそ価値が出る一軒だと読み取れる。屋上の二湯とサウナを整えた近年の手入れは、その来歴を現代の滞在へつなぐ営みとして評価されている。


こんぴら温泉湯元 八千代 — 香川・琴平 · 瀬戸内の幸と讃岐の出汁を映した会席料理の膳
PHOTO: 讃岐の会席 — 料理ページを見る →

Media Picks Score

82 / 100 — 評価の内訳: 立地(参道中心・駅徒歩圏)/歴史(享保十年創業・十五代・源泉湧出の地)/湯(屋上二湯+サウナ)/食(讃岐の会席)/価格感(通常期 ¥37,000–¥58,000)。三百年の系譜と門前町の中心という立地が高い一方、建物・設備に時の経過が映る点を含めて総合した数値である。

よくある質問

Q. ベストシーズンはいつですか?

A. 編集部が推す時期は、梅雨明けから初夏にかけてと、紅葉の頃である。梅雨明けの讃岐は象頭山の緑が濃く、屋上露天からの眺めが冴える。一方、金刀比羅宮の例大祭(十月)前後や正月の初詣期は門前町が賑わい、宿も埋まりやすい。静かに歴史を味わうなら、賑わいの谷間にあたる初夏の平日が落ち着く。

Q. 温泉の特徴は?

A. 八千代は一九七六年に当館の井戸から『こんぴら温泉』を湧出させた、こんぴら温泉発祥の宿である。湯は屋上の二湯の露天風呂で楽しめ、金刀比羅山から讃岐平野までを見晴らす。二〇二二年春に露天を整え、同じ屋上にバレルサウナを二基増設した。館内大浴場や貸切風呂、客室風呂もあり、湯のめぐり方に幅がある。

Q. 食事はどのような内容ですか?

A. 瀬戸内海で揚がった魚を刺身や焼き物に仕立てた会席が中心で、季節の旬を組み込む。讃岐の地らしく、鰹と昆布、いりこを効かせた出汁の感覚が椀ものや炊き合わせに表れる。土地の素材を土地の出汁で味わう、門前町らしい実直な膳である。

Q. 子連れでも泊まれますか?

A. 純和風から和洋室、モダン客室まで部屋の選択肢があり、世代の異なる連れとの旅にも対応できる。屋上露天やサウナの利用可否、子ども向けの食事対応などの細部は、最新の状況を公式サイトで確かめてほしい。

Q. アクセスは?

A. JR土讃線・琴平駅から徒歩七分、ことでん琴平駅から徒歩四分。参道の中心に位置し、金刀比羅宮の石段の起点にも近い。車の場合は高松自動車道・善通寺ICから約十五分で、無料の駐車場が備わる。旧金毘羅大芝居(金丸座)までは徒歩五分である。

本記事の参考情報

古き良き文化の町ことひら(琴平町観光協会) — 門前町・参道の観光情報
Wikipedia: 金刀比羅宮 — 参道・千段の石段の歴史と地理
Wikipedia: 旧金毘羅大芝居(金丸座) — 現存最古の芝居小屋(重要文化財)の背景

編集部から

名旅館を語るとき、つい客室の意匠や料理の格に目が向く。だが八千代という宿の本質は、門前町の真ん中で三百年、湯と参拝客を絶やさず迎え続けてきた継承そのものにある。源泉を自ら湧かし、温泉郷の名の由来となり、いまも十五代がその役目を担う——その系譜は、設備の新旧では測れない価値を宿す。梅雨が明けて象頭山が緑を深める頃、石段を上る前の一夜を、この門前の湯に預けてみる。讃岐こんぴらの旅は、どの宿を起点に始めるかで、その輪郭が変わる。次は、同じこんぴら温泉郷で趣を異にする一軒を辿ってみたい。

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