梅雨明けの加賀に涼を求めるなら、山中温泉の総湯「菊の湯」の門前に灯る白鷺湯 たわらやを、まず記録しておきたい。鶴仙渓の瀬音がそのまま部屋に届く一軒である。約八百年前、能登の地頭・長谷部信連が家来十二人に湯を再興させた「湯本十二軒」——その十二軒のうち、いまも湯宿として続くのはこの一軒だけだと伝わる。芭蕉が「山中や 菊は手折らじ 湯の匂ひ」と詠み、扶桑の三名湯と讃えた湯場の中心で、渓流沿いに湯を持ち、加賀の会席を継いできた宿の記を、創業と湯量、客室の数を押さえながら淡々とたどる。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。一泊二名利用時の一室あたり料金(税込)です。

白鷺の湯を継ぐ、湯本十二軒の一軒
山中温泉の始まりは、いまから千三百年ほど前、奈良の高僧・行基が薬師如来の導きで湯を見出したという開湯伝説にさかのぼる。その後、兵乱で湯場は荒れたが、平安末の治承のころ、能登の地頭・長谷部信連が、一羽の白鷺が傷めた脚を湯で癒す姿を見て湯を掘り当てた。信連は家来十二人にこの地の湯を再興させ、彼らが営んだ十二軒の宿は「湯本十二軒」と呼ばれた。たわらやは、その十二軒のうち、いまも湯宿として続く唯一の一軒だと伝わる。宿名の「白鷺湯」は、この白鷺の伝承に、そして「たわらや」は、かつて入湯料が米で支払われ、玄関先に米俵が積まれていた往時の姿に由来する。創業八百年という数字が、そのまま加賀の湯場の歴史と重なっている。

菊の湯の門前、鶴仙渓の畔という立地
宿が建つのは、山中温泉の中心・東町。総湯「菊の湯」までは歩いて五分ほどで、湯めぐりの起点として申し分ない。菊の湯は、開湯以来変わらぬ場所に湧く共同浴場で、かつての温泉番付では東の横綱に名を連ねた湯場である。その名は、芭蕉が「山中や 菊は手折らじ 湯の匂ひ」と詠んだ句に拠る。宿の玄関を出れば、大聖寺川が刻んだ鶴仙渓の遊歩道までもやはり五分ほど。あやとりはしからこおろぎ橋まで、渓谷沿いの道が続く。盛夏には、渓の緑が濃くなり、瀬音が涼を運ぶ。館内のガラス張りのラウンジからは、その渓谷の樹々が目の前に迫り、湯上がりの時間を静かに満たしてくれる。
自家源泉、毎分九十リットルの湯
湯が、この宿の背骨である。たわらやの湯は、無色透明で肌当たりの柔らかな自家源泉。泉質は単純温泉(低張性・弱アルカリ性・高温泉)で、湧出量は毎分およそ九十リットル。加水に頼らない源泉かけ流しの湯が、関節痛や冷え、胃腸の不調をやわらげるとされる。渓流沿いに設えた露天風呂と内風呂は「鶴仙」「河鹿」の二つがあり、朝夕で男女が入れ替わる。いずれも大聖寺川の瀬に臨み、湯に身を沈めれば、視界のすぐ先を渓流が流れていく。四十五分単位で使える貸切風呂「菊香」も備わり、二〇二五年十一月にはサウナも新たに加わった。門前の総湯「菊の湯」と、宿の渓流露天。二つの湯を行き来できるのが、この立地の贅沢である。

加賀の会席を継ぐ食卓
膳が、土地の恵みを語る。たわらやの食は、加賀に伝わる会席の流儀を軸に据える。冬から早春には、橋立港に揚がるタグ付きの加能がにが主役となり、加賀野菜が季節ごとに膳を彩る。夏の膳には、渓の涼を映すような一品が並び、加賀の郷土の技で仕立てられる。器と料理、そして湯上がりの膳という時間の設計は、湯宿が長く磨いてきたもてなしの形である。加賀百万石の城下・金沢から南へ下ったこの湯場には、九谷焼や山中塗をはじめとする工芸の土壌が根づき、器のひとつにも土地の手仕事が息づく。食を目当てに湯場を選ぶ旅人にとって、加賀の会席は山中温泉を訪れる確かな理由になる。
四十八室という規模と、静けさの手入れ
たわらやの客室は四十八室。渓谷沿いの湯宿としては相応の規模を持ちながら、館内は喧噪と無縁の落ち着きを保っている。床の間に掛軸と生花を配した和室からは、季節ごとに表情を変える渓谷の緑や紅葉が望め、障子を通した光が畳を静かに照らす。八百年という時間を背負った宿でありながら、湯も設えも、その時々の手入れを怠らずに現在へ届けられている。規模の大きさゆえの利便と、老舗ゆえの静けさ。その二つを両立させているところに、この宿の運営の厚みが表れている。夫婦や気の合う友人との旅で、湯と食と渓谷の景色を、無理のない時間の流れの中で味わうのに向く一軒である。
具体情報
- 所在地: 石川県加賀市山中温泉東町2丁目ヘ-1
- アクセス: JR加賀温泉駅から送迎バス約20分(要予約)/路線バス約40分/タクシー約20分
- 周辺: 総湯「菊の湯」まで徒歩約5分、鶴仙渓遊歩道まで徒歩約5分、こおろぎ橋まで徒歩約15分
- 客室: 全48室(渓谷を望む和室ほか)
- 湯: 単純温泉(低張性・弱アルカリ性・高温泉)/自家源泉かけ流し/湧出量 毎分約90L
- 浴場: 渓流露天+内風呂「鶴仙」「河鹿」(男女入替)、貸切風呂「菊香」(45分3,300円)、サウナ(2025年11月新設)
- 食事: 加賀会席(橋立港の加能がに・加賀野菜ほか、季節替わり)
- 駐車場: 80台(無料)
- 由緒: 湯本十二軒で唯一現存と伝わる約八百年の老舗
Media Picks Score
88 / 100 立地(菊の湯門前・鶴仙渓畔)/湯(自家源泉かけ流し・渓流露天)/食(加賀会席)/規模(全48室)/編集適合度(湯本十二軒の継承)を総合した数値です。公開レビューデータを集計したところ、渓谷沿いの湯と加賀の食への評価が安定して確認された一軒を、盛夏の一泊として編集部が選んでいます。
よくある質問
Q. 湯の効能と泉質は?
A. 泉質は単純温泉(低張性・弱アルカリ性・高温泉)で、無色透明の柔らかな湯です。自家源泉のかけ流しで、湧出量は毎分約九十リットル。関節痛や腰痛、冷え、胃腸の不調をやわらげるとされます。渓流沿いの露天と内風呂に加え、門前の総湯「菊の湯」も歩いて五分ほどで巡れます。
Q. 食事はどのような内容ですか?
A. 加賀に伝わる会席が軸です。冬から早春は橋立港に揚がるタグ付きの加能がにが主役となり、加賀野菜が季節ごとに膳を彩ります。九谷焼や山中塗をはじめとする加賀の工芸の器に、土地の恵みが盛られます。食を目当てに湯場を選ぶ旅にも応えられる献立です。
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 渓谷の緑が濃くなる盛夏は、瀬音が涼を運び、鶴仙渓の遊歩道歩きも心地よい季節です。加能がにを目当てにするなら冬から早春、紅葉なら秋が見頃で、通年で表情を変えます。渓谷の景色と湯を静かに味わいたいなら、編集部は梅雨明けの盛夏を推します。
Q. アクセスは?
A. JR加賀温泉駅から、要予約の送迎バスで約二十分、路線バスで約四十分、タクシーで約二十分です。宿は山中温泉の中心・東町にあり、総湯「菊の湯」や鶴仙渓の遊歩道まで歩いて五分ほど。駐車場は八十台分が無料で用意されています。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 全四十八室と規模があり、和室を中心とした落ち着いた造りのため、家族での滞在にも向きます。貸切風呂「菊香」を使えば、周囲を気にせず湯を楽しむこともできます。詳しい設備や年齢ごとの対応は、宿へ直接確かめることを勧めます。
本記事の参考情報
・山中温泉観光協会 — 山中温泉の歴史・菊の湯・鶴仙渓の観光情報
・Wikipedia: 山中温泉 — 開湯伝説・湯本十二軒・地理の背景
編集部から
白鷺の伝承に始まり、湯本十二軒の一軒として八百年を継いできた宿が、いまも菊の湯の門前に湯気を上げている——その事実そのものが、山中温泉という湯場の来歴を静かに物語っている。渓流沿いの露天に身を沈め、加賀の会席に箸を進め、翌朝は総湯まで湯めぐりに歩く。盛夏の加賀を、瀬音とともに過ごす一泊として、たわらやは確かな輪郭を持っている。継がれてきた湯を、次はどの季節に訪ねるか。菊の香の湯場を、あなたはいつ手繰り寄せるだろうか。
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