石川県
数寄屋大工という職能 — 旅館の客間を組み上げてきた者たちの、いま語られない継承について
盛夏の朝、旅館の客間に座ると、床柱と書院、欄間と組子に、数寄屋大工の手跡が残る。京都の俵屋旅館、金沢の金沢茶屋、松江の皆美館の三軒を通じて、明治以降に温泉地を巡って客間を組んだ職能の系譜と、いま語られない継承を、随筆として綴る。
看板娘という時代 — 旅館の女将の前にあった、若女将不在の家系継承について
昭和の戦前まで、湯場の宿の継承は「看板娘」と呼ばれる長女の表舞台立ちから始まった。東北・北陸の三軒の老舗旅館に照らし、家系図に残らない女性たちの仕事を記録から読み解く随筆。
加賀山中から白山麓へ、夏の鮎と白山菊酒を辿る二泊三日 — 北陸内陸に料理長を継ぐ食通宿の旅
梅雨明けの加賀、鶴仙渓の天然鮎と白山菊酒、白山一里野の岩魚と堅豆腐。海岸の名宿群とは別系統の、料理長を継ぐ食通宿の谷筋を、二泊三日で辿る。
先付という前奏 — 旅館の夕餉が、なぜ一品目の小皿で季節の輪郭を示してきたか
盛夏の夕、卓にまず置かれる先付という小皿。京都・福井・石川、三つの料理旅館の卓を辿り、なぜ料理長が一品目で土地の季節を語ってきたかを記す随筆。
膳に山と海を一度に置く宿 — 旅館の献立が、なぜ土地の地形を写してきたか
山あいの宿が運ぶ一尾、海辺の宿が摘む一菜。城崎・西村屋本館、谷川温泉・別邸 仙寿庵、能登・百楽荘の献立から、膳が土地の地形を写す作法を辿るエッセイ。
打ち水という設え — 旅館の玄関先が、いかに夏の涼を客に贈ってきたか
盛夏の玄関先にまかれた一桶の水が、石畳から涼を呼ぶ。打ち水という迎えの所作の歴史を、修善寺『あさば』と加賀『べにや無何有』を手がかりに辿る随筆。
能登輪島と珠洲、夏の天然岩牡蠣と能登もずくを待つ食通宿五軒 — 外浦の荒磯に建つ料理の宿
奥能登・輪島市と珠洲市から、外浦の荒磯に建つ食通宿を五軒。盛夏の天然岩牡蠣と能登もずく、地塩で締めた地魚、輪島塗の膳に盛る能登の海。地震を越え湯と厨房を守る宿の今を編む。
能登穴水と七尾湾、夏の岩牡蠣と能登牛を待つ食通宿四軒 — 内浦の凪に育つ素材の食卓
和倉ではない、七尾湾内浦の漁村へ。穴水と能登島で、岩牡蠣・牡蠣・ばちこと能登牛を待つ食通宿を四軒。網元直営や自家養殖の海を膳に乗せる宿だけを選んだ。
加賀温泉郷、棟ごとに庭を持つ離れ六軒 — 山中・山代・粟津の独立棟
梅雨の加賀温泉郷で、棟ごとに専用露天と中庭を備える離れ六軒を編集部が選定。山中・山代・粟津の独立棟を、湯量・坪数・創業の年代とともに紹介する。
山中温泉、芭蕉が讃えた扶桑三名湯を継ぐ湯宿五軒 — 鶴仙渓の谷あいに湧く美肌の湯
石川県加賀市の山中温泉、奈良期に行基がひらき、芭蕉が扶桑三名湯と讃えた湯場。芒硝泉と山中塗・九谷焼を継ぐ湯宿五軒を、編集部が選んで紹介します。