梅雨が明け、蔵王の緑が濃さを増すころ。標高八百八十メートルの湯場に、享保元年から三百年余りを継ぐ一軒がある。山形最古とされる強酸性の白濁湯と、築百年を超える純和風木造の数寄屋を守り続けてきた宿、深山荘 高見屋。冬の樹氷に客が集まるこの里で、湯と建物そのものを静かに見るなら、緑陰の夏こそふさわしい。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。一泊二名利用時の一室あたり料金(税込)です。

享保元年から三百年余り、自家源泉の強酸性硫黄泉と木造の数寄屋を絶やさず継いできた、蔵王高湯の一軒である。
Media Picks Score: 95 / 100 全19室、温泉旅館。
目安価格 ¥55,000–¥78,000 / 泊(2名1室・通常期)
三百年を継ぐ、高湯通りの高台
高見屋の名は、高湯通りという温泉街の細い路地の、もっとも奥まった高台にあることから付けられた。玄関までには二十段ほどの石段があり、車を宿の前まで入れることはできない。築百年を超える純和風木造のため、館内に昇降機はなく、客室へは階段でたどる。この不便さこそが、宿の素性をそのまま語る。
創業は、徳川吉宗が八代将軍に就いた一七一六年、享保元年の十二月。二代目彌平治によって、岡崎家がこの湯宿を開いた。享保の改革の波が地方にも及び、緊縮政治のもとで高湯村の湯宿は経営に苦しんだと、当時の覚書は伝える。その時代をくぐり抜けて家業を継いだ宿が、いまも同じ高台に建っている。
江戸後期、旅人のための木版刷りの冊子「東講商人鑑」には、信頼に足る湯宿として「彌平治」の名が記された。九代目彌平治重知は天保の飢饉を見て、子孫が現状に安んじぬよう、私有地に九千九百九十九本の杉を植えたという。一万本にあえて一本足りぬのは、満足するなという戒めである。安政六年には「庭訓」八項目を遺し、その家宝はいまも当主に受け継がれている。

強酸性の白濁湯を、混じり気なく
蔵王温泉の開湯は千九百年前にさかのぼり、山形では最古の湯と伝わる。古くは「最上高湯」と呼ばれ、蔵王の山中で湧く湯を浴びた随臣の傷が癒えた、という日本武尊の伝説が、その名の由来とされる。湯は、含硫化水素強酸性明ばん緑ばん泉。pH一・九前後という、肌に刺すような強酸性が、この湯の素である。
高見屋は自家源泉を三つ持ち、創業以来三百年、代々この湯を守ってきた。強酸性の硫黄泉は保つことが難しい泉質であり、九つの浴槽すべてに、混じり気なく掛け流される。黒塗りの板塀と太い横梁に囲まれた「長寿の湯」は、歴史ある湯治場の風情をそのまま伝え、酢川のせせらぎを聞く「せせらぎの湯」では、蔵王の天然石を組んだ露天石風呂と檜風呂が湯を受ける。湯は乳白色に濁り、湯口からは硫黄の匂いが立つ。
自家源泉を心ゆくまで味わうなら、貸切風呂「吉備多賀湯」がある。信楽焼の大きな湯舟を据え、五十分三千円で、周りを気にせず湯に身を沈められる。湯を独り占めにするという贅沢が、ここでは数値とともに用意されている。

趣を違える、十九の客室
客室は全部で十九。そのすべてが趣を違え、訪れるたびに違う部屋に泊まれる、と宿は言う。蔵を一棟まるごと改装した離れ「雛蔵」は百十平米。蔵王温泉で唯一、源泉掛け流しの客室露天風呂を備える一室である。フェラーリのデザインを手がけた山形県出身の工業デザイナー、奥山清行が「伝統と革新の調和」を主題に手がけた「離庵山水」は、全室に露天風呂を置き、一階が和室、二階が寝室のメゾネット仕立てで、別荘のような滞在が叶う。
二〇二三年十二月に改装されたコーナー和スイートは五十平米。角部屋に広い和室と寝室、ドレッサールームが連なる。一方で、一般的な和室の広さに整えた「お一人様専用和室」も一室だけ用意され、気楽な一人旅にも宿は門戸を開く。木造旅館らしい段差や階段は残るが、それは古さの不便ではなく、三百年を経た建物に身を置く時間そのものである。
山の味覚と、蔵王牛
食事は、山形の厳選された食材を、郷土の技法と素材本位の調理で仕立てる和会席。基本となる「華の会席膳」は季節ごとに献立を入れ替え、メインには蔵王の風土が育てたブランド牛「蔵王牛」の陶板ステーキが据わる。一日四組限定の名物「すきしゃぶ鍋」は、霜降りの蔵王牛を、鍋の内側ではすきやき、外側ではしゃぶしゃぶで味わう一品である。
酒は、高見屋と同じく創業三百年を超える酒蔵を擁する山形の地酒に、高畠や南陽のワインを合わせる。朝は山形の郷土料理を含む和食膳と、ふっくらと炊いた山形産の米。土地の山の幸を、土地の酒とともに味わう晩餐が、湯のあとに控えている。

集約レビューが映すこの宿の本質
公開レビューデータを集計したところ、この宿への評価は、湯質そのものと、木造建築が湛える空気に集まっている。掛け流しの強酸性硫黄泉と、湯治場の面影を残す浴室への支持が高く、三百年の歴史を背負った静けさを、宿の核と受け止める声が際立つ。一方で、二十段の石段や昇降機のない構造、湯の刺激の強さは、すべての客に等しく向くものではない。湯と建物を主役と心得て訪れるか否かで、この宿の印象は大きく分かれる。そこに迷いのない宿である。
向く人 / 向かない人
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向く:
和の宿と温泉文化に造詣のある四十代以上の夫婦旅、湯質と木造建築そのものを見にゆく旅、樹氷期の喧噪を避けて緑陰の蔵王を静かに歩きたい人 -
向かない:
階段の昇降が難しい人(玄関まで二十段の石段・館内に昇降機なし)、肌の弱い人や乳幼児連れ(pH一・九前後の強酸性泉で刺激が強い)、観光中心で宿に戻る時間が短い旅程
具体情報
- 立地: 蔵王温泉バスターミナルから無料送迎(高湯通り奥の高台、玄関まで石段約20段)
- 客室サイズ: 約30〜110㎡(離れ「雛蔵」110㎡ほか全19室、すべて趣が異なる)
- 湯: 自家源泉3本/浴槽9つに掛け流し/泉質 含硫化水素強酸性明ばん緑ばん泉(pH一・九前後)
- 貸切風呂: 「吉備多賀湯」信楽焼/7:00〜22:00・1回50分 3,000円(当日先着予約)
- 食事: 夕食 華の会席膳(蔵王牛陶板ステーキ)・1日4組限定すきしゃぶ鍋/朝食 山形郷土料理の和食膳
- 創業: 1716年(享保元年)二代目彌平治・岡崎家/創業300年を超える
よくある質問
Q. 湯の効能と、肌への刺激はどの程度ですか?
A. 泉質は含硫化水素強酸性明ばん緑ばん泉で、きりきず・やけど・慢性皮膚病・神経痛・冷え性など幅広い効能が示されています。pH一・九前後の強酸性のため刺激は強く、肌の弱い人や光線過敏症の人、乳幼児には向きません。入浴後は真水で軽く流すとよいとされます。気になる場合は宿に事前確認を。
Q. 食事に蔵王牛は必ず付きますか。アレルギー対応は?
A. 基本の華の会席膳には蔵王牛の陶板ステーキが付き、一日四組限定で名物「すきしゃぶ鍋」へ変更できます。食物アレルギーは可能な限り対応されますが、五日前までに宿へ連絡し、専用シートでのやりとりが必要です。詳細な情報の事前共有が前提となります。
Q. 子連れや年配の家族でも泊まれますか?
A. 玄関まで約二十段の石段があり、築百年超の木造建築のため館内に昇降機はありません。客室へは階段でたどります。足の不自由な人や年配の同行者がいる場合は、事前に宿へ確認することが望まれます。強酸性泉は乳幼児には刺激が強い点も留意したいところです。
Q. アクセスは?
A. 山形駅から蔵王温泉バスターミナルまでバスで約四十分。ターミナルからは宿の無料送迎が利用できます。高湯通り奥の高台に建ち、車を宿の前まで入れられないため、到着時は宿へ電話を入れ、駐車場から案内を受ける流れです。蔵王エコーラインは十一月から四月末まで冬期通行止めとなります。
Q. 夏に訪れる意味は?
A. 蔵王は樹氷の冬に客が集中しますが、盛夏は標高八百八十メートルの涼やかさのなか、エコーラインも通行でき、御釜や高原を歩けます。何より、喧噪を離れて湯質と木造建築そのものを味わうなら、緑陰の夏は編集部が推す時期です。
本記事の参考情報
・蔵王温泉観光協会 — 蔵王温泉の湯場・周辺の観光情報
・山形県観光物産協会 — 山形のエリア・季節情報
・Wikipedia: 蔵王温泉 — 泉質・歴史・地理の背景
編集部から
三百年という時間は、宿の側に都合よく流れたわけではない。享保の改革、天保の飢饉、度重なる大火。そのたびに村は痩せ、湯宿の経営は揺れた。高見屋がいまも同じ高台に建つのは、九千九百九十九本の杉と八項目の戒めを、代々の当主が読み継いできたからにほかならない。強酸性の湯を守り、木造の数寄屋を残し、不便を引き受けてなお建ち続ける——その姿勢こそが、この宿の値打ちである。樹氷を見にゆくのは冬でいい。湯と建物そのものに会いにゆくなら、あなたはどの季節を選ぶだろうか。