水無月の湯河原は、千歳川に蛍が舞い、伊豆山の参道に紫陽花が色づく季節である。湯河原は『万葉集』に「足柄の土肥の河内に出づる湯の」と詠まれた古湯、伊豆山は走湯権現として源頼朝が再興を志した湯場で、いずれも相模灘に面した塩化物泉の系譜を継いでいる。本稿は湯河原町と熱海市伊豆山地区の境界域に限り、湯量と源泉の作法をいまに伝える宿五軒を選んだ。万葉以来の歌枕と湯治の系譜を、梅雨入り直後の静けさのなかで辿る一覧である。
| # | 旅館 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ふきや | 湯河原温泉 | 94 | 20 | ¥112–¥150k | ミシュラン懐石と七湯巡り |
| 2 | 山翠楼SANSUIROU | 奥湯河原温泉 | 92 | 57 | ¥78–¥100k | 奥湯河原の数寄屋料亭旅館 |
| 3 | ATAMIせかいえ | 伊豆山温泉 | 92 | 25 | ¥122–¥175k | 全室客室露天と相模灘の眺望 |
| 4 | 若松 ゆがわら石亭 | 湯河原温泉 | 91 | 14 | ¥58–¥105k | 大正創業、十四室の静寂 |
| 5 | 伊豆屋旅館 | 湯河原温泉 | 91 | 15 | ¥18–¥40k | 享保創業の混浴大野天と自家源泉 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
1. ふきや — 湯河原温泉
万葉公園のすぐ近く、千歳川の流れを背に、七つの湯と料理で名を継ぐ昭和九年の旅館。
Media Picks Score: 94 / 100 20室、旅館。
目安価格 ¥112,000–¥150,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
万葉公園に徒歩数分という立地、ミシュランガイドに料理で星の評価を得る卓越した本格懐石、そして男女別大浴場と岩造り露天、貸切露天三つ、家族風呂を合わせた七つの湯巡り。湯は湯河原の塩化物泉、温度高く、湯あたりの感触は柔らかい。数寄屋の和室は障子と檜の意匠が静かで、長雨の夕刻、行灯の灯る縁側に座って湯気の上がる庭石を見るためにある宿である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計したところ、料理への評価が突出して高く、特に夕食の品数と素材の扱いに対する満足の集中が確認された。湯巡りの動線、客室の静けさ、館内の清掃水準にも一貫した評価が並ぶ。一方で、坂道の立地と館内の階段数に関しては、足腰に不安を抱く層からの注意喚起がたびたび見られる。総じて、料理と湯を主目的とする宿泊者の評価が安定している。
向く人 / 向かない人
-
向く:
料理を旅の主目的にする夫婦旅、ミシュラン評価の懐石を体験したい食通、湯巡りで一晩を完結させたい滞在 -
向かない:
幼児連れの家族(料亭旅館の所作が前提)、館内の階段移動が難しい高齢の旅程、車を持たず駅から徒歩で到着する場合
具体情報
- 最寄り駅:
- 客室数: 20室(全7タイプの和室・数寄屋造り)
- 湯: 湯河原温泉(弱アルカリ性ナトリウム・カルシウム-塩化物泉)。男女別大浴場、岩造り露天、貸切露天3、家族風呂の七湯巡り
- 食事: 本格懐石をミシュランガイド星評価。基本は部屋食または個室会席
- 創業: 1935年(昭和10年)
2. 山翠楼SANSUIROU — 奥湯河原温泉
奥湯河原、藤木川の渓流沿いに数寄屋造りの本館を構え、昭和八年から続く料亭温泉宿。
Media Picks Score: 92 / 100 57室、料亭旅館。
目安価格 ¥78,000–¥100,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
渓流に張り出した展望露天「太古」からは箱根外輪山が望め、奥湯河原の静けさが座敷の奥まで届く。創業から続く料亭の系譜は地元の食材、特に湯葉と季節の山菜、相模湾の魚で組まれた会席に表れ、昼夜で料理長の手の入り方が異なる。湯は無色透明のカルシウム・ナトリウム・塩化物泉、弱アルカリ。客室は和室を主体に五十七室、料亭旅館としての規模を保ちながら、棟分けで静けさを担保する設計を取る。
集約レビューの傾向
公開レビューの集約からは、展望露天と料理のバランスへの好評価が継続的に並ぶ。料亭としての歴史を背景に、品数よりも素材の見極めに価値を置いた懐石への支持が読み取れる。客室は等級差が大きく、利用した部屋の格によって評価の分布が広がる傾向がある。奥湯河原の立地ゆえに駅からの距離はあるが、送迎運用と組み合わせて「滞在に集中できた」とする声が集積する。
向く人 / 向かない人
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向く:
奥湯河原の静けさを求める夫婦旅、料亭の系譜を持つ会席を体験したい食通、記念日や年代節目の旅 -
向かない:
駅徒歩圏で完結させたい一人旅、低価格帯で湯のみを楽しみたい湯治型の旅、SNS発信を主目的にした若年層
具体情報
- 最寄り駅: JR湯河原駅からバス約20分(奥湯河原行・終点付近)または無料送迎
- 客室数: 57室(本館・別館・離れ)
- 湯: 無色透明のカルシウム・ナトリウム-塩化物泉、弱アルカリ性。展望露天「太古」と渓流沿いの大浴場
- 食事: 料亭の系譜による京風懐石。湯葉と季節食材、相模湾の魚を主体
- 創業: 1933年(昭和8年)
3. ATAMIせかいえ — 伊豆山温泉
伊豆山の高台に二十五室、全室が相模灘に向けて露天風呂を備える、走湯権現の系譜を引く宿。
Media Picks Score: 92 / 100 25室、旅館。
目安価格 ¥122,000–¥175,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
鎌倉期にさかのぼる走湯権現の湯場、伊豆山。源頼朝が再興を志した古湯の系譜を、現代の宿として継いだのが当館である。全二十五室、すべてに専用の露天風呂が備えられ、相模灘を正面に望む。源泉は塩化物泉、注がれる量は十分で、夜半に湯を張っても湯花が舞う。料理は和食を軸に肉の専門ダイニングを別に持ち、滞在中に異なる夕餉を選べる構えとなっている。
集約レビューの傾向
集約された公開レビューでは、客室露天と海への眺望に対する評価が圧倒的に高い。サービス面では、館内ラウンジでの飲料・スイーツの自由な提供と、ウェルネスプログラムの設計が支持を集める。一方で、伊豆山という土地柄、駅から離れた高台に位置するため、自家用車以外の到着動線は限定される。料理は和洋の選択肢が用意される構成で、選び方によって評価が変動する。
向く人 / 向かない人
-
向く:
相模灘の眺望と客室露天を最重要視する夫婦旅、滞在中に何度も湯に浸かりたい層、車での到着が可能な旅程 -
向かない:
駅徒歩圏での宿泊を必須とする旅、純和食一本に絞った会席を求める食通、子供同伴の家族旅(全体に静謐重視の設計)
具体情報
- 最寄り駅: JR熱海駅から車で約4分。送迎運行あり
- 客室数: 25室(全室に専用露天風呂、相模灘ビュー)
- 湯: 塩化物泉。客室付露天と大浴場、伊豆山源泉の系譜(走湯権現)
- 食事: 和食を主軸に、別棟の肉料理ダイニングが選択可。ラウンジで茶菓・飲料の自由提供
- 創業: 2017年(伊豆山の古湯場を継いだ近年の再開業)
4. 若松 ゆがわら石亭 — 湯河原温泉
大正十一年創業の若松が、平成期に石亭としてリブランドし、全十四室の静かな佇まいに整えた湯河原の老舗。
Media Picks Score: 91 / 100 14室、旅館。
目安価格 ¥58,000–¥105,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
大正期から続く老舗料亭の系譜を、近年は十四室の小規模旅館として再構築した。客室は離れと本館の二棟に分かれ、棟内の動線が少ないため夫婦旅・友人連れの静かな時間に向く。料理は近海の魚を中心に、湯河原の冬の橘や春の山菜が膳に添えられる。湯は当地の塩化物泉、貸切露天と大浴場の二系統で楽しめる。
集約レビューの傾向
公開レビューの集約からは、規模の小ささに比例した静けさ、料理の供される間合い、館主夫妻の応接に対する好評価が読み取れる。リブランド後の改装は外観の趣を残しつつ館内動線を整理しており、結果として落ち着きと利便性の両方が一定水準で並ぶ。利用層は年配の夫婦旅、記念日の二人旅が主流で、子連れ・大人数の言及はほとんど見られない。
向く人 / 向かない人
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向く:
十四室の規模感に魅力を覚える夫婦旅、料亭旅館の所作に親しみがある年配の旅、湯河原中心部での滞在を望む層 -
向かない:
大人数のグループ旅行、館内バリエーションを求める層、子連れの家族旅
具体情報
- 最寄り駅:
- 客室数: 14室(本館・離れ二棟、全室禁煙)
- 湯: 湯河原温泉の塩化物泉。大浴場と貸切露天
- 食事: 近海の魚と季節野菜を主体にした料亭旅館の会席
- 創業: 1922年(大正11年)。2018年にリブランド
5. 伊豆屋旅館 — 湯河原温泉
享保年間に開かれ、千歳川の上流に源を持つ自家源泉と、混浴大野天で知られる湯河原の小宿。
Media Picks Score: 91 / 100 15室、旅館。
目安価格 ¥18,000–¥40,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
享保年間、つまり八代将軍吉宗の頃から続くと伝わる湯場の宿。木造の本館は昭和初期の意匠を残し、館主自らが守る自家源泉が屋号の由縁となっている。湯は無色透明、塩化物泉。混浴の大野天は江戸期からの土地の作法を残すもので、家族湯・婦人専用湯も別に備える。十五室の規模で価格帯も湯河原の平均より抑えられており、湯治の系譜を体感する一軒である。
集約レビューの傾向
公開レビューの集約では、湯の質と価格の納得度に対する評価が高い水準で並ぶ。混浴の大野天については、その作法を理解した上で利用する宿泊者から強い支持が集まる一方、初見の利用者からは戸惑いを記すコメントも一定数確認される。建物の年代と意匠を「昭和の風情」として歓迎する層と、現代設備を期待する層で評価が分かれる。料理は素朴で、海の幸を主体にした構成への安定した好評が見て取れる。
向く人 / 向かない人
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向く:
湯治の系譜と昭和の木造意匠を価値とする旅、価格を抑えて湯河原の塩化物泉を堪能したい層、混浴の作法を理解した湯好き -
向かない:
現代的な設備水準を期待する層、混浴に抵抗のある宿泊者、料理の品数を主目的にする食通
具体情報
- 最寄り駅: JR湯河原駅からバス約12分(不動滝行・落合橋下車徒歩2分)
- 客室数: 15室(昭和初期の木造本館)
- 湯: 自家源泉の塩化物泉。混浴大野天、家族湯、婦人専用湯の三系統
- 食事: 相模湾の魚を中心とした素朴な和食、部屋食または広間
- 創業: 江戸期にさかのぼると伝承(明治28年の絵地図に屋号の記載あり)
よくある質問
Q. 湯河原温泉と伊豆山温泉の湯質はどう違いますか?
A. いずれも塩化物泉を共通の系譜としますが、湯河原はナトリウム・カルシウム-塩化物泉で弱アルカリ性、無色透明で湯あたりが柔らかいのが特徴です。伊豆山は走湯権現の系譜を引く源泉で、塩化物が比較的強く、湯冷めしにくい傾向にあります。どちらも飲泉所や効能の伝承が古く、平安期から鎌倉期の文献に名が残ります。
Q. 水無月(梅雨入り直後)の宿泊は天候面で不利になりませんか?
A. 梅雨期は雨脚の強い日もありますが、宿泊単価は夏休み・紅葉期に比べて落ち着き、館内の静けさが際立つ季節でもあります。湯河原は千歳川の蛍、伊豆山は紫陽花の参道など、雨を前提に組まれた風景が並びます。本記事の五軒はいずれも客室から雨音と湯気を眺めるための設計を備え、籠もる時間を楽しむ向きには好機です。
Q. 駅から徒歩で行ける宿はありますか?
A. 本記事の五軒はいずれもJR湯河原駅・JR熱海駅から徒歩圏ではなく、路線バスまたは送迎を利用する立地です。湯河原温泉郷の中心部までは駅からバスで10〜15分、奥湯河原・伊豆山の高台はさらに数分の距離があります。各館とも送迎運用があるため、到着前の予約連絡で利用できます。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 五軒はいずれも料亭旅館の所作と静けさを重視する設計で、未就学児の受け入れには各館で条件があります。ATAMIせかいえと若松ゆがわら石亭は基本的に大人の旅向け、ふきや・山翠楼SANSUIROU・伊豆屋旅館は年齢制限の運用が時期と部屋タイプによって異なります。子連れの宿泊検討時は、各館へ事前確認をすすめます。
Q. 万葉集に詠まれた湯河原の歌枕は実際に巡れますか?
A. 湯河原温泉街の中心に「万葉公園」があり、千歳川沿いに歌碑と遊歩道が整備されています。「ふきや」は徒歩数分、「若松ゆがわら石亭」も近接しています。伊豆山神社は熱海側の高台にあり、源頼朝と北条政子ゆかりの参道を歩けます。雨上がりの石段が苔色を増す水無月は、歌枕を肌で感じる季節です。
本記事の参考情報
・湯河原温泉公式観光サイト — エリアの歴史と温泉郷の現況
・伊豆山神社 — 走湯権現の由緒と参道情報
・Wikipedia: 湯河原温泉 — 万葉集との関係、源泉の歴史
編集部から
湯河原と伊豆山は、いずれも相模灘に注ぐ短い川と急峻な地形のあわいに湧く塩化物泉で、八世紀以前から湯場として記録に残る古さを共有している。本稿で取り上げた五軒は、創業の年と規模、料理の格、湯の運用において異なる重心を持つが、いずれも塩化物泉の作法を継ぐという点で揃う。水無月の梅雨入り直後は、夏休み前の混雑の谷間にあたり、各館の本来の静けさが姿を現す時期である。次稿では、奥湯河原と仙石原の境界に広がる「山の旅館」を辿る予定としている。