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京都府

名旅館

玄関帳場という結界 — 旅館の上がり框が、いかに内と外の境を客に告げてきたか

上がり框・式台・帳場格子——旅館の玄関はいかに外と内の境を告げてきたか。京都・柊家、群馬・積善館 本館、兵庫・城崎 三木屋の三軒に、玄関という結界の意匠と継承を訪ねる随筆。

2026 . 07 . 15
食通宿

京の奥座敷、貴船と高雄の川床に料理を継ぐ食通宿四軒 — 渓流に床を架ける夏の膳

京都市中より三度から五度低い貴船と高雄。鞍馬川と清滝川、二筋の渓に床を架け、鮎や京野菜を主軸に据える料理旅館を四軒。元祖川床の系譜から離れの静けさまで、川床営業と目安価格、川面からの位置で選び分ける。

2026 . 07 . 10
食通宿

若狭から丹後へ、二泊で辿る盛夏の海の食卓 — 若狭ぐじから丹後とり貝を継ぐ食通宿の旅

梅雨明けの日本海。福井小浜の若狭ぐじと鯖街道、丹後伊根の岩牡蠣と自家源泉。海が主役の食卓を二泊で辿る食通宿の旅程。

2026 . 07 . 06
名旅館

数寄屋大工という職能 — 旅館の客間を組み上げてきた者たちの、いま語られない継承について

盛夏の朝、旅館の客間に座ると、床柱と書院、欄間と組子に、数寄屋大工の手跡が残る。京都の俵屋旅館、金沢の金沢茶屋、松江の皆美館の三軒を通じて、明治以降に温泉地を巡って客間を組んだ職能の系譜と、いま語られない継承を、随筆として綴る。

2026 . 07 . 04
名旅館

仲居という職能 — 客間の時間を設えた者たちの、いま語られない作法について

盛夏、夕餉の膳を運ぶ廊下に打ち水の冷気が立つ頃、客間と板場をつなぐ仲居の働きに目を向ける。京の老舗・俵屋旅館(1704年創業)と柊家(1818年創業)を手掛かりに、座配りと膳出しの間合い、女将への継承の系譜を辿る。

2026 . 07 . 03
食通宿

丹後伊根と宮津、夏の岩牡蠣と丹後とり貝を待つ食通宿四軒 — 舟屋の入江に育つ若狭湾の身

土用前の丹後は、伊根湾で岩牡蠣が肥え、宮津湾に丹後とり貝が旬を迎える季節。海辺の建築と一椀の関係を結ぶ食通宿を、伊根・宮津から四軒編んだ。

2026 . 06 . 27
食通宿

先付という前奏 — 旅館の夕餉が、なぜ一品目の小皿で季節の輪郭を示してきたか

盛夏の夕、卓にまず置かれる先付という小皿。京都・福井・石川、三つの料理旅館の卓を辿り、なぜ料理長が一品目で土地の季節を語ってきたかを記す随筆。

2026 . 06 . 26
客室露天

丹後半島、間人と網野の浜に湧く客室露天五軒 — 日本海の夕陽を映す塩の湯と夏の凪

京都北端・丹後半島の海岸線、客室露天を備える五軒を編集部が選定。間人ガニで知られる丹後町間人、夕日ヶ浦の網野町浜詰から、明治元年創業の老舗から全室客室露天の小宿まで、湯と海と季節を等価に語る宿を編んだ。

2026 . 06 . 23
食通宿

丹後伊根と宮津、夏の岩牡蠣と丹後とり貝を待つ食通宿四軒 — 舟屋の入江に育つ若狭湾の身

土用前の丹後は夏の岩牡蠣と丹後とり貝が旬を迎える季節。伊根町と宮津市から、海の食卓を旅の主目的に据えられる食通宿四軒を編集部が選んだ。

2026 . 06 . 23
離れ

梅雨明けの丹後・但馬海岸 棟を分ける宿で味わう二泊三日 ― 天橋立から香住へ、独立棟を辿る旅

梅雨明けの丹後から但馬へ、府県境を越えて棟を分ける宿を辿る二泊三日。天橋立を望む丹後の高台と海辺の離れ、但馬海岸の段丘に棟を分ける宿を、棟数・湯・坪数の数値とともに編集部が四軒で編んだ。

2026 . 06 . 21