梅雨の合間の、湯場の話をしたい。湯治とは、一週間から十日を一区切りに同じ湯へ通い、体を整える滞在の作法である。江戸期の農閑期には、田植えと稲刈りの間に身を休ませる養生として、全国の湯場に深く根づいた。湯小屋と自炊棟と長期滞在者。この三つが組み合わさったとき、湯と人との関係は、観光の宿泊とは別の時間を生み始める。本稿は特定の宿を売り込むためのものではない。湯治がなぜ短い旅とは違う時間を生むのか、自炊という形式が滞在者と湯の距離をどう変えるのか、いま全国にわずかに残る湯治場の現在から、静かに辿る試みである。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

湯治という時間の作り方

一泊二食の旅館に泊まると、湯は滞在のなかの一場面になる。チェックインの後にひとつ、夕食の前にひとつ、朝食の後にひとつ。三回ほど浸かれば、湯はもう「楽しんだ」ことになる。湯治はその構図を逆にする。湯がまず日課の中心にあり、起床と就寝、食事と散歩が湯のリズムの周りに配置される。朝五時の一番湯、十時の二番湯、午後三時の三番湯、寝る前の四番湯。湯と湯の合間に、米を研ぎ、味噌汁を温め、布団に寝そべって本を読む。湯場の言葉でこれを「湯あたり」と呼ぶ。三日目あたりに必ず体がだるくなり、四日目に抜け、五日目から体の奥が温まり始める。

湯治は、湯の効能を最大化する作法というだけではない。湯にゆっくり戻されていくための時間そのものを、宿の構造として確保する仕掛けである。だから本来の湯治場には、自炊棟と長期割引と、夕食をとらない選択肢が用意されている。

自炊棟という装置

自炊棟は、宿の経済合理性の問題ではない。もちろん料理を出さなければ宿の運営コストは下がり、滞在者の負担も軽くなる。だが自炊が湯治場に組み込まれてきた理由はそれだけではない。台所を共有する人々は、自然と挨拶を交わす。米を炊く匂い、漬物を切る音、湯から戻った肌の赤み。台所は、湯場の縮図である。

もうひとつ。自炊は、湯のリズムに食事を従わせる。旅館の食事は決まった時間に出てくる。湯治の自炊では、食事は湯の前後の好きな時間に作る。朝湯の後にゆっくり粥を炊き、二番湯の前に軽く蕎麦を茹で、夕方の湯から戻ってから魚を焼く。一日の中心が湯にあり、食事は湯と湯の間に挟まる。この主従の入れ替わりが、湯治と一般の宿泊を分ける最大の境目である。

岩手・大沢温泉 自炊部「湯治屋」 — 二百年の自炊棟が生きている

花巻南温泉郷の渓流沿いに、築二百年を超える自炊棟がいまも現役で営まれている。

Media Picks Score: 95 / 100  57室、自炊棟つき湯治宿。

目安価格 ¥7,000–¥12,000 / 泊 (2名1室・自炊棟・通常期)


大沢温泉 自炊部 湯治屋 — 岩手・花巻 · 花巻南温泉郷の渓流沿いに残る築二百年の自炊棟
PHOTO: 大沢温泉 自炊部 湯治屋 — 公式サイトを見る →

花巻南温泉郷の豊沢川に沿って、宮沢賢治がたびたび湯治に訪れたという大沢温泉がある。山水閣、菊水館、自炊部「湯治屋」の三棟構成のうち、湯治屋はいまも本格自炊棟として機能している。茅葺き屋根の旧館、二百年を超える木造の建物、共用の炊事場、廊下を歩く下駄の音。観光宿としての旅館経営に必要なものを意図的に取り除いた構造のなかに、湯治場の原型がそのまま残っている。

湯は六湯。賢治ゆかりの混浴大露天「大沢の湯」を中心に、薬師の湯、かわべの湯と続く。豊沢川の流れと湯気が同じ視界の中に入る大沢の湯は、自炊の塩むすびを腹に入れた朝、最も雄弁になる。湯治屋の客室は最低限の畳の間で、布団は自分で敷く。共用炊事場には鍋釜と食器が揃い、ガス代以外は無料で貸し出される。集約された滞在者の声は、設備の古さや木造ならではの音への言及がある一方で、「ここでなければ味わえない時間」という言い回しに収斂していく傾向が見て取れる。

秋田・後生掛温泉 — 地熱が暖める湯治棟

八幡平国立公園の只中で、地熱を床下に通すオンドル湯治棟が三百年以上続いてきた一軒宿。

Media Picks Score: 95 / 100  27室、本館・新館・湯治棟の構成。

目安価格 ¥38,000–¥49,000 / 泊 (2名1室・本館・通常期)


後生掛温泉 — 秋田・八幡平 · 地熱の蒸気に包まれる一軒宿、湯治棟はオンドル構造
PHOTO: 後生掛温泉 — 公式サイトを見る →

「馬で来て足駄で帰る後生掛」と古くから言い伝えられてきた一軒宿が、八幡平国立公園の標高約一千メートル、噴気孔のすぐ近くに営まれている。後生掛温泉の特徴は、湯治棟の床下に温泉の蒸気を通して暖めるオンドル構造である。畳の上に布団を敷いて寝ているだけで、地熱が下から体を温め続ける。湯に浸からない時間にも湯治が進行する、という発想である。

浴場は七種類。泥湯、箱蒸し、火山風呂、神恵痛の湯、蒸気サウナ、打たせ、露天。一巡するだけで一時間を要し、それを朝夕二度こなして、合間にオンドルで横になる。自然研究路を歩けば、大湯沼の泥湯と噴気孔の集合体が眼前に広がる。湯場のすぐ外で大地そのものが沸いている、という地形的な事実が、ここでの湯治を独特なものにしている。集約された声では、湯量と湯種の多彩さへの評価が高く、一方で標高ゆえの寒暖差と冬季のアクセスは滞在の計画に関わる要素として繰り返し言及される。

湯治のいまと、これから

湯治の文化は、ふたつの方向に分かれて続いている。ひとつは大沢温泉のように、自炊棟と湯小屋という古い装置をできるだけそのまま残し、滞在の作法そのものを温存する道。もうひとつは後生掛温泉のように、湯治棟を残しつつ本館側の設備を更新し、現代の滞在者にも開かれた形に再編する道。どちらが正解ということはない。自炊の手間と価格、設備の古さと体験の濃度、地形の険しさとアクセスの不便さ。湯治場の選択は、いつも何かと何かのあいだに置かれている。

共通しているのは、どちらの宿も、湯のリズムに人の生活を従わせる構造を持っていることだ。一泊で立ち去ることのできない時間、自分の手で食事を整えなければならない手間、湯あたりを抜けるまでの三日間。これらは現代の旅程からは省きたくなる要素である。だが省けないからこそ、湯治は湯治でありえている。

本稿で言及した宿

よくある質問

Q. 湯治の最低滞在日数はどのくらいですか?

A. 古くからの湯治の作法では「一廻り」を七日、「二廻り」を十日と数える慣わしがあります。体が湯に慣れ「湯あたり」を抜けるまでに三日前後を要するため、効能を意識した滞在では最低でも四泊以上を目安にする向きが多いと言えます。

Q. 自炊棟は調理器具を持参する必要がありますか?

A. 大沢温泉湯治屋の例では、共用炊事場に鍋・釜・食器が一通り揃っており、ガス代以外は貸出料を取らない運用です。米・調味料・食材は持ち込みか、宿周辺の売店で調達することになります。各湯治場の運用は異なるため、予約時に確認するのが確実です。

Q. 子連れでの湯治は可能ですか?

A. 湯治宿は本来、長期療養の場として営まれてきた経緯があり、設備に段差や共用部の制約があります。後生掛温泉のオンドル湯治棟も含めて、乳幼児連れの長期滞在には向かない構造が一般的です。短い滞在で湯場の雰囲気を体験する形が現実的と言えます。

Q. ベストシーズンはいつですか?

A. 湯治本来のリズムが取り戻しやすいのは、梅雨入り前後と晩秋から初冬。混雑が緩み、湯の温度感と体の反応がよく合います。後生掛温泉のような高地の湯場は、冬季の積雪と路面凍結への備えが必要です。

Q. 自炊が苦手な場合はどうすればよいですか?

A. 大沢温泉湯治屋の場合、食堂「やはぎ」で三食をとる選択肢があります。完全自炊と完全食堂利用の中間で、朝のみ自炊、夜のみ食堂利用といった組み合わせが可能な宿も多くあります。自炊への適応に不安がある場合は、一日目を食堂利用にして様子を見る形が現実的です。

本記事の参考情報

日本温泉協会 — 八幡平温泉郷 — 湯治場としての八幡平の歴史と泉質
Wikipedia: 後生掛温泉 — 開湯の伝承とオンドル構造
花巻観光協会 — 大沢温泉自炊部・湯治屋 — 花巻南温泉郷の湯治文化

編集部から

湯治は、効率化された旅程からは最も遠い滞在の作法である。一泊では完結しないことを前提として宿が組み立てられ、料理が出ないことが価値であり、設備の古さが質である。観光の文法でこれを読み解こうとすれば、何もない宿に長く泊まる不思議な習慣に見えるだろう。だが湯治場に身を置けば、湯の側から時間を組み立てる別の流れが、確かに残っていることがわかる。次は、温泉地ごとに異なる湯治の作法 — 草津の時間湯、有馬の金泉銀泉、別府の地獄蒸し — を順に辿る記事を編んでいきたい。

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