大分県
番頭という職能 — 玄関帳場の灯と、離れの宿に継がれる差配の作法
夏の宵、玄関帳場に灯が入る頃。客の到着から見送りまでを差配した番頭という職能を、帳場の建築や暖簾の格と重ね、離れ形式の宿に継がれる作法を辿る随筆。あさば・亀の井別荘・別邸 仙寿庵の三軒に触れる。
別府明礬と鉄輪の奥、湯の花小屋を望む客室露天五軒 — 八湯の蒸気を各室に引く宿
別府八湯の高み、明礬と鉄輪の奥に湧く客室露天・貸切露天の温泉旅館五軒。湯の花小屋を望む青磁色の硫黄泉から、93度の高温泉まで、八つの湯の個性を集約評価で辿る。
日田と耶馬渓、筑後川と山国川の渓に独立棟を持つ離れ五軒 — 豊後の谷あいに散らばる宿
日田・天瀬と中津耶馬渓の渓に建つ、独立棟・離れ形式の温泉宿を五軒。三隈川の数寄屋の離れから、全棟独立の一棟貸しまで、谷あいの静けさを数値とともに紹介する。
湯坪という単位 — 旅館の湯舟の大きさを坪数で語る作法が、なぜ湯量と泉質を最も雄弁に伝えてきたか
盛夏、湯場の朝に立ち上がる湯気の量を、湯守たちは「湯坪」という独自の単位で語り継いできた。草津・別府明礬・蔵王の三湯場の老舗を辿り、坪で語る作法が湯量と泉質をいかに伝えてきたかを考察する。
縁側という装置 — 旅館の内と外を繋ぐ板間が、いかに季節を呼び込んできたか
梅雨の合間の朝、廊下の板間に正座すると、苔の濡れた匂いがにわかに濃くなる。離れ形式の旅館に必ず備わる縁側は、いかにして季節を客室へ呼び込んできたか。岐阜・恵那と大分・由布院の二軒を例に、建築史と作法の両面から記す。
九重飯田高原と筋湯、くじゅう連山の麓に湧く客室露天五軒 — 標高千メートルの硫黄泉と夏霧
盛夏の朝、くじゅう連山の谷あいを乳白の霧が渡る頃。標高千メートルの飯田高原・筋湯・寒の地獄に湧く硫黄泉と、客室露天を備える五軒を地図とともに辿る。
別府鉄輪と明礬、地獄の蒸気に代を継ぐ名旅館四軒 — 八つの湯場に残る湯治の系譜
別府八湯のうち鉄輪と明礬は、地獄の蒸気を湯治と地獄蒸しの作法に変えて生きてきた。明治八年創業の岡本屋をはじめ、代を継ぎながら蒸気を守る名旅館を、創業年と湯場の沿革とともに四軒辿る。
棟続きと離れの違い — 名旅館が「離れ」と呼ぶ建築の最小条件について
客室露天や半露天が普及した今日、何をもって「離れ」と呼ぶのか。母屋からの距離、廊下の有無、独立した玄関、湯の独立性。由布院・伊豆河津・阿蘇の三軒を入り口に、離れという形式の最小条件を辿る随筆。
九重連山に散らばる離れ五軒 — 飯田高原と田の原、筋湯と寒の地獄の独立棟
九重町と小国町、田の原・筋湯・寒の地獄・飯田高原の湯場に散らばる、離れ形式と独立棟の宿五軒。坪数と母屋からの距離、源泉の引き込み方を編集部が記録します。
長湯と竹田、世界屈指の炭酸泉を継ぐ湯宿四軒 — 泡立つ湯と飲泉の里
大分県竹田市の長湯温泉は遊離二酸化炭素1000mg/L超の天然炭酸泉として国内屈指。長湯・赤川・三船から、入浴と飲泉の双方で湯を継ぐ宿四軒を、創業年と湯量を明記しながら編集部が記す。