盛夏の会津、湯川の瀬音に夕涼みの気配が立ち、背あぶり山の稜線に積乱雲が湧く頃である。会津若松城下の奥座敷、東山温泉。古くは行基開湯と伝えられ、千三百年の歳月を経た湯場の中ほどに、湯川の渓を抱くようにして木造の宿が立っている。創業明治六年、向瀧。会津藩指定の保養所「きつね湯」を引き継いだ宿であり、戊辰の戦火と城下の盛衰を見つめてきた数寄屋造りの一軒として、編集部は本稿で取り上げる。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
1. 向瀧 — 福島県会津若松市・東山温泉
湯川の渓に建つ木造の数寄屋、創業明治六年。登録有形文化財制度の第一号として登録された宿である。
24室、純和風数寄屋造り。
目安価格 ¥62,000–¥73,000 / 泊 (2名1室・通常期)

歴史と建築
湯川を一本隔てて会津若松城下を望む湯本の地で、向瀧は明治六年に開かれた。前身は会津藩指定の保養所「きつね湯」で、明治六年に平田家が引き継いで旅館として創業した。建物は木造二階建てで、明治後期・大正初期・昭和十年以降の三期にわたって建てられ、玄関・はなれ・客室棟二棟が登録有形文化財として、現役の宿のまま登録を受けている。中庭を囲む雁行配置、磨き上げられた漆塗りの廊下、欄間の透かし彫りに、明治の旅館建築が日常の所作の中で保たれてきた手の跡が、いまも見える。
湯と棟内の時間
湯は自然湧出の自家源泉で、浴室は熱めの「きつね湯」とぬるめの「さるの湯」。前者は白御影石で縁取った浴槽を六角形のタイルが囲む湯殿、後者は大理石の浴槽に伊豆石を貼った浴室で、いずれも加水・加温・循環なしの源泉かけ流しである。湯の流れる音、湯気の上がる障子戸、湯殿に差す朝の光が、いずれも一棟の旅館建築のなかに収められている。客室は二十四室。中庭に面した本館の角部屋では、夏は蛍、秋は紅葉、冬は雪の積もる軒先を、夕暮れの行灯越しに眺めることになる。階段の踏み板、欄間の格子、床の落とし掛けにいたるまで、職人の手の入った木の調子が部屋ごとに違う。
食卓と会津の素材
夕食は会津の郷土料理を主に据える。鯉のたたきや鯉の甘煮、こづゆ、にしんの山椒漬けといった会津の味の系譜が、季節の鮎や会津地鶏、山里の野菜とともに膳に並ぶ。エビ・カニ・マグロといった海の食材は使わず、米は会津産のコシヒカリ、酒は宿のオリジナル純米酒「美酒佳肴」を揃え、土地の食材で会津の四季を語る献立が組まれている。膳は基本的に客室での提供で、給仕の所作と座敷の静けさが、料理そのものと等しい比重で味わいの一部を成している。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計したところ、当該の宿には建築の保存度合いと女将を中心とした接客への評価が集中する。木造旅館の温度・湿度の取り扱い、季節ごとの設えの替え、湯殿の清潔さに対する高い評価が多数を占め、料理面では会津郷土料理の組み方と量の塩梅、地酒の品揃えに対する継続的な支持が読み取れる。一方で、文化財建築であるがゆえの段差・廊下の傾き・古い障子戸の音などには好みが分かれる傾向もあり、近代化されたホテル設備を期待する読者層には合いにくい面がある。客層は記念日・夫婦旅・温泉文化に造詣のある中高年層が主軸を成している。

立地と東山の地勢
東山温泉は、会津若松城(鶴ヶ城)の城下から東の山あいにある。湯川が背あぶり山の麓を削るようにして城下に流れ出す手前の渓を、湯本の集落が片岸に並んで支えている。向瀧はその渓のいちばん深い屈曲部に建ち、客室・湯殿・庭がすべて川の音の届く位置にある。鶴ヶ城・飯盛山・七日町通りの会津若松観光は車で十分から十五分、磐越自動車道の会津若松ICからも同程度。初秋は会津まつり、冬は雪見の渓が、それぞれ一泊の理由を作る。
向く人 / 向かない人
-
向く:
明治の木造旅館建築をそのまま味わう旅、夫婦・気の置けない友人連れの記念日、会津郷土料理を本筋で食べたい人、温泉文化の歴史背景を語れる宿を選びたい中高年層 -
向かない:
段差や廊下の傾きが気になる人、近代設備(広い洋室・洋食ビュッフェ・全室同質のホテル設備)を望む旅、小さな子連れで走り回る家族旅、深夜まで館内活動をする旅程
具体情報
- 所在: 福島県会津若松市東山町湯本川向200
- 創業: 1873年(明治六年)— 創業153年
- 客室数: 24室(本館・新館の数寄屋造り)
- 湯: 自然湧出の自家源泉。大浴場「きつね湯」「さるの湯」と無料の貸切家族風呂、加水・加温・循環なしの源泉かけ流し
- 文化財登録: 国の登録有形文化財(玄関・はなれ・客室棟2棟、1996年登録の第一号)
- 食事: 朝・夕ともに客室出しを基本、会津郷土料理の会席
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
- アクセス: JR会津若松駅からタクシー約15分、磐越自動車道 会津若松ICから約15分

よくある質問
Q. 東山温泉の湯はどのような泉質ですか?
A. 向瀧の湯は無色透明の硫酸塩塩化物泉で、自然湧出の自家源泉を加水・加温・循環なしでかけ流している。大浴場は熱めの「きつね湯」とぬるめの「さるの湯」の二つで、温度の違う湯触りを楽しめる。
Q. 予約のタイミングはいつ頃が現実的ですか?
A. 客室24室の小規模な宿で、土曜・連休・紅葉や雪見の時期は早くから埋まりやすい。公式サイトの予約状況は3か月先まで表示されるため、記念日など日程の決まった旅は、公開され次第押さえるのが現実的である。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 木造の文化財建築で段差・階段・古い障子戸の音が随所にあるため、走り回る年齢の子連れには合いにくい。幼児を伴う場合は宿に事前相談のうえ、滞在の所作を理解した家族旅としての利用が現実的である。客室での会席提供のため、食事の場の静けさを共有できることが前提となる。
Q. 食事のアレルギーや嗜好への対応は?
A. 客室出しの会席を基本とし、会津郷土料理の流れを尊重した献立構成のため、洋食メインやビュッフェの希望には合わない。アレルギーや苦手な食材は、予約時に宿へ相談しておくのが確実である。
Q. アクセスと駐車場は?
A. JR会津若松駅からタクシーで約15分、磐越自動車道 会津若松ICからも約15分。鶴ヶ城・飯盛山・七日町通りまでは車で10〜15分。駐車場は向瀧専用駐車場があり、到着後は係員が玄関前から移動して駐車する。
本記事の参考情報
・福島県観光物産交流協会 — 会津・東山温泉の地域観光情報
・Wikipedia: 東山温泉 — 開湯と歴史の背景
・文化庁 国指定文化財等データベース — 登録有形文化財制度
編集部から
会津の東山に、明治以来の木造建築を現役の旅館として日常的に動かし続けている一軒があるという事実が、本稿の主題である。文化財制度に拠らずとも、宿は宿として代を重ねることでしか伝わらない所作と建築の保存形態がある。盛夏の渓、初秋の月、初冬の雪、いずれの季節にも、向瀧は会津の湯場の中心に静かに残り続けている。次は同じ会津の奥座敷から少し外れた、芦ノ牧温泉や湯野上温泉の老舗を訪ねる稿を準備している。会津という土地が宿を作り、宿が会津という土地を作ってきた相互の関係を、引き続き辿る予定である。