山代温泉
酢の物という涼 — 旅館の夏の膳が、なぜ一鉢の酸味に暑気払いを託してきたか
土用の頃、旅館の夏の膳に差される一鉢の酸味。鱧の梅肉和えや土佐酢のもずくに、和食が暑気払いを託してきた理由を、京都・北陸・山陰の食通宿三軒の献立から辿る随想。
加賀山代、古総湯の門前に九谷と魯山人を継ぐ一軒 — 開湯千三百年の湯町に代を継ぐ料亭旅館の記
山代温泉の古総湯の正面、湯の曲輪の中心で十八代続く料亭旅館「あらや滔々庵」。北大路魯山人が寓居した地で、九谷焼の器と加賀懐石を継ぐ一軒を、器と食に眼のある夫婦旅の宿として編集部が深く描く。
旬という約束 — 旅館の献立が、なぜ走り・盛り・名残の三段で季節を語ってきたか
立秋を境に、旅館の膳は夏の名残と秋の走りが同居する。走り・盛り・名残という日本料理の時間意識が、旅館の夕餉にいかに組み込まれてきたかを、信州扉温泉 明神館と加賀山代あらや滔々庵の二軒に例を採りつつ、静かに辿る随筆。
加賀温泉郷、山中・山代・粟津に代を継ぐ名旅館四軒 — 開湯千三百年の谷に灯る老舗の今
行基の発見と芭蕉の逗留に始まる加賀温泉郷。山中・山代・粟津の三湯から、創業五十年を越えて代を継ぐ名旅館を四軒、地図とともに編む。
看板娘という時代 — 旅館の女将の前にあった、若女将不在の家系継承について
昭和の戦前まで、湯場の宿の継承は「看板娘」と呼ばれる長女の表舞台立ちから始まった。東北・北陸の三軒の老舗旅館に照らし、家系図に残らない女性たちの仕事を記録から読み解く随筆。
打ち水という設え — 旅館の玄関先が、いかに夏の涼を客に贈ってきたか
盛夏の玄関先にまかれた一桶の水が、石畳から涼を呼ぶ。打ち水という迎えの所作の歴史を、修善寺『あさば』と加賀『べにや無何有』を手がかりに辿る随筆。
加賀温泉郷、棟ごとに庭を持つ離れ六軒 — 山中・山代・粟津の独立棟
梅雨の加賀温泉郷で、棟ごとに専用露天と中庭を備える離れ六軒を編集部が選定。山中・山代・粟津の独立棟を、湯量・坪数・創業の年代とともに紹介する。
加賀温泉郷、棟ごとに庭を持つ離れ六軒 — 山中・山代・粟津の独立棟
水無月の加賀温泉郷から、棟ごとに庭と専用露天を備える離れ形式の六軒を編集部が選んだ。山中・山代・粟津の名宿を、湯量・坪数・創業年代とともに紹介する。
代替わりという季節 — 創業二百年を超えた宿が、いま当主に問うていること
創業二百年を超えた宿は、平均すると七代目から九代目を迎えている。湯を守り、料理を伝え、宿帳を整え、地域の祭礼に席を持つ — そのすべてを次の代へ渡す季節を、慶雲館・湯主一條・あらや滔々庵の三軒から考える編集ノート。