新緑の箒川が深い渓に音を立てる、皐月末の塩原温泉郷。大同元年(806年)に開湯したと伝わる十一の湯場が、谷沿いに連なる。県内源泉のおよそ四分の一に当たる百五十余の源泉、湧出量は毎分一万リットルに及び、尾崎紅葉や夏目漱石、谷崎潤一郎ら明治・大正の文人がこの渓谷の宿に逗留し、その湯と山気を綴った。本稿は、塩原十一湯のうち泉質の異なる湯を引く宿を、湯場ごとに五軒選んだ。新緑と霧が溶け合う朝、源泉の湯気が立ちのぼる時季である。

# 旅館 湯場 Score 客室 目安価格 1行特徴
1 割烹旅館 湯の花荘 古町温泉 93 12 ¥99–¥202k 全室渓谷向き、料理を主目的に据えた塩原随一の宿
2 松楓楼 松屋 福渡温泉 92 23 ¥51–¥79k 創業140年、十三の趣異なる露天と山川会席を継ぐ宿
3 やまの宿 下藤屋 奥塩原 新湯温泉 90 22 ¥44–¥55k 標高九百米、塩原で唯一の硫黄泉にごり湯
4 明賀屋本館 塩釜・塩の湯温泉 89 35 ¥29–¥37k 延宝二年(1674)創業、鹿股川渓谷へ八十八段下る川岸露天
5 赤沢温泉旅館 大網温泉 88 10 ¥24–¥33k ぬる湯の二十四時間源泉かけ流し、十室の静かな小宿
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※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

1. 割烹旅館 湯の花荘 — 那須塩原市・古町温泉

箒川の渓に向いた十二室、料理を主目的に据えた塩原随一の宿。

Media Picks Score: 93 / 100  12室、和風旅館。

目安価格 ¥99,000–¥202,000 / 泊 (2名1室・通常期)


割烹旅館 湯の花荘 — 塩原・古町温泉 · 箒川の渓に張り出す数寄屋造りの本館
PHOTO: 割烹旅館 湯の花荘 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

「割烹旅館」と名乗るとおり、湯の花荘は料理を中心に据えた宿である。古町温泉のなだらかな崖に張り出した建物は、十二の客室すべてが箒川の渓に面する。湯は加水・加温・循環をいっさい行わない百パーセント源泉掛け流し。夕食は客室か個室で、料理長が膳ごとに料理を運ぶ「板場・客間直送」の形を守る。客数を絞り、湯と食と渓の景を、ひと部屋ずつ深く味わわせる構えが、長く支持を集めている。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、料理の繊細さと品数、客室から見下ろす渓谷の眺め、湯量の豊かさへの言及が際立つ。逆に、急峻な地形ゆえに館内の段差・階段の多さ、立地が箒川沿いで車での到着動線にやや慣れを要する点を、留意事項として挙げる声がある。湯治というより、節目の旅・夫婦の記念旅として選ばれる傾向が、年代を問わず読み取れる。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    料理を主目的に旅程を組む夫婦旅、節目の記念日、源泉掛け流しを湯量も含めて確かめたい温泉好き
  • 向かない:
    階段の上り下りに不安のある人(渓谷沿いで段差が多い)、価格を抑えた湯治目的の連泊、洋食中心の食を望む旅

具体情報

  • 所在地: 栃木県那須塩原市塩原323 (古町温泉)
  • 最寄り駅: JR那須塩原駅からバス約60分、塩原温泉バスターミナル下車
  • 客室数: 12室、全室箒川の渓谷向き
  • 泉質: ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉、100%源泉掛け流し
  • 食事: 夕食は客室または個室、板場直送の会席


2. 松楓楼 松屋 — 那須塩原市・福渡温泉

百四十年の歴史を継ぎ、十三の趣異なる露天を擁する福渡の宿。

Media Picks Score: 92 / 100  23室、和風旅館。

目安価格 ¥51,000–¥79,000 / 泊 (2名1室・通常期)


松楓楼 松屋 — 塩原・福渡温泉 · 創業140年、箒川渓谷に面する露天風呂群
PHOTO: 松楓楼 松屋 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

明治十八年(1885年)創業、福渡温泉に百四十年根を張る老舗である。塩原十一湯のうち福渡温泉は、箒川と鹿股川の合流点に位置し、谷が広く渓の眺めが開けるのが特徴で、松屋はその地形を最大限に活かす。十三の浴槽はすべて泉質と趣が異なり、檜・岩・石組み・露天・半露天と、二日泊まっても入り尽くせない構えになっている。会席は「山川会席」と呼び、栃木の山の幸と海の幸を山菜・川魚・和牛で編み直す。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、湯巡りの自由度と本数の多さ、客室から見下ろす箒川の渓景、夕食の品数と地物の使い方への評価が高い。一方、客室タイプにより新旧の差があり、最も古い棟は造作の時代相応の経年が見られる、との指摘がある。価格帯と歴史性を含めると総合の満足度は高く、年配の常連客と二度目以降のリピーターが厚いことが読み取れる。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    湯巡りを宿の中で完結させたい人、歴史ある旅館の意匠を味わいたい大人旅、福渡温泉の渓の景を愛でる旅程
  • 向かない:
    新築同等の客室設備を求める旅、ペット同伴の旅、五月末から六月初旬以外の渓の景観を期待する人(時季依存が大きい)

具体情報

  • 所在地: 栃木県那須塩原市塩原168 (福渡温泉)
  • 最寄り駅: JR那須塩原駅西口からバス約60分、塩原福渡下車徒歩約4分
  • 客室数: 23室、一部に露天風呂付き
  • 創業: 明治十八年(1885年)
  • 浴槽: 大浴場「福助の湯」「お多福の湯」と複数の露天風呂付客室
  • 食事: 季節替わりの山川会席


3. やまの宿 下藤屋 — 那須塩原市・奥塩原 新湯温泉

標高九百米、塩原で唯一の硫黄泉にごり湯を引く、奥塩原の山宿。

Media Picks Score: 90 / 100  22室、和風旅館。

目安価格 ¥44,000–¥55,000 / 泊 (2名1室・通常期)


やまの宿 下藤屋 — 奥塩原・新湯温泉 · 標高九百米、硫黄泉のにごり湯と山宿の外観
PHOTO: やまの宿 下藤屋 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

下藤屋は塩原温泉郷のうち最も標高が高い、奥塩原・新湯温泉に位置する。塩原十一湯のなかで硫黄泉が自噴するのはこの新湯のみであり、湯はうっすらと白く濁る。「源泉百パーセントかけ流し」を看板に掲げ、湯量・温度の調整に加温・加水を加えない。日本秘湯を守る会の加盟宿であり、平成温泉番付では栃木県第一位の評価を受けたこともある。山宿らしい控えめな佇まいと、にごり湯の存在感が、湯目当ての客を集める。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、湯質そのものへの言及がほぼすべての投稿に現れる。硫黄の香り、湯の白濁、湯上がりの肌触り、夜に何度も入りたくなる温度感が、繰り返し記される。料理は質素を尊ぶ山宿の流儀で、量より素材と滋味を重視する構え。古さの残る箇所は留意点として挙がるが、湯と山気を求める客はそれを欠点と捉えない傾向が、年代を問わず一貫している。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    硫黄泉のにごり湯を本格的に味わいたい湯好き、夫婦の湯治旅、雪の季節も含めて山の静けさを求める旅
  • 向かない:
    観光を中心に置く旅程(中心街から車で約二十分の山中)、洗練された新築感を求める旅、強い硫黄の香りが苦手な人

具体情報

  • 所在地: 栃木県那須塩原市湯本塩原 (奥塩原 新湯温泉)
  • 標高: 約900米、塩原温泉郷の最高所
  • 泉質: 単純硫黄温泉(硫化水素型)、源泉100%かけ流し
  • 客室数: 22室(和室・和洋室・特別室の三種)
  • 系統: 日本秘湯を守る会・加盟宿


4. 明賀屋本館 — 那須塩原市・塩釜(塩の湯)温泉

延宝二年(1674年)創業、鹿股川の渓へ八十八段を下る川岸露天で知られる宿。

Media Picks Score: 89 / 100  35室、和風旅館。

目安価格 ¥29,000–¥37,000 / 泊 (2名1室・通常期)


明賀屋本館 — 塩原・塩の湯温泉 · 鹿股川渓谷の懸崖に建つ三百五十年の老舗旅館
PHOTO: 明賀屋本館 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

明賀屋本館は、塩釜・塩の湯温泉の谷底に立つ。創業は延宝二年(1674年)、徳川四代将軍家綱の時代に遡る。建物は鹿股川の渓谷上に懸け造りで張り出し、名物の川岸露天風呂は、館から木造の階段を八十八段下りた川面のすぐ脇に湧く。塩釜温泉は鉄分とナトリウム塩化物を多く含む泉質で、湯は淡い緑褐色を呈する。三百五十年の歴史を一軒の宿で継承していること自体が、塩原の温泉文化の核を成す。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、八十八段を下る川岸露天への到達体験を、肯定的に記す投稿が大勢を占める。湯そのものよりも、渓と湯が一体となった場の力への言及が際立つ。一方、階段の上り下りに体力を要する点、建物が長い歴史を経た老舗ゆえに新築の利便を期待すると差がある点が、留意事項として挙がる。湯治型・歴史巡礼型の旅人に向く一軒。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    川岸の野趣ある露天を体験したい湯好き、江戸期創業の老舗の佇まいを味わいたい旅、価格を抑えた一泊で渓の景を満喫したい人
  • 向かない:
    階段の上り下りが負担になる人(八十八段の急階段あり)、近代的なホテル感覚を求める旅、雨天連続後の増水期(川岸露天が制限される場合あり)

具体情報

  • 所在地: 栃木県那須塩原市塩原353 (塩釜・塩の湯温泉)
  • 創業: 延宝二年(1674年)、およそ三百五十年
  • 客室数: 35室
  • 名物: 鹿股川「川岸露天風呂」、館から八十八段下る
  • 泉質: ナトリウム・カルシウム-塩化物泉


5. 赤沢温泉旅館 — 那須塩原市・大網温泉

大網温泉のぬる湯を二十四時間掛け流す、十室の静かな小宿。

Media Picks Score: 88 / 100  10室、和風旅館。

目安価格 ¥24,000–¥33,000 / 泊 (2名1室・通常期)


赤沢温泉旅館 — 塩原・大網温泉 · 箒川と赤沢の合流近く、ぬる湯の源泉掛け流しの宿
PHOTO: 赤沢温泉旅館 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

大網温泉は塩原十一湯のうち、箒川と赤沢が合流する手前の、最も下流寄りの湯場である。赤沢温泉旅館はそこに立つ十室の小宿で、源泉温度が低めの「ぬる湯」を、二十四時間かけ流す。塩原は熱め・短時間入浴の宿が多い湯場のなかで、長湯・連続入浴を旨とする赤沢の構えは際立つ。看板猫が居り、暖炉とこたつで湯上がりを過ごし、地物の食材と中華粥の朝食が出る——湯治と日常的な静養を、控えめな価格帯で両立させている。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、ぬる湯への滞留時間の長さと、湯上がりに身体が冷めにくい余韻への言及が際立つ。十室の規模ゆえに大浴場の混雑がなく、夜中の入浴も気兼ねない。一方、料理は割烹宿のような華やかさはなく、素材本位の構えである旨を、肯定的に受け取る読者と物足りなく感じる読者に分かれる。連泊向きの宿である。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    長湯派の湯好き、夫婦・友人連れの連泊型湯治旅、十室の静けさを優先する旅
  • 向かない:
    熱めの湯を好む人、料理を旅の主目的に据える旅、観光を中心とした一泊の慌ただしい旅程

具体情報

  • 所在地: 栃木県那須塩原市 (大網温泉)
  • 客室数: 10室、小規模の静かな宿
  • 泉質: ぬる湯の源泉掛け流し、24時間入浴可
  • 食事: 地元食材中心の和食、朝食に中華粥
  • 滞在スタイル: 連泊・湯治向き


よくある質問

Q. 塩原温泉郷のベストシーズンはいつですか?

A. 新緑と霧が溶け合う五月末から六月初旬、紅葉が箒川の渓を染める十月下旬から十一月初旬、雪の積もる一月から二月の三季が、編集部が推す時季である。五月末は本稿の主題でもあり、湯気と新緑が最も濃く、文豪が「塩原は皐月に限る」と書き残した時季にあたる。

Q. 塩原十一湯とは何ですか?

A. 大同元年(806年)に元湯が開湯したとされ、その後、箒川の渓沿いに十一の湯場が連なって発展した。本稿で取り上げた古町・福渡・新湯・塩釜(塩の湯)・大網のほか、元湯・畑下・門前・中塩原・須巻・上塩原を加え、十一湯と呼ぶ。湯場ごとに泉質・温度・色が異なる。

Q. アクセスは?

A. JR東北新幹線・那須塩原駅からJRバス関東「塩原温泉行」で約60分、塩原温泉バスターミナルまでが最速の動線である。古町・福渡・畑下は本通り沿い、塩釜・大網・新湯は本通りから渓へ折れる支線へ入る。新湯方面は本通りから車で約20分。

Q. 文豪が逗留した宿はどれですか?

A. 福渡温泉と古町温泉の宿には、明治・大正期に夏目漱石・尾崎紅葉・谷崎潤一郎・与謝野晶子らが逗留した記録が複数残る。本稿の松楓楼 松屋は福渡で当時から続く一軒であり、明賀屋本館は江戸期創業のため江戸後期から明治の文人を迎えてきた歴史を持つ。

Q. 子連れでも泊まれますか?

A. 五軒のうち、松楓楼 松屋は客室数が多く家族連れの受け入れに慣れている。湯の花荘・赤沢温泉旅館は静養を旨とする宿のため、小学生未満は要相談、または受け入れていない時期がある。下藤屋・明賀屋本館は階段の多い地形のため、未就学児連れは予約時に確認することが望ましい。

本記事の参考情報

なすしおばら観光NAVI — 那須塩原市観光局による塩原温泉郷の公式案内
Wikipedia: 塩原温泉 — 塩原十一湯の歴史・泉質・文学的背景の概観
日本秘湯を守る会 — 加盟宿の温泉文化の継承活動

編集部から

塩原十一湯は、ひとつの渓に沿って泉質の異なる湯場が連なる、日本でも稀な構造を持つ。本稿で選んだ五軒は、湯場・泉質・規模・価格帯のいずれも重なりが少なく、宿選びは湯選びでもあることを伝えるための布陣である。五月末の塩原は、新緑が渓の岩を覆い、朝霧と湯気の境界が解ける時季にあたる。次に書きたいのは、紅葉に染まる十月末の塩原、あるいは雪に閉ざされる二月の新湯の湯治話である。読者には、湯場ごとに二泊を分けて巡る滞在の組み方を、一度試してみてほしい。

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