処暑の候、置賜盆地に夕靄が降りるころ、赤湯の湯はいっそう深く色を沈める。山形県南陽市、烏帽子山の裾に佇む「上杉の御湯 御殿守」は、米沢藩主・上杉家の別荘「赤湯御殿」の名跡を継いで三百八十余年を数える一軒である。湯を守る役職名を宿の名に戴き、石岡家が代々その暖簾を継いできた。上杉藩ゆかりの湯治湯として何を守り、晩夏の置賜にどんな時間が流れるのか。単館の来歴を、湯と建物と食から丁寧にたどってみたい。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。Media Picks Score は公開レビューデータを集計し、立地・規模・設備の編集評価を加えて算出しています。


上杉の御湯 御殿守 — 山形・南陽市赤湯温泉 · 蔵王の安山岩を刳り抜いた大石風呂に夕闇と湯気が満ちる露天
PHOTO: 上杉の御湯 御殿守 — 公式サイトを見る →

烏帽子山八幡宮の石段を仰ぐ湯の郷に、上杉家の御殿湯の名を継ぐ一軒。湯と建物が、藩政の記憶をそのまま宿している。

Media Picks Score: 84 / 100  料理旅館。

目安価格 ¥52,000–¥70,000 / 泊 (2名1室・通常期)

湯の郷・赤湯と、上杉家の御殿湯

赤湯温泉のはじまりは古い。今から九百三十年ほど前、寛治7年(1093年)、源義家の弟・義綱が出羽の乱を鎮める折、草刈八幡の告げによって湯を掘り当てたと伝わる。傷ついた兵を湯に沈めると血で湯が深紅に染まり、以来この地は「赤湯」と呼ばれた。出羽三山の登拝者、近隣の鉱夫や馬商人が行き交い、羽州街道の宿場町として栄えた湯治郷である。

その湯郷にあって、上杉の御湯 御殿守は伊達藩・上杉藩の御殿湯として伝統を今に伝えてきた。宿の歴史は、謙信公のあと家督を継いだ二代藩主・定勝公の代にさかのぼる。赤湯御殿には赤湯で最も古い源泉「大湯」が併設され、殿様の入る御留湯、上湯、下湯、馬洗いの湯などが分けられていた。この御殿と湯を守る用人の役職名こそ「御殿守(ごてんのもり)」であり、それがそのまま宿の名として今に残る。


上杉の御湯 御殿守 — 資料室「時の倉」 · 上杉家ゆかりの甲冑や書、川中島合戦の屏風を展示する館内の一室
PHOTO: 上杉の御湯 御殿守 資料室「時の倉」 — 公式サイトを見る →

石岡家が継いだ、御殿守の名跡

米沢藩中興の名君・上杉鷹山公は赤湯を殊のほか愛し、画家に命じて丹泉八勝(赤湯八景)を描かせ、その風韻を上杉神社に納めさせた。火災で焼失した赤湯御殿を初代・石岡要蔵が自費で再建し、上杉家赤湯御殿の御殿守に命じられたのは、寛政8年(1796年)8月、鷹山公が四十六歳の折であった。以来、石岡家は代々御殿守を世襲し、十四代にわたってこの名跡を継いできた。明治に入ると上杉家から赤湯御殿そのものを譲り受け、今日に至っている。

藩政の記憶は、館内の資料室「時の倉」に静かに集められている。上杉家の歴史のなかから動乱期、忠臣蔵、藩政改革期の三場面を、書と音声ガイドでたどる趣向で、川中島合戦を映した屏風や甲冑が並ぶ。湯に浸かる前後、藩主が守り継いだ湯の来歴に触れられるのは、この宿ならではの時間である。

全12種の湯めぐりと、日本最大級の大石風呂

湯が、この宿の主役である。掛け流しを含む全12種の風呂を擁し、いずれも湯を毎日入れ替えるため、常に新しい湯に身を委ねられる。大石風呂や升風呂など五つを備える「東湯」、青森ひばの丸太風呂や樽風呂など六つからなる「西湯」を、男女入れ替え制で巡る構成である。

白眉は、南蔵王の山麓から採れた安山岩、通称・蔵王目透き石を刳り抜いた「龍神の湯」。重さは100トン余、縦5メートル・横4メートル・高さ5メートルの原石をそのまま浴槽とした、日本最大級の大石風呂として知られる。西湯の「不忘の湯」は30トン、東湯の「原石風呂」は40トンと、いずれも一枚岩の湯船が続く。露天の岩風呂には天然記念物・玉川産の北投石が沈められ、樹齢450年の青森ひば丸太を用いた湯、直径2.8メートルの源泉樽風呂も据えられている。

湯量は毎分約100リットル。泉質は含硫黄(ナトリウム・カルシウム)塩化物泉で、飲泉もでき、疲労回復や神経痛、慢性皮膚病などに効能があるとされる。殿様気分で名湯を独り占めできる貸切風呂「御殿の湯」は、可憐な一坪庭を眺めながら源泉が滔々と溢れる一室である。


上杉の御湯 御殿守 — 米沢牛と山形の山の幸を盛り込んだ季節の会席膳
PHOTO: 上杉の御湯 御殿守 季節の会席 — 公式サイトを見る →

食材王国・山形の膳と、晩夏の置賜

膳の主役は、やはり本場の米沢牛である。料理長が吟味した山形の魚貝、旬の山菜や野菜を織り込み、季節感を映した和食が供される。処暑を過ぎた置賜盆地は、夏野菜の名残と初秋の実りが重なる時期で、赤湯が育むぶどうから生まれた地元ワインの試飲もこの宿のもてなしのひとつ。到着の折には上杉家伝統の「お着き酒」で迎えられ、梅と桜が競う季節には花見の足湯も設けられる。土地の恵みと藩ゆかりの作法が、湯上がりの膳をいっそう静かなものにしている。

具体情報

  • 所在地: 山形県南陽市赤湯989(烏帽子山公園の麓)
  • 最寄り駅: JR奥羽本線・山形新幹線 赤湯駅からタクシー約5分
  • 湯: 全12種、掛け流しを含む。湯量 毎分約100L
  • 泉質: 含硫黄(ナトリウム・カルシウム)塩化物泉(飲泉可)
  • 入浴時間: 11:30〜24:00 / 04:00〜09:30(男女入れ替え制)、貸切「御殿の湯」15:00〜24:00・06:00〜09:00(要予約・50分2,750円)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
  • 創業: 上杉家別荘「赤湯御殿」を源に三百八十余年、石岡家が寛政8年(1796年)より御殿守を世襲
  • 言語対応: 公式サイトは日本語・英語・繁體中文・簡体中文に対応

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    湯めぐりを目当てにする夫婦・友人連れ、歴史や城下の来歴に関心のある旅、米沢牛を落ち着いて味わいたい二人旅、大浴場の湯量と湯船の意匠を重んじる湯好き
  • 向かない:
    全室客室露天や離れの独立性を求める旅(当館は大浴場と貸切風呂が主体)、洋食中心の食を望む人、宿場町の温泉街らしい賑わいより静寂だけを求める滞在

Media Picks Score

84 / 100 — 上杉藩の御殿湯という他に代えがたい来歴、毎分100リットルの湯量と全12種の湯めぐり、日本最大級の大石風呂という湯の意匠を高く評価した。一方で、集約した公開レビューの傾向を見ると、館の規模ゆえに時期による繁閑の差や設備の年輪が印象を分ける場面もうかがえる。歴史と湯を主目的に据える旅にこそ、この一軒の価値が生きると考える。

よくある質問

Q. 湯の効能や泉質は?

A. 泉質は含硫黄(ナトリウム・カルシウム)塩化物泉で、飲泉もできます。疲労回復、神経痛、リュウマチ、慢性皮膚病、糖尿病などに効能があるとされます。湯量は毎分約100リットル、全12種の風呂は毎日湯を入れ替えており、新しい湯に浸かれるのが身上です。

Q. 貸切風呂はありますか?

A. 「御殿の湯」という貸切風呂があり、一坪庭を眺めながら源泉を独占できます。利用は15:00〜24:00と06:00〜09:00、要予約で1回50分・2,750円です。大浴場の東湯・西湯は男女入れ替え制で、時間帯によって巡る湯が替わります。

Q. 食事はどのような内容ですか?

A. 本場の米沢牛を軸に、山形の魚貝や旬の山菜・野菜を料理長が吟味した季節の和食が供されます。到着時には上杉家伝統の「お着き酒」、赤湯産ぶどうの地元ワインの試飲といったもてなしも用意されています。

Q. アクセスは?

A. JR奥羽本線・山形新幹線の赤湯駅からタクシーで約5分、烏帽子山公園の麓に位置します。東京方面からは山形新幹線で赤湯駅まで直通でき、駅から温泉街までは近く、置賜の里を巡る拠点にも向きます。

Q. 上杉家ゆかりの歴史に触れられますか?

A. 館内の資料室「時の倉」で、上杉家の動乱期・忠臣蔵・藩政改革期の三場面を、書と音声ガイドでたどれます。川中島合戦の屏風や甲冑が並び、御殿守の名の由来や上杉鷹山公と赤湯の関わりを知る一室です。

本記事の参考情報

上杉の御湯 御殿守 公式サイト「御殿守の歴史」 — 創業・上杉家との来歴
南陽市(山形県)公式サイト — 赤湯温泉・烏帽子山公園の地域情報
Wikipedia: 赤湯温泉(山形県) — 温泉の歴史・地理の背景

編集部から

藩主の湯を守る役職を宿の名に戴き、その務めを代々受け継いできた一軒である。晩夏から初秋にかけての置賜盆地は、米沢牛と山の幸、赤湯のぶどうが膳に重なる季節で、日本最大級の大石風呂に身を沈めながら藩政の記憶に触れる時間は、この宿でしか得られない。名湯の系譜をたどる旅を、次はどの湯の郷から始めるか——置賜の湯めぐりは、まだ入口に立ったばかりである。

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