秋の彼岸を前に、宮川の川端に並ぶ朝市の筵へ走りの飛騨りんごと赤かぶが載りはじめる。飛騨高山、宮川の朝市が立つ城下で代を継ぐ名旅館を、湯と建物を主語に五軒選んだ。高山は江戸の町割りをそのまま残す三町の古い町並みと、釘を使わずに材を組む飛騨の匠の技で知られる土地である。その城下に、商家造りや数寄屋の意匠を今に伝え、暖簾を継ぎ続ける宿がある。初秋の澄んだ朝、格子戸の奥に灯る明かりを訪ねる旅の手引きとして読んでいただきたい。
| # | 宿 | 町 | Score | 客室 | 目安価格 | 1行の特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 旅館 田邊 | 相生町 | 93 | 22 | ¥75–¥95k | 昭和9年創業。神代欅を高山の組み木で仕立てた建具が残る |
| 2 | 旅館あすなろ | 初田町 | 91 | 18 | ¥42–¥57k | 越後の山家を移築復元。釘を使わぬ欅の梁組みが玄関に架かる |
| 3 | 本陣平野屋 光風館 | 本町 | 90 | 26 | ¥57–¥77k | 宮川と中橋を望む川側客室。明治の蔵を離れとして残す |
| 4 | 宝生閣 | 馬場町 | 88 | 61 | ¥46–¥62k | 城山の裾に建つ。玄関の梁組みと畳敷きの廊下が館の顔 |
| 5 | 二人静 白雲 | 堀端町 | 86 | 20 | ¥36–¥49k | 城山公園入口の高台。全室に檜または陶器の風呂を備える |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。観測期間に紅葉期を含むため、平日や素泊まりの料金はこの範囲を下回ります。
1. 旅館 田邊 — 高山市相生町
昭和九年創業、この地区でもっとも長い暖簾。神代欅を組み木で仕立てた建具が、今も客室に残る。
Media Picks Score: 93 / 100 22室、旅館。
目安価格 ¥75,000–¥95,000 / 泊 (2名1室)

なぜ選ばれるか
高山本線が全線開通した昭和9年、製糸を営んでいた家が旅館業へ転じた。以来九十年、公式には「この地で最も長い歴史をもつ旅館」と記される。建物は築百年を越えた本館と、平成21年に開いた新館「遊墨庵」の二棟構え。本館の「櫻」には、数千年を経た神代欅を高山の組み木の技法で仕立てた建具が入る。土蔵の二階を改めた客室では、太い梁がそのまま天井に架かる。数寄屋風の十畳、飛騨春慶塗の朱を効かせた高山風の十畳と、部屋ごとに趣を変えているのも、代を重ねて手を入れてきた宿ならではである。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、建物の意匠と接客の落ち着きに対する評価が安定して高い。ロビーに掲げられた書や調度を旅の記憶として語る声が多く、館内を歩くこと自体が滞在の目的になっている様子がうかがえる。食事は最高等級の飛騨牛を軸にした会席で、量よりも仕立てを評価する傾向が読み取れる。一方で本館は歴史ある造りゆえ段差や階段が残り、そこに触れる感想も一定数見られる。設備の新しさより建物の来歴に価値を置く旅人ほど、評点が高く出る宿と言える。
向く人 / 向かない人
-
向く:
建築と木工の意匠を目当てにする夫婦旅、朝市と三町を歩いて回りたい旅程、記念の年に一軒を選びたい人 -
向かない:
価格を最優先する旅程(城下の中でも上位の価格帯)、段差の少ない動線を要する人、洋食中心の食を望む人
具体情報
- 所在: 岐阜県高山市相生町58(宮川朝市・古い町並みまで徒歩圏)
- 創業: 昭和9年(1934年)/2024年に創業90周年
- チェックイン: 15:00〜18:00 / アウト 7:00〜10:00
- 湯: 大浴場で飛騨高山温泉を利用(2009年開始)。内湯に岩風呂と檜風呂、屋外に信楽焼の露天
- 客室: 22室。数寄屋風十畳、蔵を改装した和室、新館の半露天付客室など
- 駐車場: 1室につき1台無料(事前予約制)
2. 旅館あすなろ — 高山市初田町
越後の山家を丸ごと移して建てた館。玄関の欅の梁組みは、釘を一本も使わずに組まれている。
Media Picks Score: 91 / 100 18室、旅館。
目安価格 ¥42,000–¥57,000 / 泊 (2名1室)

なぜ選ばれるか
玄関を入ると、天井を横切る欅の梁がまず目に入る。この館は新潟県東頸城郡の山奥から移築復元されたもので、四、五メートルの重い雪に耐えるため、梁も柱も桁も太い欅で組まれている。しかも釘は一本も使わず、樫を打ち込んで留める古式の造りである。館主はこれを「文化的遺産」と呼び、建築美を伝えることを宿の役目としている。客室は全室和室。囲炉裏を切った部屋もあり、飛騨の民家の暮らしがそのまま滞在の形になる。高山駅と濃飛バスセンターから徒歩五分、宮川朝市までも徒歩五分という城下の要にある。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、建物そのものへの評価が抜きん出て高い。玄関から広間へ抜ける空間の重厚さ、黒く艶の出た柱と梁の存在感を挙げる声が集まる傾向にある。朴葉味噌を添えた和定食の朝食と飛騨コシヒカリへの評価も安定して高い。館内は木造の古材を活かした造りゆえ、音や温度の伝わり方に現代のホテルとは違いがあり、そこに言及する感想も見られる。木の建築に身を置くこと自体を旅の目的とする層から、特に高い評点が集まる宿である。
向く人 / 向かない人
-
向く:
古民家建築や木組みに関心のある夫婦旅、駅から歩いて着きたい旅程、朝市を目当てに早起きする旅 -
向かない:
ベッドでの就寝を要する人(一部の和洋室を除き全室和室)、静音・空調の均質さを重視する人、夕食を軽く済ませたい旅程(小会席の設定はある)
具体情報
- 最寄り駅: JR高山駅・濃飛バスセンターから徒歩約5分
- 建物: 新潟県東頸城郡から移築復元。欅の梁・柱・桁、釘を使わず樫を打ち込む工法
- チェックイン: 14:00〜19:00 / アウト 7:00〜10:00
- 客室: 18室。囲炉裏部屋付き、和室10〜20畳、和洋室など
- 食事: 飛騨牛の陶板焼き・ローストビーフ等の会席/朝食は朴葉味噌付き和定食
- 駐車場: 宿泊者専用15台(館の正面)
3. 本陣平野屋 光風館 — 高山市本町
宮川の水音と赤い中橋を、川側の客室から間近に。古い町並みまで、歩いて一分の一軒。
Media Picks Score: 90 / 100 26室、旅館。
目安価格 ¥57,000–¥77,000 / 泊 (2名1室)

なぜ選ばれるか
本町一丁目、宮川の川端に建つ。長く「本陣平野屋 別館」の名で親しまれ、現在は光風館と改めた。屋号の「本陣」は、参勤の一行を迎えた宿場の役屋に由来する言葉である。川側の客室からは清流宮川と朱塗りの中橋、晴れた日には遠く飛騨山脈までが一望できる。高山陣屋、朝市、古い町並みはいずれも徒歩一分圏。畳敷きの客室は装飾を抑えた造りで、窓外の町並みが主役になるよう仕立てられている。市街を見晴らす露天風呂を備え、離れには明治の佇まいを残す蔵を改めた休息の間「りらっくす蔵」を置く。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、立地の良さが最も多く語られる要素である。荷物を預けて身軽に町へ出られる運びの良さ、駅からの無料送迎、五十台の無料駐車場といった実務面への評価も高い。夕食は飛騨牛を軸にした月替わりの会席で、館内の寿司処を併せて楽しむ滞在も支持を集める。規模としては中庸であり、離れの一棟宿のような静けさを求める層からは、館内の人の気配に触れる感想も見られる。町歩きを主題にした旅程で、評点が最も高く出る宿と言える。
向く人 / 向かない人
-
向く:
三町と朝市の町歩きを軸にする旅程、車で訪れる旅(50台無料)、和室と洋室ツインを選び分けたい夫婦旅 -
向かない:
館内で人と行き会わない静けさを望む人、客室に温泉露天を求める旅(露天は大浴場側)、素泊まり中心の旅程
具体情報
- 最寄り駅: JR高山駅から徒歩約10分/車で約3分(無料シャトルあり)
- 立地: 高山陣屋・宮川朝市・古い町並みまで徒歩1分
- 客室: 26室。川側和室、町側和室、陣屋側洋室ツイン、川側洋室ツインの4タイプ
- 食事: 飛騨牛と地の食材による月替わり会席/館内に寿司処「すし兆」
- 離れ: 明治の佇まいを残す蔵を改めた休息の間「りらっくす蔵」
- 駐車場: 50台・無料
4. 宝生閣 — 高山市馬場町
城山の裾、高台に構える一軒。玄関の豪壮な梁組みから、畳敷きの廊下が奥へ延びる。
Media Picks Score: 88 / 100 61室、旅館。
目安価格 ¥46,000–¥62,000 / 泊 (2名1室)

なぜ選ばれるか
高山城の跡地である城山公園の入口、馬場町の高台に建つ。館の顔は、玄関を入ってすぐ頭上に架かる大きな梁組みと、そこから奥へ延びる畳敷きの廊下である。板でも絨毯でもなく畳を敷き詰めた廊下は、飛騨の町屋造りの写しであり、足裏の感触から滞在が始まる。客室は飛騨の建築美と匠の技を生かした和室、調度を吟味した和洋室に分かれ、露天風呂を備えた客室からは古い町並みを見下ろす眺めが開ける。大浴場の露天にも温泉が引かれ、最上階には女性専用の湯を置く。城下五軒のうち最も規模が大きく、三世代の旅にも対応する。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、高台という立地がもたらす眺望への評価が中心を占める。市街を見晴らす露天風呂と、夜の町灯りを望む客室が繰り返し語られる要素である。飛騨牛の朴葉味噌ステーキや陶板焼きを組んだ会席への評価も安定している。一方で古い町並みへは徒歩数分の下り坂を経るため、帰りの上りに触れる感想も見られる。館の規模がある分、静けさよりも設えと眺めを求める旅程で評点が高く出る宿である。
向く人 / 向かない人
-
向く:
眺望を重んじる夫婦旅、客室露天で過ごしたい旅、三世代や友人連れなど人数のある旅程 -
向かない:
小規模宿の静けさを求める人、坂の上り下りを避けたい旅程、駅から歩いて着きたい人(徒歩約15分)
具体情報
- 最寄り駅: JR高山駅から車で約5分/徒歩約15分(要予約で送迎あり)
- 立地: 高山市馬場町1-88、城山公園の入口
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
- 客室: 61室。和室・和洋室・洋室。露天風呂付客室は2010年春に改装
- 湯: 大浴場露天に温泉。最上階に女性専用風呂
- 意匠: 玄関の梁組み、玄関から続く畳敷きの廊下
5. 二人静 白雲 — 高山市堀端町
城山の緑に抱かれた高台の門。二十室すべてに、檜または陶器の風呂を備える。
Media Picks Score: 86 / 100 20室、旅館。
目安価格 ¥36,000–¥49,000 / 泊 (2名1室)

なぜ選ばれるか
城山公園の入口、緑の斜面に門を構える。客室は純和風の二十室で、いずれにも専用の風呂が付く。檜の香る浴槽、あるいは陶器の丸い湯船。窓外には高山の町並みか、城山の樹々が広がる。宿の湯処では弱アルカリ性の飛騨高山温泉を檜風呂に満たしており、湯上がりの肌あたりの柔らかさが持ち味となる。夕食は飛騨牛の会席で、ステーキ、しゃぶしゃぶ、炙り握り、ローストビーフと調理を変えて供される。古い町並みまでは徒歩五分、城下五軒のうち最も抑えた価格帯にある。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、客室に風呂が付くことによる時間の自由さへの評価が最も高い。人目を気にせず好きな刻に湯へ入れる点が、夫婦旅・二人旅の層から繰り返し支持されている。飛騨牛を数通りの調理で味わう夕食への評価も安定している。なお客室の風呂は温泉ではなく、温泉を望む場合は大浴場を利用する形になる。この点を承知したうえで滞在した旅人の評点が高い。高台ゆえ町へは坂を下ることになり、その往復に触れる感想も見られる。
向く人 / 向かない人
-
向く:
客室の風呂で静かに過ごしたい夫婦旅、城下の宿を抑えた予算で選びたい旅程、駅からの送迎を使いたい人 -
向かない:
客室風呂も温泉であることを求める人、坂道を避けたい旅程、館内に温泉露天の大浴場規模を求める人
具体情報
- 最寄り駅: JR高山駅から車で約6分(15〜18時の迎え、朝8〜10時の送りあり)
- 立地: 高山市堀端町67、城山公園入口。古い町並みまで徒歩約5分
- チェックイン: 15:00〜18:00(最終22:00)/ アウト 〜10:00
- 客室: 20室。和室6〜10畳ほか、全室に檜風呂または陶器風呂(温泉ではない)
- 湯: 大浴場の檜風呂に弱アルカリ性の飛騨高山温泉
- 喫煙: 2025年10月1日より全室禁煙/駐車場・Wi-Fiは無料
よくある質問
Q. 城下の宿を訪ねるなら、どの季節が良いですか。
A. 編集部が推すのは九月下旬から十月半ばです。宮川の朝市に走りの飛騨りんごと赤かぶが並び、朝の冷え込みが出はじめる時季で、格子戸の町並みが最も静かに見えます。ただし十月九日・十日の秋の高山祭と紅葉最盛期は宿も町も混み合い、価格も上がります。静けさを優先するなら、祭の前後を一週間ずらすと良いでしょう。
Q. 予約はどれくらい前から必要ですか。
A. 秋の高山祭と紅葉期については、半年前から特定の客室型が埋まりはじめます。とりわけ客室数の少ない旅館は、土曜と祝前日の枠が早く消えます。平日であれば一〜二か月前でも選択肢が残ることが多く、価格も落ち着きます。三連休を外した平日二泊は、城下の宿を最も無理なく取れる組み方です。
Q. 宮川朝市には何時に行けばよいですか。
A. 朝市は早朝から立ち、昼前には店じまいが始まります。城下に泊まる利点はここにあり、本記事の五軒はいずれも朝市まで徒歩圏です。旅館の朝食を七時台に済ませて歩けば、品が揃った刻に間に合います。飛騨りんご、赤かぶ、朴葉といった秋の品は、日が高くなる前のほうが選びやすいでしょう。
Q. 木組みや建築を見るには、どの宿が良いですか。
A. 建物そのものを目的にするなら、旅館あすなろと旅館 田邊の二軒です。あすなろは越後から移した館で、釘を使わず樫を打ち込んだ欅の梁組みが玄関に架かります。田邊は築百年を越えた本館に、神代欅を高山の組み木で仕立てた建具が残ります。宝生閣の畳敷きの廊下も、飛騨の町屋造りを写した意匠として見応えがあります。
Q. 車で訪ねる場合、駐車はできますか。
A. 五軒とも駐車場を備えます。本陣平野屋 光風館は五十台を無料で、旅館あすなろは館の正面に宿泊者専用十五台を用意しています。旅館 田邊は一室につき一台を無料(事前予約制)、二人静 白雲も無料です。ただし三町の周辺は道幅が狭く、祭礼期は交通規制が入ります。城下に着いたら車を預け、あとは歩く旅程が確実です。
本記事の参考情報
・飛騨高山旅ガイド(高山市観光公式サイト) — 朝市・行事の開催情報
・Wikipedia: 三町伝統的建造物群保存地区 — 町並みの成り立ちと保存の経緯
・Wikipedia: 高山陣屋 — 城下の町割りと幕府直轄地としての来歴
編集部から
五軒に通じているのは、建物を代の資産として扱っている点である。移築した梁を守る、神代欅の建具を客室に残す、畳の廊下を張り替えて使い続ける。いずれも新築するより手間のかかる選択で、そこに宿の意志が出る。飛騨は木を組む技を千年以上受け継いできた土地であり、その技を日々使い続けている場所が、城下の旅館なのだと言える。朝市の筵に秋の品が並ぶ頃、格子戸の奥へ入ってみてほしい。次は雪の季節に、同じ城下がどう変わるかを書きたいと思う。