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紀州龍神、日高川の渓に藩主から名を賜った御殿湯の一軒 — 晩夏の高野龍神スカイラインを越え、寛永十六年から湯を継ぐ宿の記
和歌山県田辺市龍神村、日高川上流の渓に建つ下御殿。寛永十六年(1639年)、紀州藩主・徳川頼宣の命により藩費で建てられ、宿名も藩主から賜った一軒。十七室と日本三美人の湯を、晩夏の高野龍神スカイラインとともに辿る。
伊勢榊原、清少納言が「ななくりの湯」と記した三名泉に代を継ぐ一軒 — 白露の布引山麓に伊勢参りの湯宿の記
白露のころ、三重・榊原に湧く柔らかな湯を訪ねる。清少納言が『枕草子』に三名泉と記した「ななくりの湯」の系譜を、大正八年創業の湯元 榊原舘に辿る。31.2℃の源泉かけ流しと、湯を軸に据えた献立の一貫性。
伊豆修善寺、池水に能舞台を映す一軒 — 白露の門前に数寄屋と芸能を継ぐ湯宿の記
一四八四年、修禅寺の門前に開いた宿坊を端緒に、浅羽家が五百余年を継ぐ十二室の数寄屋宿。庭の池に建つ能舞台「月桂殿」と、竹林の野天風呂。白露の修善寺に、湯宿と芸能の関係を読む一軒記。
小国わいた温泉郷、涌蓋山麓の地熱に棟を分ける離れ五軒 — 盛夏の噴気の里に夫婦の静けさを置く独立棟
涌蓋山の裾、小国わいた温泉郷(はげの湯・岳の湯・麻生釣)で、母屋から棟を離した独立棟の宿を五軒。素泊まりの一棟貸しから地熱蒸しの膳を供する離れまで、源泉かけ流しと噴気の里に夫婦の静けさを置く。
志摩英虞湾と浜島、真珠の海を客室露天に映す五軒 — 晩夏の入江に沈む夕陽と汽水の湯
三重・志摩市の英虞湾と浜島から、客室露天または客室温泉を備える五軒を厳選。アマネム、汀渚ばさら邸、ヴィラリュウセイほか、晩夏の夕陽と汽水の湯を一室で味わう宿を、立地・泉質・集約評価から選んだ。
御嶽濁河、標高千八百の雲上に自噴の含鉄炭酸泉を汲む湯宿三軒 — 処暑の原生林に赤茶けた湯を継ぐ里
岐阜県下呂市・御嶽濁河温泉、標高約1800mの含鉄炭酸水素塩泉を無加水で掛け流す湯宿三軒。処暑の残暑を高所の涼で逃す夫婦旅へ、湯を主語に選んだ里の宿を紹介する。
箱階段という記憶 — 商家・造り酒屋から転じた宿が伝える来歴
処暑の候、造り酒屋・御用酒屋・旅籠から転じた宿の帳場脇に残る箱階段(階段箪笥)。奈良井宿BYAKU Narai、津山の糀や、恵那の旅館いち川を例に、一枚の家具が伝える商家の来歴を辿る。
囲炉裏の自在鉤という支度 — 炉端の炭火が、なぜ山の膳の主役を焼いてきたか
初秋の山の宿、囲炉裏の炭火が岩魚や茸を焼く。自在鉤という道具と火の作法を軸に、炉端の膳を綴る随筆。栃木・湯西川、福島・二岐、岐阜・奥飛騨の三軒を添えて。
蒸し湯という熱 — 地の底の蒸気を身にまとう作法が、なぜ湯治の一手に数えられてきたか
湯に浸からず蒸気を身にまとう蒸し湯。鎌倉期の別府鉄輪から秋田・玉川の箱蒸しまで、地の底の蒸気を養生に組み込んできた作法を、石室と湯宿の二例に辿る。
下北・大間と下風呂、津軽海峡を望む湯宿四軒 — 大間鮪を控える晩夏の湯
処暑の凪が渡る晩夏の下北半島。本州最北の温泉場・下風呂と大間に、含硫黄泉のかけ流しと津軽海峡を望む湯を張る宿を四軒。三源泉と海峡までの近さを、地図とともに紹介する。
蔦・酸ヶ湯・後生掛、奥羽の湯治場を二泊三日で辿る — 盛夏の八甲田から八幡平へ蒸気と白濁の湯を継ぐ旅
蔦温泉・酸ヶ湯・後生掛。奥羽の背骨をなす三つの湯治場を、盛夏の八甲田から八幡平へ二泊三日で辿る。足元湧出の自噴湯、総ヒバの千人風呂、地熱のオンドル——標高と泉質の違いに即して、宿の来歴と集約評価とともに読む。
囲いの高さという按配 — 客室露天が、隣室の視線と眼前の景のあいだに、なぜ塀の高さを選んできたか
客室露天の湯船を囲う塀の高さは、隣室の視線を隔てる壁であり、眼前の景を招く窓でもある。御宿The Earth・別邸仙寿庵・山荘無量塔の三軒に、開けと隔ての按配を見る。