最新の Picks
熱海初島と多賀、相模灘を望む客室露天五軒 — 梅雨明けの黒潮と岬の湯
梅雨明けの相模灘を望む、熱海・伊豆山と南熱海・多賀の客室露天(一部は貸切露天)の宿五軒。走り湯を引く高台から波打ち際の小宿まで、湯質と海への向きで選んだ。
川俣と奥鬼怒、栃木最奥の歩いてしか着けぬ湯五軒 — 加仁湯と八丁の湯、原生林の硫黄泉
栃木最奥、川俣から女夫渕、奥鬼怒温泉郷へ。車を降りてなお歩かねば届かぬ硫黄の湯を継ぐ五軒を、湯量と源泉数を添えて辿る。
信州諏訪・上諏訪温泉、御柱の里に代を継ぐ名旅館四軒 — 諏訪湖を望む湯場の現在
夏至前の諏訪湖を望む湯場として、御柱の里に代を継ぐ名旅館四軒を、湯と建物の来歴から選んだ。嘉永の布半、明治の鷺乃湯、大正の油屋——湖畔に根を張る上諏訪温泉の現在を辿る。
縁側という装置 — 旅館の内と外を繋ぐ板間が、いかに季節を呼び込んできたか
梅雨の朝、障子を引くと板間が湿りを帯びている。柱と障子の間に細く渡された縁側は、客間を取り巻きながら、外気と室内の境界を曖昧に保ってきた装置である。群馬・別邸 仙寿庵と神奈川・箱根 弓庵の縁側を参照しつつ、建築史と作法の両面から論じる。
茨城北、袋田と五浦に代を継ぐ名旅館四軒 — 久慈の渓と太平洋を抱く湯場の今
茨城県北の袋田と五浦・平潟。明治・大正・昭和の代を継いだ名旅館四軒を、創業年と土地の文脈とともに編集部が選びました。梅雨入りの青葉と海霧の今、関東圏で未踏感のある湯場をたどります。
山陰浜田と益田、夏のノドグロと白いかを待つ食通宿四軒 — 石見の漁港に建つ料理長の宿
梅雨の合間に旬を迎えるノドグロと白いか。島根県西部・浜田と益田で、漁港と山あいに身を寄せる料理重視の宿を四軒、編集部が選んで紹介する。
酸ヶ湯、八甲田の麓に二百八十年続く湯治場の一軒 — 千人風呂と総ヒバ造りの今
八甲田山西麓・標高約九〇〇m。寛永元年から続くと伝わる湯治場、酸ヶ湯温泉旅館。総ヒバ造り百六十畳のヒバ千人風呂、四源泉同居、国民保養温泉地第一号——湯と建物そのものを主語に据え、湯守が継いできたものを読み解く。
湯西川と川治、鬼怒源流の湯宿五軒 — 平家落人の谷と単純温泉の作法
鬼怒川源流の湯西川・川治・川俣の湯宿五軒。平家落人伝承の本家伴久(1666年創業)、揚羽、上屋敷 平の高房、川治の花の宿 松や、川俣の国民宿舎 渓山荘。湯治場の系譜を継ぐ宿を編集部が紹介する。
京都下京、本願寺門前に明治から続く一軒 — 町家造りの旅籠と数寄屋の客間
東本願寺の御影堂前、明治四十四年から続く十室の料理旅館。京会席と朝食、両本願寺を歩いて巡れる門前立地。Yadolist 編集部が一軒だけ取り上げる、京都下京の旅籠の系譜。
湯河原と伊豆山、相模灘を望む五軒 — 万葉の歌枕に湧く塩化物泉の作法
湯河原は万葉集に詠まれた古湯、伊豆山は走湯権現の門前湯場。塩化物泉を継ぐ湯宿五軒を、湯量と源泉、建物の来歴で辿る。
万座と草津、標高に涼を求める客室露天四軒 — 高山の湯で過ごす盛夏
万座温泉と草津高原、奥嬬恋温泉から、客室露天を備えた湯宿四軒を地図に配する。麓との気温差は約十度、盛夏でも朝湯には薄手の長袖が要る、標高に湯がある稀有な土地のための一稿。
木曽路、離れに二泊して梅雨明けを待つ三日間 — 妻籠・奈良井・赤沢自然休養林
中山道・木曽路を南から北へ、独立棟主体の宿三軒で辿る三泊三日。妻籠・赤沢自然休養林・奈良井をめぐり、梅雨明け前の湯と檜の旅を編集部が組みました。