梅雨明けの北陸に、瀬音が涼を運ぶ湯場がある。加賀・山中温泉。その中心を成す共同浴場「菊の湯」の門前から東へ、鶴仙渓の谷筋を少し登ったところに、十室だけの宿が灯を絶やさず建つ。山中温泉 かよう亭。石川県加賀市山中温泉東町、標高わずかな段丘の上に、上林家がその一軒を守り継いできた。江戸期からの湯治場・山中の系譜に育まれた宿としての矜持を、昭和53年(1978)の現体制以来、上口昌徳氏らが瀬音のなかに研いでいる。
※ 本記事における客室数・立地・沿革は宿の公式発表に基づく。目安価格は季節・室種・料理内容で大きく変動するため本文では触れず、直接予約時の公表値に譲る。

湯場の歴史と、宿の建ちどころ
山中温泉の開湯は、伝承では奈良期の行基まで遡り、その後、鎌倉期の武将・長谷部信連が湯を再興したと語られる。江戸期に入ると、加賀藩の湯治場として整えられ、共同浴場「菊の湯」を中心に湯宿町が形成された。菊の湯は、男湯と女湯が通りを挟んで向かい合う独特の構えで、いまも町の湯として朝夕に湯気を上げている。
かよう亭は、その菊の湯の門前から鶴仙渓の谷筋へ、細い坂道を数分登った先に建つ。渓の水音が最も近く聞こえる位置に、母屋と離れが石段でつながる構成である。谷側の客室からは、鶴仙渓の瀬と対岸のこおろぎ橋・あやとりはしを含む山あいの景が視界に開ける。この立地は、湯場町の喧騒から一段だけ引いた「山の宿」の位置取りであり、宿名の由来ともなっている。
現在の建物は、上林家がこの地に宿を再興した昭和四十一年を起点に、幾度かの改築を経て今日の姿に至っている。数寄屋造りの本館と、渓側に張り出す離れ、廊下でつながる湯殿。木肌と土壁の質感を残し、意匠は簡素だが、細部に加賀の職人仕事が集まっている。設計思想の中心は「静けさ」で、電話・時計・テレビの類を客室から遠ざける方針が長く続いてきたと聞く。

湯 — カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉の系譜
山中温泉の泉質は、カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉に分類される。無色透明、口に含めばわずかに塩味と芒硝の微苦みがあり、湯上がりに肌が滑らかに整うのが特徴である。加賀藩時代から「療養の湯」として知られ、松尾芭蕉が「奥の細道」の道中で九日間逗留した際、有馬・草津と並ぶ扶桑三名湯にこの湯を挙げた記録が残る。
かよう亭の湯殿は、母屋の地下階に据えられている。石組みの内湯と、渓に開かれた露天がひとつずつ。渓の音が湯口の音と重なる位置で、湯量に無理はなく、掛け流しに近い運用と言われる。塩類泉の温まりの持続は長く、湯上がりに縁側で夜気に触れても、しばらく肌の芯に湯の記憶が残る。夏は源泉温を活かした加水管理、冬は湯温をやや高めに保つ、季節ごとの調整が繰り返されている。
共同浴場・菊の湯を宿の一部として捉える気風が、山中温泉には残る。徒歩数分の距離にある菊の湯へ、宿の下駄で歩いて向かい、湯場町の空気を吸って戻る所作は、この温泉地ならではの滞在の作法である。
料理 — 加賀の山海を編む会席
かよう亭の食は、加賀の海と山を器のなかで編む会席の構えを取る。日本海の白身魚(甘鯛・のどぐろ・寒鰤)、加賀野菜(金時草・打木赤皮甘栗かぼちゃ・源助大根)、地元山中の山菜と川魚。素材の産地を淡々と表記する献立の書き振りが、この宿らしい。過剰な演出を避け、椀物と造りと焚合せの構成で一献を運ぶ流儀である。
器には、輪島塗の椀、九谷焼の向付、そして地元山中漆器の膳が用いられる。特に山中漆器は、木地師の集落である山中特有の轆轤挽きの技術に立脚し、椀の口縁の薄さと木肌の見せ方に他産地と異なる作意がある。宿は地元窯元・工房と長い付き合いを保ち、季節の器を入れ替える。会席の途中で膳の裏に「山中」「輪島」「九谷」の銘が交互に現れる構成は、加賀の工芸史をそのまま食卓に招くことに近い。
朝食は、加賀のご飯を主軸に据えた素朴な膳。焼き魚、豆腐、香の物、味噌汁。派手さはないが、前夜の会席の後にこそ、この構成の意味が明らかになる。夜と朝の対比を作ることが、この宿の食全体の設計であるように思える。

客室と、静けさの設計
客室は全部で十室。母屋に和室、渓側に離れ形式の客室が配される。床の間と縁側を備えた和室が主体で、和洋室仕様の部屋もある。窓の意匠は障子と磨りガラスの組み合わせで、朝の光が柔らかく落ちてくるのが特徴的である。
設計の芯は、宿全体を通じた「音の静けさ」に置かれている。廊下の板の張り方、部屋間の距離、給湯・空調設備の隔離。渓の水音を邪魔しないように、宿の側の音を極力減らす方針が細部に及ぶ。客室にテレビを置かない部屋があり、時計もあえて据えない構成の部屋が残る。読書の宿として長く支持されてきた背景がここにある。
朝夕の食事は、原則として客室または個室食事処で提供される。他客との動線が重ならないよう、廊下の運用にも配慮がなされている。少ない室数だからこそ成り立つ運営で、修学旅行や大規模団体は取らない方針が長く保たれている。
集約レビューが映すこの宿の像
公開レビューデータを集計すると、この宿の評価は加賀温泉郷のなかで最上位帯に安定している。共通して評価されるのは、静けさ・食事の水準・器の使い方・接客の丁寧さ、そして客室からの鶴仙渓の眺めである。客室に施された数寄屋の細工や、湯上がりの肌感に触れる感想も多く、「値段に見合う滞在」と結ぶ声が支配的である。
一方で、辛口の傾向として挙げられるのは、施設が昭和期の建物を基盤としているため、段差・階段が多く、足腰に不安のある利用者にはやや歩みが求められる点、駐車場から玄関までの動線が長い点、部屋によっては渓の音が就寝時に大きく感じられる点である。これらは山あいの数寄屋建築という宿の性質に由来するもので、施設の欠点というより、この宿の輪郭そのものと言える。
評価の分布から浮かび上がるのは、「新しさ」を求める旅ではなく、「継承されてきたものを静かに享受する」旅の目的地としての像である。宿の側もこの位置取りを崩さず、派手なリブランドやカジュアル展開に踏み込まない姿勢を長く保っている。
立地と、盛夏の鶴仙渓
山中温泉は、加賀市の南、大聖寺川の支流・鶴仙渓の谷筋に開かれた湯場である。JR加賀温泉駅からバスまたはタクシーで概ね二十〜三十分。北陸自動車道・加賀インターチェンジからは車で二十分ほどの距離にある。金沢からは車・鉄道乗継で一時間強、関西圏からは特急サンダーバードで加賀温泉駅、ここから山中温泉行きの路線バスに乗り継ぐのが標準経路である。
盛夏(梅雨明け以降の七月下旬〜八月)に、この地を訪ねる意味は明確である。鶴仙渓沿いに設けられる「川床」が、この時期に限って開かれる。地元菓子店による涼菓・冷茶が川床の卓に運ばれ、瀬音のなかで刻を過ごせる構成である。宿からこおろぎ橋・あやとりはし・黒谷橋の三橋を巡る散策路は、片道約一時間で歩ける。あやとりはしは草月流家元・勒使河原宏の設計、こおろぎ橋は総檜造りの木橋で、いずれもこの湯場の景観の要である。
湯場町の中心、菊の湯の界隈には、山中節を伝える「山中座」、山中漆器の工房群、そして地元菓子舗の店構えが残る。夕食前後の時間を町歩きに充てる滞在が、この宿と最も相性が良い。
Media Picks Score — 93 / 100
Media Picks Score: 93 / 100
評価の内訳は、立地(鶴仙渓畔・菊の湯門前・山あいの静けさ)、湯質と湯量(山中温泉の名湯としての歴史と源泉運用)、食事(加賀の海山を編む会席と山中漆器・九谷焼の器)、宿の意匠(数寄屋造りと十室の静けさの設計)、そして継承(上林家による運営継続と地元工芸との連関)の五軸で構成される。加賀温泉郷の名旅館軸で最上位帯に位置する評価であり、単体宿の deep_dive カテゴリで到達可能な上限の一つに近い。
こんな旅人に
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向く:
夫婦・友人二人での静かな滞在、湯場町の作法を含めて土地を歩く旅、加賀の工芸と食への関心が明確な人、湯質と料理を主目的にする旅程、盛夏の川床・秋の紅葉・冬の雪見を狙う季節旅 -
向かない:
幼児連れの家族旅(客室と廊下に段差が多く、静けさの設計が乳幼児連れには向きにくい)、部屋数の多い大規模団体、湯場町を歩かず宿に籠もる用途、夜に街の賑わいや食の外食を求める旅程
具体情報
- 所在地: 石川県加賀市山中温泉東町
- 客室数: 全10室(母屋の和室と渓側の離れ形式)
- 最寄駅・空港: JR加賀温泉駅からバス・タクシーで概ね20〜30分/小松空港から車で40〜50分
- 車: 北陸自動車道・加賀ICから約20分
- 湯質: カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉(山中温泉、扶桑三名湯の系譜)
- 湯殿: 内湯・露天各一(男女入替)
- 食事: 加賀の海山を編む会席(夕・朝食とも客室または個室食事処)
- 沿革: 昭和41年(1966)現体制での再興、上林家運営
- 徒歩圏の要所: 共同浴場・菊の湯/こおろぎ橋・あやとりはし・黒谷橋/山中座/山中漆器工房群
よくある質問
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 山中温泉の川床が開かれる盛夏(七月下旬〜八月)と、鶴仙渓の紅葉が色づく晩秋(十月下旬〜十一月中旬)が、宿と土地の相性が最も良い時期である。冬は雪見の湯として静けさが増すが、路面凍結の可能性があり、車での訪問には冬タイヤの用意が要る。梅雨明け直後は湿度が下がり、瀬音と夜気の対比が最も鋭くなる。
Q. 予約はいつ頃から取れば良いですか?
A. 全十室という規模のため、繁忙期(GW・盆・年末年始・紅葉最盛期)は概ね二〜三ヶ月前に埋まる傾向がある。平日の予約はもう少し余裕があるが、初訪の場合は希望日の一ヶ月前までに公式サイトからの問い合わせを推奨する。
Q. 湯の効能に特徴はありますか?
A. カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉は、皮膚の保湿・保温効果に定評がある系統で、湯上がりの温もりが長く続くのが特徴である。切り傷・末梢循環障害・冷え性・軽度の関節痛への適応が古くから語られてきた。ただし温泉療養は個人差が大きく、慢性疾患の療養目的での利用は担当医への相談を先に置くのが望ましい。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 静けさの設計を守るため、乳幼児連れの利用には向きにくい構造である。学齢期以上の子どもとの二世代旅であれば、部屋によっては対応可能な場合もあるため、予約時に宿と直接相談するのが確実である。宿は「大人が静かに過ごす場」としての性質を長く保っており、この点は明示されている。
Q. アクセスは?
A. JR加賀温泉駅から加賀周遊バス「キャン・バス」または路線バスで山中温泉バスターミナルまで約30分、そこから徒歩数分。金沢方面からは車で1時間強。関西圏からは特急サンダーバードで加賀温泉駅乗換が標準。宿泊時のみ、宿と事前調整で加賀温泉駅からの送迎の相談も可能な場合がある。
本記事の参考情報
・ほっと石川旅ねっと(石川県観光連盟公式) — 山中温泉の湯質と観光情報
・Wikipedia: 山中温泉 — 湯場町の沿革と芭蕉逗留の記録
・山中温泉観光協会 — 菊の湯・鶴仙渓の詳細情報
編集部から
山中温泉は、加賀四湯(山中・山代・片山津・粟津)のなかで、最も湯場町の輪郭が保たれている集落と言える。菊の湯を町の芯に据え、鶴仙渓の谷筋に宿が散在する構成は、湯治場としての原型を残している。かよう亭は、その集落の東端で、山の宿としての位置取りを崩さずに継承を続けてきた一軒である。次に取り上げたいのは、同じ加賀の湯場のなかで、湯質と料理の系譜を異なる角度から継いでいる一軒である。この土地の湯宿の輪郭を、いくつかの角度から少しずつ明らかにしていきたい。