梅雨明けの山中温泉は、鶴仙渓の谷あいに冷気が立ち、こおろぎ橋の杉木立に蝉時雨が満ちる季節です。石川県加賀市の山中温泉は、奈良期に行基がひらいたと伝わり、松尾芭蕉が『おくのほそ道』で逗留して有馬・草津と並べて扶桑三名湯と讃えた湯場で、平安末期には長谷部信連が十二軒の湯宿を整えたとも伝わります。芒硝泉のやわらかな湯と、山中塗の漆器、九谷の食器を継ぐ宿を主語に、千三百年にわたって谷の湯場が湯を分け合ってきた姿を、五軒の現代に映します。

# 宿 エリア Score 客室 目安価格 1行特徴
1 こおろぎ楼 加賀市山中温泉 95 7 ¥119–¥176k こおろぎ橋の袂、谷からの冷気が客室まで届く七室の宿。創業百有余年、編集部が真っ先に推したい山中の一軒
2 山中温泉 かよう亭 加賀市山中温泉 93 10 価格データなし 十室すべてに谷の景色。文人が逗留してきた山の宿として、編集部が二番目に推す一軒です。
3 胡蝶 加賀市山中温泉 92 10 ¥108–¥155k 河鹿町の書院造の十室。山中塗と九谷を主役にする加賀懐石の宿として、確かな一軒です。
4 吉祥やまなか 加賀市山中温泉 91 44 ¥53–¥80k 鶴仙渓沿いに四十四室。湯と料理と街歩きを一度に組める、山中の中規模名門。
5 花紫 加賀市山中温泉 89 27 ¥107–¥223k 創業1902年、二十七室。山中塗と九谷を客室に据える、加賀の漆陶を継ぐ宿。
↕︎ 地図右下の角をドラッグすると高さを調整できます

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

1. こおろぎ楼 — 加賀市山中温泉

こおろぎ橋の袂、谷からの冷気が客室まで届く七室の宿。創業百有余年、編集部が真っ先に推したい山中の一軒です。

Media Picks Score: 95 / 100  7室、1898年創業。

目安価格 ¥119,000–¥176,000 / 泊 (2名1室・通常期)


こおろぎ楼 — 加賀市山中温泉こおろぎ町 · 創業百有余年、七室のみやこわすれの宿
PHOTO: こおろぎ楼 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

宿は七室。すべての客が同じ湯、同じ料理、同じ静けさを分け合います。鶴仙渓の岸に石垣を組み、こおろぎ橋を間近に望む立地は他に代えがたく、夜が更けると、谷の水音と虫鳴のほかは何も聞こえなくなります。山中温泉の芒硝泉を引き、館内すべてかけ流し。明治期からの建物と現代の手入れが、ちょうど良い濃度で混ざっています。

集約レビューの傾向

集約された宿泊者の評価では、料理、湯、寛ぎのいずれもが高い水準で揃っています。とくに食事の評価が抜けて高く、献立の組み立ての丁寧さ、器の使い方への言及が多い傾向です。一方で立地が谷の奥にあたるため、車を使わない旅程の場合は送迎の手配を前提に考えるとよいでしょう。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    記念日・夫婦旅、静けさを優先する客、料理と器を主目的にする客
  • 向かない:
    幼児連れ家族(七室の小宿で動線が静か)、観光地巡りで宿に戻る時間が短い旅程、洋食中心の食を望む客

具体情報

  • 最寄り駅: JR加賀温泉駅からタクシー約25分(送迎要事前予約)
  • 客室数: 7室(こおろぎ橋畔、谷側)
  • 湯: 山中温泉芒硝泉、館内全浴室かけ流し
  • 食事: 加賀の食材を主とした懐石、夕朝食ともに館内
  • 創業: 明治期、屋号「こおろぎ楼」を継いで百有余年


2. 山中温泉 かよう亭 — 加賀市山中温泉

十室すべてに谷の景色。文人が逗留してきた山の宿として、編集部が二番目に推す一軒です。

Media Picks Score: 93 / 100  10室、1966年創業。


山中温泉 かよう亭 — 加賀市山中温泉東町 · 1966年創業、十室の山の宿
PHOTO: 山中温泉 かよう亭 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

宿は十室。広間も内湯も、客の数に対して十分にゆとりがあります。1966年の創業以来、家族経営を貫き、料理は当主の手によります。建物は数寄屋の意匠で、廊下は外気を取り込む半屋外の渡りが残り、夜に行灯を点すと、谷からの冷気と湯気が一緒に届きます。山中温泉の街なかからは少し離れた山側に位置し、ここを目的に訪れる客が多い宿です。

集約レビューの傾向

集約された評価は、料理と接客に対する強い満足が中心です。当主と若女将の語り、献立の組み立ての細やかさへの言及が繰り返し見られ、滞在を「静けさ」として記憶する客が多い傾向です。チェックイン時間が早めに設定されているため、午後の時間を宿でゆっくり過ごす客に向いた運営です。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    料理と器を主目的にする客、静けさを優先する夫婦旅、文人的な滞在を好む客
  • 向かない:
    夜に外出して街を歩きたい旅程、子連れ家族(食事処や動線が大人向け)、低価格を優先する客

具体情報

  • 最寄り駅: JR加賀温泉駅から送迎あり(要予約)
  • 客室数: 10室(全室谷側、数寄屋造り)
  • 湯: 山中温泉芒硝泉、内湯・露天とも自家湧出
  • 食事: 加賀懐石、当主の指揮による献立、夕朝食ともに館内
  • 創業: 1966年(昭和41年)、家族経営


3. 胡蝶 — 加賀市山中温泉

河鹿町の書院造の十室。山中塗と九谷を主役にする加賀懐石の宿として、確かな一軒です。

Media Picks Score: 92 / 100  10室、1958年創業。

目安価格 ¥108,000–¥155,000 / 泊 (2名1室・通常期)


山中温泉 胡蝶 — 加賀市山中温泉河鹿町 · 書院造、十室の加賀懐石宿
PHOTO: 胡蝶 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

宿は十室。書院造の建物に庭、湯、料理が無理なく配置されています。河鹿町は山中温泉のなかでも鶴仙渓の上流側にあたり、街の喧騒からは一歩離れた静かな一角です。料理は加賀懐石を本筋に置き、夕食では九谷の絵付けの皿、煮物椀は山中塗の漆器という分業が徹底されています。湯は山中温泉芒硝泉、加水加温なしで館内全浴室に行き渡る源泉量を確保しています。

集約レビューの傾向

集約された評価では、料理の構成と器の扱いに対する満足が突出して高い傾向です。書院の意匠と庭への評価も高く、建物そのものを楽しむために再訪する客が多い宿です。一方で客室には段差が残るため、足元に不安のある客は事前に部屋タイプを相談するとよいでしょう。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    加賀懐石と器を目的にする客、書院建築を好む客、夫婦・友人連れの静かな滞在
  • 向かない:
    幼児連れ家族(建物に段差あり)、洋食中心の食を望む客、車椅子・歩行補助が必要な客

具体情報

  • 最寄り駅: JR加賀温泉駅からタクシー約20分(送迎あり、要予約)
  • 客室数: 10室(書院造、庭・川いずれかに面す)
  • 湯: 山中温泉芒硝泉、館内全浴室かけ流し
  • 食事: 加賀懐石、九谷焼・山中塗の器を分業
  • 創業: 1958年(昭和33年)、河鹿町


4. 吉祥やまなか — 加賀市山中温泉

鶴仙渓沿いに四十四室。湯と料理と街歩きを一度に組める、山中の中規模名門。

Media Picks Score: 91 / 100  44室、1963年創業。

目安価格 ¥53,000–¥80,000 / 泊 (2名1室・通常期)


吉祥やまなか — 加賀市山中温泉東町 · 鶴仙渓沿いの中規模名門宿
PHOTO: 吉祥やまなか — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

宿は四十四室で、本記事の中では最も規模が大きい一軒です。それでもなお名門と呼ぶに足る理由は、湯量、料理長の指揮、鶴仙渓に直接面する立地の三点に集約できます。客室は谷側中心で、露天風呂付き客室、貸切風呂、本格的なスパも備え、湯場としての多様性を一軒のなかで完結できます。山中温泉の中心街、こおろぎ橋・あやとりはし・芭蕉堂までいずれも徒歩圏です。

集約レビューの傾向

集約された評価では、料理、湯、立地の総合バランスへの満足が高い傾向です。とくに鶴仙渓の眺望が得られる客室と、夕食の構成への言及が多く、宿の規模を活かしたサービスの安定感への評価も見られます。一方で大型宿ゆえに食事処やロビーが繁忙時間帯は混みやすく、静けさを最優先する旅程には別の小宿が向くでしょう。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    夫婦・友人連れで湯と料理と街歩きを一度に組みたい客、露天風呂付き客室を希望する客、車椅子・歩行補助が必要な客
  • 向かない:
    七室規模の絶対的な静けさを求める客、観光をせず宿に籠もりたい客

具体情報

  • 最寄り駅: JR加賀温泉駅から送迎バス約15分
  • 客室数: 44室(うち露天風呂付き客室あり)
  • 湯: 山中温泉芒硝泉、内湯・露天・貸切・スパ
  • 食事: 加賀料理と鉄板焼の選択制、夕朝食ともに館内
  • 創業: 1963年(昭和38年)、山中温泉東町
  • 価格帯: ¥53,000–¥80,000 / 泊(2名1室・通常期)


5. 花紫 — 加賀市山中温泉

創業1902年、二十七室。山中塗と九谷を客室に据える、加賀の漆陶を継ぐ宿。

Media Picks Score: 89 / 100  27室、1902年創業。

目安価格 ¥107,000–¥223,000 / 泊 (2名1室・通常期)


山中温泉 花紫 — 加賀市山中温泉東町 · 山中塗と九谷を継ぐ料理宿
PHOTO: 花紫 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

宿は二十七室で、客室はすべて谷側を向きます。料理は通常の宿の倍に近い数の料理人を置き、素材本来の味を最大限引き出す方針と伝わります。器は山中塗の漆器と九谷焼を主役に据え、客室には現代美術と工芸品が配されたギャラリー、茶ラウンジを備えます。山中温泉の中心からはわずかに離れた位置にあり、宿そのものを目的に滞在する客に向いた構成です。

集約レビューの傾向

集約された評価では、料理、器、客室の眺望に対する高い満足が継続的に見られます。建物全体を一つの工芸空間として体験する客が多く、滞在を通じて加賀の漆陶文化に触れたい客に向いています。価格帯は本記事のなかでも上位に位置し、特別な記念のための一軒として選ばれる傾向が強い宿です。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    記念日・特別な滞在を計画する客、加賀の漆陶と料理を主目的にする客、現代美術と工芸を好む客
  • 向かない:
    低価格を優先する客、子連れ家族(大人向けの動線)、短時間の立ち寄り滞在

具体情報

  • 最寄り駅: JR加賀温泉駅から無料送迎(12:00〜18:00、要事前予約)
  • 客室数: 27室(全室谷側)
  • 湯: 山中温泉芒硝泉、内湯・露天・貸切
  • 食事: 加賀懐石、料理人を通常の倍規模で配置、夕朝食ともに館内
  • 創業: 1902年(明治35年)、山中温泉東町
  • 価格帯: ¥107,000–¥223,000 / 泊(2名1室・通常期)


よくある質問

Q. 山中温泉のベストシーズンはいつですか?

A. 梅雨明けから盛夏が、鶴仙渓の水音、河鹿蛙の鳴き声、谷からの冷気を含めて山中の湯場を最も豊かに体験できる季節です。秋は紅葉、冬は雪見、春は新緑と、四季それぞれに表情がありますが、芒硝泉の湯のやわらかさを最も実感しやすいのは外気温が下がる晩秋から初冬と、編集部は考えます。

Q. 加賀温泉郷のなかで、山中温泉を選ぶ意味は?

A. 加賀温泉郷は山中・山代・片山津・粟津の四湯からなり、いずれも独自の湯質と街の表情を持ちます。山中温泉は鶴仙渓の谷地形に細長く街が広がり、共同湯(菊の湯)と山中塗・九谷焼の工芸文化が日常のなかに残る点で、他の三湯とは明確に異なる空気を持っています。芭蕉が逗留し三名湯と讃えた歴史を辿るなら、山中が最も直接的な選択肢です。

Q. 予約のタイミングは?

A. 小宿(七〜十室規模)は週末・連休が三〜六ヶ月前から埋まり始めます。記念日利用での予約が多いため、特定の客室を希望する場合は早めの問い合わせが現実的です。中規模宿は一〜二ヶ月前でも空きが見つかることが多く、平日であればさらに直前でも対応可能な範囲が広がります。

Q. 子連れでも泊まれますか?

A. 本記事で取り上げた五軒は、いずれも大人の静かな滞在を主に設計された宿で、幼児連れには動線・食事処の構造とも向きません。山中温泉で家族連れに向くのは、別記事で扱う中〜大型宿や、客室食を選べる宿になります。

Q. 山中温泉へのアクセスは?

A. 北陸新幹線「加賀温泉駅」から、各宿の送迎、またはタクシーで15〜25分です。レンタカーなら金沢駅から北陸自動車道経由で約1時間。空路の場合は小松空港から車で約30分が標準です。

本記事の参考情報

加賀温泉郷公式観光サイト「たびまちネット」 — 加賀温泉郷の公式観光情報
ほっと石川旅ねっと — 石川県観光連盟の公式観光情報
Wikipedia: 山中温泉 — 開湯伝説・芭蕉逗留・湯質などの背景情報

編集部から

五軒に通底するのは、山中温泉の芒硝泉と、山中塗・九谷焼の二つの工芸を、規模を抑えた運営のなかで継承していこうとする姿勢です。こおろぎ楼の七室、かよう亭の十室、胡蝶の十室、花紫の二十七室、吉祥やまなかの四十四室と、客室数には三倍以上の幅がありますが、湯と料理と器に向き合う密度には、規模を超えた共通点が見えます。次は、別記事として、加賀の名工が手がける山中塗・九谷焼の漆陶を本格的に体験できる宿、もしくは、芭蕉が辿った『おくのほそ道』ゆかりの湯宿を、北陸三県で続けて取り上げたいと考えています。

次に読むなら

[校閲エージェントが関連 Yadolist 記事を挿入します]