水無月の加賀温泉郷は、鶴仙渓の青楓が日に日に色を深め、山代の総湯では朝湯客が下駄を鳴らす季節を迎える。山中・山代・粟津・片山津の四湯は、いずれも開湯千三百年級の古湯。本稿は離れ形式に絞り、棟ごとに専用露天と中庭を備える六軒を、編集部が選んだ。湯量・坪数・建築年代を併記する。
| # | 宿 | 温泉地 | Score | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | べにや無何有 | 山代温泉 | 95 | 16 | ¥144–¥213k | 苔の中庭を全室の露天で抱える数寄屋普請、ミシュランキー一軒 |
| 2 | あらや滔々庵 | 山代温泉 | 95 | 18 | ¥102–¥189k | 1639年創業、北大路魯山人ゆかりの湯歴十八代 |
| 3 | こおろぎ楼 | 山中温泉 | 95 | 7 | ¥110–¥165k | 鶴仙渓こおろぎ橋の袂、わずか七室の静かな離れ |
| 4 | かよう亭 | 山中温泉 | 92 | 10 | — | 「山の宿」を旨とする全十室、橋本関雪ゆかりの庭 |
| 5 | 胡蝶 | 山中温泉 | 91 | 10 | ¥108–¥154k | 書院造りの十室、加賀懐石を主目的にする小宿 |
| 6 | 旅亭懐石 のとや | 粟津温泉 | 89 | 50 | ¥53–¥76k | 1311年創業、千三百年級の自家源泉と本陣型の構え |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金 (税込) です。サンプル数が不十分な宿は表示を省略しました。
1. べにや無何有 — 山代温泉
「無何有の郷」を名に負う、十六室全てに山庭の温泉露天を抱く別荘型の一軒。
Media Picks Score: 95 / 100 16室、旅館。
目安価格 ¥144,000–¥213,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
「無何有 (むかゆう)」とは荘子に発する語で「何もないことの豊かさ」を指す。その名のとおり、客室は障子と畳と檜の浴槽のみで構えが極めて簡素であり、設えの主役は窓外の山庭である。十六室すべてが独立した棟もしくは庭付きの離れの体裁を取り、隣室の気配を遮るために配置と植栽が計算されている。湯は山代の自家源泉、加賀の里山と日本海の食材を扱う料理は加賀料理の系譜を継ぐ。ミシュランキー一軒に選定されている。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計したところ、評価の核は「庭の手入れの行き届きと、それを室内から眺める設計」「過剰な装飾を排した客室の落ち着き」「夕餉の素材と一品ごとの間合い」の三点に集約される。一方で、簡素な設えゆえに賑やかな旅程を求める読者には不向きとの傾向も読める。湯は熱めの源泉を上手に薄め、長湯のできる温度に整える運営が評価されている。
向く人 / 向かない人
-
向く:
記念日・夫婦旅、簡素な設えの中に庭の景を求める旅、海外からの長期滞在客 -
向かない:
幼児連れの家族旅 (静けさが運営の核)、観光を主目的にして宿に長居しない旅程、洋食中心の食を望む人
具体情報
- 最寄り駅: JR加賀温泉駅からタクシー約10分 (送迎要予約)
- 客室数: 16室 (全室温泉露天風呂付・山庭面)
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
- 食事: 加賀料理の個室会席、朝食は和食膳
- 創業: 1928年 (現代の意匠は2000年代の改修により確立)
- 受賞: ミシュランキー (1キー)
2. あらや滔々庵 — 山代温泉
湯の曲輪の中心、藩政時代より十八代続く湯元の宿。北大路魯山人が逗留した近代美術の記憶を抱く一軒。
Media Picks Score: 95 / 100 18室、旅館。
目安価格 ¥102,000–¥189,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
創業は1639年、山代温泉の湯元として藩政期から十八代続く。湯量は約10万リットル / 日と豊富で、自家源泉のかけ流しを大浴場・露天とも保つ。客室は本館・別館に分かれ、本館上層階には専用露天と中庭を備えた独立性の高い部屋が並ぶ。大正期には北大路魯山人が逗留し、館内には当時の書・陶の作品が展示されており、宿そのものが近代美術史の一断面となっている。山代の湯の曲輪を窓から見下ろせる稀有な立地でもある。
集約レビューの傾向
公開レビューの集約傾向では、湯の質と量に対する評価が群を抜き、源泉かけ流しの大浴場が「湯を浴びるための湯」と評されている。料理は加賀の伝統的な調理 (治部煮、ぐじ、甘海老等) を魯山人の器を意識した盛り付けで供する点に評価が集まる。一方、本館は歴史ある建屋であるため段差・階段が多く、足腰への配慮を要する宿との指摘が一定数読み取れる。
向く人 / 向かない人
-
向く:
湯量を重視する湯客、近代美術・骨董に関心のある旅、山代の温泉街を歩く旅程 -
向かない:
バリアフリーを要する旅 (本館に段差あり)、新築の意匠を望む人、夕食を簡素に済ませたい滞在
具体情報
- 最寄り駅: JR加賀温泉駅から車約10分 (送迎要予約)
- 客室数: 18室 (一部に専用露天・中庭付き)
- 湯量: 自家源泉、約10万リットル / 日
- 食事: 加賀料理の個室会席、魯山人の器を意識した供卓
- 創業: 1639年 (寛永十六年)、湯歴十八代
- 所在: 山代温泉湯の曲輪の中心、総湯から徒歩2分
3. みやこわすれの宿 こおろぎ楼 — 山中温泉
鶴仙渓こおろぎ橋の袂、わずか七室の小宿。「みやこわすれ」の語を名に負う、静けさを売る一軒。
Media Picks Score: 95 / 100 7室、旅館。
目安価格 ¥110,000–¥165,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
名勝こおろぎ橋の袂、鶴仙渓の谷を見下ろす位置に建つ。客室は本館と離れに分かれ、わずか七室。各客室は専用露天もしくは庭付きの設えを保ち、隣室と接する辺は植栽で遮られる。湯は山中温泉の引き湯系で、谷を望む露天と本館の檜風呂のいずれも静かに長湯ができる。「みやこわすれ」の名のとおり、商業性を抑えた接客と静謐な構えが特徴で、年配の夫婦旅・記念日の宿としての評価が確立している。
集約レビューの傾向
公開レビューを集約すると、評価の中核は「客室数が少ないことの恩恵 — 食事処での他客との接触がほぼない」「鶴仙渓の渓谷美を窓から専有できる立地」「料理長による加賀料理の細やかな調理」の三点に集中する。サイズの小さい宿ゆえ繁忙期は予約が早く埋まる傾向、また接客密度の高さを煩わしいと感じる旅人には合わない可能性も読める。
向く人 / 向かない人
-
向く:
還暦・銀婚・金婚等の記念日、谷の眺望を独り占めしたい夫婦旅、料理を主目的とする滞在 -
向かない:
にぎやかな旅程、大浴場や宴会場を求める滞在、3名以上の家族旅 (客室の構造上不向き)
具体情報
- 最寄り駅: JR加賀温泉駅から車約20分 (送迎要予約)
- 客室数: 7室 (本館・離れ、いずれも専用露天または庭付き)
- 立地: 鶴仙渓こおろぎ橋袂、渓谷沿い
- 食事: 加賀料理の個室会席、料理長による献立構成
- 送迎: 加賀温泉駅・小松空港から要予約
4. 山中温泉 かよう亭 — 山中温泉
「旅人の歓こびが糧」と掲げる山中の小宿。橋本関雪ゆかりの庭を中心に、十室を据える数寄屋の一軒。
Media Picks Score: 92 / 100 10室、旅館。

なぜ選ばれるか
「山の宿」を旨とし、わずか十室を抱える。建屋は数寄屋の意匠を基調とし、客室は中庭または山を望む配置で隣室の気配を切る設計。料理は地元の素材を「人にやさしい味付け」で供することを宿の信条としており、塩分・脂分を抑えた献立の構成に山中の食通宿としての矜持を読み取れる。宿全体が一つの座敷の延長として設計されている。
集約レビューの傾向
公開レビューの傾向としては「朝食の完成度」「素材ありきの料理の作法」「全十室ゆえの落ち着き」の三点が際立つ。一方で、宿の構えが古典的なゆえに、設備の新しさを求める読者には物足りなさが残る可能性もうかがえる。湯は山中温泉の引き湯系、長湯のできる温度に整える運営。
向く人 / 向かない人
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向く:
食を主目的にする旅、数寄屋建築・庭園に関心のある旅、朝食を楽しみたい滞在 -
向かない:
最新設備の宿を求める滞在、観光地巡り中心で宿に長居しない旅程、SNS 中心の滞在記録を志向する旅
具体情報
- 最寄り駅: JR加賀温泉駅から車約20分 (送迎要予約)
- 客室数: 10室 (数寄屋意匠の本館)
- 食事: 山中の山菜・川魚・加賀の里山食材を主とする日本料理
- 湯: 山中温泉引き湯、内湯・露天
- 庭: 橋本関雪ゆかりの石組を伝える
5. 山中温泉 胡蝶 — 山中温泉
書院造りの伝統美を保つ全十室の小宿。加賀懐石を主目的に据えた、料理の宿としての立ち位置が明確な一軒。
Media Picks Score: 91 / 100 10室、旅館。
目安価格 ¥108,000–¥154,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
客室は十室。書院造りの本格的な座敷を保ち、各室はそれぞれ異なる意匠を持つ。離れ・庭付きの客室は中庭または鶴仙渓側の景観に開いており、隣室との距離が十分に取られている。料理は「本格加賀懐石」を看板に掲げ、椀物・向付・焼き物・煮物を一品ずつ温度を保って供する形式を貫く。湯は山中温泉の引き湯系で、内湯と露天を備える。
集約レビューの傾向
公開レビューの集約傾向は「料理の温度と提供の間合いへの評価」「書院造りの空間そのものの落ち着き」「十室規模ゆえの食事処の静けさ」に集中する。本格的な料理を提供する宿ゆえ食事の所要時間が長く、慌ただしい旅程には合わない傾向も読める。
向く人 / 向かない人
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向く:
加賀懐石を堪能したい旅、書院造りの和室を体験したい海外からの旅、ゆっくりした夕食を志向する夫婦旅 -
向かない:
短時間で食事を済ませたい旅程、観光主体で夜遅く宿に戻る滞在、幼児連れの家族旅
具体情報
- 最寄り駅: JR加賀温泉駅から車約25分 (送迎要予約)
- 客室数: 10室 (書院造り、一部に中庭・露天付き)
- 食事: 本格加賀懐石、一品ずつ供卓
- 湯: 山中温泉引き湯、内湯・露天
- 立地: 山中温泉の温泉街内、鶴仙渓へ徒歩圏
6. 旅亭懐石 のとや — 粟津温泉
粟津温泉、開湯千三百年の古湯に1311年から続く一軒。本陣型の構えに、独立棟の離れと庭付き客室を擁する。
Media Picks Score: 89 / 100 50室、旅館。
目安価格 ¥53,000–¥76,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
粟津温泉は、養老二年 (718年) に泰澄大師が開湯したと伝わる古湯。のとやはその粟津で1311年に旅宿を開いており、現存する旅館としては最古級の歴史を持つ。客室は本館・別館・離れに分かれ、離れには専用露天と中庭を備えた独立棟がある。湯は自家源泉、深さ50mから汲み上げる湧出を七百年来用い続けている。料理は加賀のじわもん野菜と日本海の魚を主役にする懐石形式で、料理を看板に掲げる宿としての姿勢が明確である。
集約レビューの傾向
公開レビューの集約傾向は「自家源泉の湯の質と量」「離れ客室の独立性」「価格帯と料理内容のバランスへの評価」に集まる。一方、客室数50室の規模ゆえ、繁忙期は食事処での待ち時間や大浴場の混雑への指摘もある。本館・別館・離れで体験が大きく異なるため、予約時の部屋種別の確認が肝要との傾向が読める。
向く人 / 向かない人
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向く:
古湯の歴史を体験したい旅、価格と料理のバランスを重視する旅、本陣型の規模感を許容できる滞在 -
向かない:
極小規模の宿の静けさを最優先する旅、最新の意匠を求める滞在 (本館は歴史的構え)
具体情報
- 最寄り駅: JR粟津駅から車約10分 / 小松空港から車約15分 (送迎要予約)
- 客室数: 50室 (本館・別館・離れ、離れに専用露天付き)
- 湯: 自家源泉、地下50mから汲み上げ、約700年の利用歴
- 食事: 加賀のじわもん野菜・日本海の魚を主とする懐石形式
- 創業: 1311年 (応長元年)
よくある質問
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 加賀温泉郷は四季それぞれに姿が変わる地である。新緑の鶴仙渓は5月から6月、初夏のあいだに最も色が深まり、苔の中庭はこの時期に最大の輝きを見せる。秋は10月末から11月の紅葉、冬は1月から2月の雪見の湯がそれぞれの白眉となる。離れ形式の宿は梅雨入り前後の落ち着いた時季が、編集部の推す時期である。
Q. 予約のタイミングは?
A. 七室から十室の小宿は、土曜・祝日前日・記念日シーズンが二〜三ヶ月前から埋まる傾向にある。とくに11月の紅葉週末と年末年始は半年前から動き始める。粟津のように客室数が50室規模ある宿は、通常期であれば一ヶ月前でも余裕があることが多い。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 本稿の六軒は、構成上、夫婦旅・友人旅を主たる客層と想定している。乳幼児連れの場合は客室の段差・専用露天の安全配慮の観点から、予約時に直接相談することを勧めたい。粟津温泉のとやは客室数が多く、家族向けのプランも備えている。
Q. アクセスはどう組み立てればよいですか?
A. 北陸新幹線が金沢〜敦賀間で延伸し、加賀温泉駅は新幹線停車駅となった。東京から加賀温泉まで乗継含めて約3時間。小松空港からは車で15〜30分の距離に四湯すべてが収まる。各宿は加賀温泉駅または小松空港からの送迎を予約制で受けている場合が多い。
Q. 海外からの旅行者の利用は?
A. べにや無何有・あらや滔々庵は英語対応の体制を整えており、近年は欧米からの長期滞在客の利用が増えている。一方、山中の小宿は接客の細部まで日本語で運営する伝統を保つ宿が多く、言語面の支援は限定的である。海外からの旅人にとっては、宿そのものを体験の中心に据える旅程設計が向く。
本記事の参考情報
・加賀温泉郷 公式観光サイト — 山中・山代・粟津・片山津の四湯の総合情報
・Wikipedia: 粟津温泉 — 養老二年開湯以来の歴史背景
・山代温泉観光協会 — 湯の曲輪と総湯の文化
編集部から
加賀温泉郷の四湯は、いずれも千三百年級の古湯でありながら、湯町の表情はそれぞれ異なる。山代の湯の曲輪を中心にした集落形成、山中の鶴仙渓に沿う渓谷温泉、粟津の山あいの古湯、片山津の柴山潟に開けた湖畔の湯。離れ形式という切り口は、その四つの異なる湯町の宿のあり方を、共通の物差しで比べる手立てとなる。次は同じ加賀温泉郷の「全室客室露天」を切り口に、棟分けではなく客室単位での独立性を主役にした宿を編むことを編集部は予定している。