田植えを終えた越前平野が一面の青田となり、芦原の湯町に夕餉の煙が立ちのぼる頃。明治の灌漑工事の折に湧き出たこの湯の里で、開湯の翌年から数寄屋造りと庭を守り継いできた一軒がある。越前あわら温泉「つるや」。創業は明治十七年、一八八四年。関西の奥座敷と呼ばれた格式と、田園に抱かれた静けさが、いまも建物のなかに息づいている。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

明治の開湯と、湯町に残る一軒
芦原に湯が湧いたのは、明治十六年。越前平野の水利を図る灌漑工事の最中、田の只中から温泉が噴き出したという。農の里に思いがけず生まれた湯の町は、やがて関西の奥座敷と呼ばれるほどの賑わいを得る。その翌年、初代館主・吉田間右衛門が湯治の宿を開いたのが、つるやの始まりである。明治十七年、西暦一八八四年のことだ。
以来一四〇年余り。宿は決して平坦な道を歩んだわけではない。先の大戦では陸軍病院に接収され、福井地震では当時の女将を失い、芦原の大火では新築の建物がすべて焼け落ちた。それでも代を継ぐ者は湯を絶やさず、焼けた館を建て直し、いまに至る。田植えの済んだ青田が宿を囲むこの季節、つるやの軒先に立つと、災いを越えて湯を守り抜いた一軒の重みが、静かに伝わってくる。
「平田数寄屋」が支える建物

つるやの建物を語るうえで欠かせないのが、大阪の名棟梁・平田雅哉の名である。生涯に四〇〇軒もの数寄屋を手がけ、その仕事は「平田数寄屋」と呼ばれて一つの様式をなした。森繁久彌主演の映画『大工太平記』は、この棟梁を題材に撮られたものだ。つるやの本館は、その平田雅哉が設計施工した茶室風・料亭風の建築である。
銘木を随所に用い、一室ごとに室礼を違えた客室は、わび・さびの風情を建物そのものに宿らせている。障子の格子が落とす柔らかな陰、磨き込まれた廊下の艶、坪庭へと開く縁。派手な意匠はどこにもない。あるのは、木と紙と土が時を重ねて得た落ち着きだけである。屋号「つるや」にちなみ、館内には鶴を彫り込んだ欄間が掲げられ、金砂子に羽を広げる二羽の姿が、宿の来歴を静かに物語る。
三本の湯元と、源泉かけ流しの湯

芦原温泉は、宿それぞれが自前の湯元を持つ町として知られる。一つの源泉を分け合うのではなく、各宿が地中から汲み上げた湯を用いるため、隣り合う宿でも湯質が微妙に異なる。つるやは敷地内に三本の湯元を擁し、その湧き出たままの湯を、加水せぬ源泉かけ流しで湯船に注ぐ。
大浴場は数寄屋の意匠をそのまま湯処へと持ち込んだ造りで、湯面の向こうに坪庭の緑が広がる。行灯のひかりが石と苔を浮かび上がらせ、湯気の奥に庭が滲む。露天風呂付きの客室も用意され、田園の静けさのなかで、自分だけの湯に身を沈める時間が叶う。湯は柔らかく肌に馴染み、長く浸かっても湯あたりしにくいと感じられる。
三国の海と、越前の山の膳
食事は、土地の恵みを映すことに徹している。日本海に突き出た三国港から水揚げされる魚介、越前の野や山が育てた野菜と山菜、そして芦原で実るコシヒカリ。冬であれば、この地ならではの蟹が膳の主役となる。素材の出所がはっきりしているからこそ、一品ごとに季節と土地が立ち上がる。数寄屋の室礼のなかで供される料理は、器も間合いも含めて一つの作法として整えられている。
集約された評価が映すこの宿の像
公開レビューデータを集計したところ、つるやに対しては、建物の風格と湯の質、そして静けさへの評価が一貫して高いことが確認できる。数寄屋造りの空間に身を置く満足、源泉かけ流しの湯の柔らかさ、そして喧噪から離れた田園の宿という点が、繰り返し支持の対象となっている。一方で、こうした宿は華やかな大型旅館の賑わいや、館内に多彩な施設を求める滞在とは性格を異にする。建物と湯そのものを味わう旅にこそ、この一軒は応える。
立地と周辺
つるやが立つのは、あわら市温泉。芦原の湯町の中でも、田園の気配を色濃く残す一画である。JR芦原温泉駅からタクシーで約一〇分、北陸自動車道金津インターチェンジからは車で約一五分。北陸新幹線の延伸により、首都圏からの距離もかつてより縮まった。湯上がりに町を歩けば、青田を渡る風と、湯の里らしい湯気の匂いが交わる。近隣には東尋坊や三国湊の町並みもあり、海と田園の双方を一度の旅で味わえる位置にある。
こんな旅人に
- 古い数寄屋建築と、その手仕事の妙を建物ごと味わいたい人
- 自家源泉の源泉かけ流しを、静かな湯処でゆっくり楽しみたい夫婦旅・友人連れ
- 大型旅館の賑わいより、田園に抱かれた格式ある一軒の静けさを選びたい人
- 三国の魚介や越前の蟹など、土地の食材を主目的に旅程を組む人
具体情報
- 創業: 明治十七年(一八八四年)/芦原温泉開湯の翌年
- 客室数: 二五室(露天風呂付き客室あり)
- 建築: 本館は平田雅哉設計施工の数寄屋造り(茶室風・料亭風)
- 源泉: 敷地内三本の湯元/源泉かけ流し
- 最寄り駅: JR芦原温泉駅からタクシー約一〇分(金津ICから車約一五分)
- 食事: 三国港の魚介・越前の山の幸・芦原産コシヒカリ/冬は越前蟹
- 目安価格: 一泊二名 約¥86,000〜¥144,000(一室あたり・通常期)
Media Picks Score
93 / 100 — 評価の内訳: 立地(明治の開湯地・湯町中心)/設備(自家源泉三本・源泉かけ流し)/体験(平田数寄屋の建築と静けさ)/価格感(格式に見合う上位帯)/編集適合度(湯と数寄屋を継ぐ一軒という主題への合致)。

よくある質問
Q. 湯の特徴と効能は?
A. つるやは敷地内三本の湯元から湧く自家源泉を、加水せぬ源泉かけ流しで用いる。芦原の湯は肌に柔らかく馴染む湯質として知られ、長く浸かっても湯あたりしにくいと感じられる。大浴場のほか、露天風呂付きの客室でも湯を楽しむことができる。
Q. 建物の見どころは?
A. 本館は「平田数寄屋」と称された名棟梁・平田雅哉の設計施工による数寄屋造りで、茶室風・料亭風の意匠が館全体を貫く。銘木を用いた客室、坪庭へ開く縁、屋号にちなむ鶴の欄間など、手仕事の妙を建物ごと味わえる点が見どころである。
Q. 食事はどのような内容か?
A. 三国港の魚介、越前の野菜・山菜、芦原産コシヒカリなど、土地の食材を映した料理が供される。冬季は越前蟹が膳の主役となる。数寄屋の室礼のなかで、器も間合いも含めて一つの作法として整えられている。
Q. アクセスは?
A. JR芦原温泉駅からタクシーで約一〇分、北陸自動車道金津インターチェンジから車で約一五分。北陸新幹線の延伸により、首都圏からの所要時間も短縮された。東尋坊や三国湊へも足を延ばしやすい位置にある。
Q. 子連れでも泊まれるか?
A. 数寄屋造りの静けさを旨とする宿のため、滞在の性格は静かな夫婦旅・友人連れに向く。子連れでの利用可否や対応については、館の運営方針が時期により異なるため、宿へ直接確認するのが確実である。
本記事の参考情報
・あわら市観光協会 — 芦原温泉とつるやの観光情報
・Wikipedia: 芦原温泉 — 明治の開湯と湯町の歴史
編集部から
つるやが守り継いできたのは、湯と建物という、宿のもっとも本質的な二つである。明治の開湯から一四〇年余り、災いを越えて代を重ねながら、平田数寄屋の意匠と自家源泉のかけ流しを今に伝える。田植えの済んだ青田が宿を囲むこの季節、軒先に立てば、湯町の格式と田園の静けさが一つに溶け合う。次は、芦原に並ぶもう一軒の老舗、その湯元の系譜を辿ってみたい。あなたが湯宿に求めるのは、賑わいだろうか、それとも静けさだろうか。