白露を迎えるころ、湯けむりは朝夕にはっきりと立ちはじめます。その湯を、誰が守ってきたのか。「温泉文化」はいま、ユネスコ無形文化遺産の提案候補として長い列に並んでいます。審議の見込みは令和十二年の暮れ。その数年を、湯守は今日も湯の面を見つめて過ごしています。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
湯けむりの下で、順番を待つ
二〇二五年十一月二十八日、文化審議会の無形文化遺産部会は、「神楽」とともに「温泉文化」をユネスコ無形文化遺産の提案候補に選びました。日本人が千年をかけて湯と結んできた関係が、はじめて国際的な文化の名で語られようとしています。
もっとも、話はそこから急ぎません。審査の優先順位は「神楽」が先で、「温泉文化」はその次。政府間委員会での審議は令和十二年、二〇三〇年の十二月頃と見込まれています。提案書が海を渡ってから、答えが返るまでに数年。国際機関の時計は、そういう速さで動きます。
その数年は、湯にとって短くありません。全国の温泉地は二〇一〇年度をピークに、およそ一割が姿を消しました。後継者がいない、燃料が上がる、人が雇えない。湯そのものが涸れたのではなく、湯を守る人のほうが先に尽きていく。遺産という言葉が審議を待つあいだにも、遺産の実体は静かに目減りしています。
「守る」とは、湯の面を毎日見ることだった
湯守という言葉は、いまでこそ床の間の掛軸のように飾られがちですが、もとは実務の名でした。源泉の湧出量は日ごとに揺れます。雨が降れば薄まり、地が動けば止まる。湯の温度が高すぎれば入れず、加水すれば成分が落ちる。その日の湯を、その日の湯として湯船に届けるために、湯口の角度を指一本ぶん変える——湯守の仕事とは、おおむねそういう地味な反復の集積です。
だからこそ、掛け流しという言葉は思想ではなく手続きだと言えます。湧いたぶんだけを流し、余ったぶんは捨てる。効率で考えれば、これほど分の悪い湯の使い方はありません。循環させ、加温し、消毒すれば、同じ湯量で何倍もの客を受けられます。それでも捨てる宿があるのは、湯の鮮度が落ちる一線を、湯守の手が知っているからです。文化とは、その一線を引き続ける意志の別名なのだろうと感じられます。
湯治もまた、思想ではなく生活の側にありました。一週間を一巡りとして、自炊しながら湯に浸かり、身体を戻して帰る。旅館業というより、療養の場に近い。ユネスコが評価しようとしているのは、絶景の露天風呂ではなく、おそらくこうした暮らしの作法のほうです。そして暮らしの作法は、建物と同じ速さでは復元できません。
三軒の湯守
公開レビューデータを集計したところ、湯そのものへの評価が長く高い水準で安定している宿には、共通して自然湧出と源泉かけ流しを守り続けてきた背景がありました。以下の三軒は、その系譜を異なるかたちで継いでいます。順位ではなく、湯の守り方の三つの型として並べています。
鶴の湯温泉 — 秋田・乳頭温泉郷
およそ1688年からの湯宿の記録を残し、四種の源泉が今も地から自ら湧く一軒。
Media Picks Score: 93 / 100 30室、乳頭温泉郷でもっとも古いとされる湯宿。

乳頭山の麓に、茅葺の長屋が黒く低く伸びています。公式の記録によれば、およそ一六八八年あたりから湯宿としての経営が残る、温泉郷でもっとも古い一軒。湯には白湯、黒湯、中の湯、滝の湯と呼ばれる四種の泉質の異なる源泉があり、名物の露天は全国でも数少ない足元湧出——湯船の底から、生まれたての湯がそのまま上がってきます。汲むのでも引くのでもなく、湧く場所に湯船のほうを合わせた。湯を動かさずに人が動く、という順序がここには残っています。開湯時は田沢の湯と呼ばれ、鶴が傷を癒すのを見たマタギの勘助が名の由来と伝わります。
旅館大沼 — 宮城・東鳴子温泉
五代目湯守が、創業以来の自家源泉と自炊湯治の場をともに継ぐ「百年ゆ宿」。
Media Picks Score: 91 / 100 20室、湯治館を併設する百年の湯宿。
目安価格 ¥36,000–¥48,000 / 泊 (2名1室・通常期)

鳴子温泉郷は千二百年の湯歴を持ち、奥州三名湯のひとつに数えられます。郷内には今も四百本近い源泉が湧き、日本にある泉質十一種類のうち九種類が出るという密度。なかでも東鳴子は十数軒すべての宿が異なる重曹泉を持ち、「重曹泉の郷宣言」を掲げました。旅館大沼が持つ二本のうち一本は、創業以来の自家源泉である純重曹泉。震災で電源を失ったあいだも、自然に湧き続けた湯です。この宿を「百年ゆ宿」と呼び、自炊のできる湯治館と現代湯治の滞在を守るのは、五代目湯守の大沼伸治さん。湯守という言葉が、看板ではなく職名として生きています。
まるほん旅館 — 群馬・沢渡温泉
草津で荒れた肌を鎮める「仕上げ湯」を、床も壁も天井も檜の湯小屋で受け止める一軒。
Media Picks Score: 89 / 100 草津温泉と四万温泉の峠を隔てた山あいの宿。
目安価格 ¥27,000–¥32,000 / 泊 (2名1室・通常期)

沢渡温泉は開湯の年代がはっきりせず、縄文期にはすでに湧いていたとも、一一九一年の開湯とも伝わります。名を知られたのは、草津の強酸性の湯で肌を痛めた湯治客が、峠を越えてこの湯で肌を戻したから。「草津の仕上げ湯」「治し湯」と呼ばれ、やわらかな肌ざわりは「一浴玉の肌」と語り継がれてきました。まるほん旅館の大浴場は、床も壁も天井もすべて檜造りの湯小屋。臼と木升をかたどった湯口から、硫酸塩泉が絶えず溢れます。源泉の泉温は五十六度。草津が攻めの湯なら、沢渡は受けの湯で、湯治とは本来この二つを順に踏む道程でした。湯屋建築が今も現役であることの意味は、小さくありません。
よくある質問
Q. 「温泉文化」はいつユネスコに登録されるのですか?
A. 二〇二五年十一月二十八日に文化審議会が提案候補として選定し、提案そのものは進んでいます。ただし審査の優先順位は「神楽」が先で、「温泉文化」の審議は令和十二年(二〇三〇年)十二月頃の見込みです。登録が決まった年ではなく、待っているあいだの数年こそ、湯を継ぐ側にとっては正念場になります。
Q. 掛け流しと循環では、湯の何が違うのですか?
A. 掛け流しは湧いた湯をそのまま湯船に注ぎ、溢れたぶんを捨てる使い方です。成分と鮮度は保たれますが、湧出量以上の客は受けられません。循環は濾過・加温・消毒を経て湯を回すため効率は高い一方、成分は変化します。どちらが優れるという話ではなく、湯量と規模の折り合いをどこで付けるかという選択だと言えます。
Q. 湯治の滞在は、普通の宿泊とどう違うのですか?
A. 一泊二食で名所を巡る旅とは組み立てが異なり、本来は数日から一週間を一巡りとして、自炊しながら湯に浸かり身体を戻す滞在です。本稿の旅館大沼のように、自炊のできる湯治館を残し、二泊三日からの現代湯治として整えている宿もあります。予定を詰めない旅程に向きます。
Q. 足元湧出とは何ですか。珍しいものですか?
A. 湯船の底そのものが源泉で、地から湧いた湯が直接足元から上がってくる構造を指します。配管を通らないため鮮度が高い一方、湧く場所にしか湯船を作れません。全国でも数えるほどで、鶴の湯温泉の露天がその一例です。
Q. 混浴の湯屋は、はじめてでも入れますか?
A. 鶴の湯温泉やまるほん旅館の大浴場は、湯屋建築を当時のかたちで残しているため混浴です。いずれも女性専用の内湯や時間帯の設定、貸切の浴室が別に用意されています。作法や利用時間は宿ごとに異なるため、各公式サイトで確認するのが確実です。
本記事の参考情報
・文化庁 — 令和7年度におけるユネスコ無形文化遺産への提案の決定
・「温泉文化」ユネスコ無形文化遺産全国推進協議会 — 登録推進の経緯と活動
・日本温泉協会 — 泉質・温泉地の基礎情報
・群馬県 — 「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産登録に向けた取組
編集部から
遺産という語は、受け取る者がいてはじめて成り立ちます。ユネスコの審議が二〇三〇年の暮れだとして、そのとき湯守が何人残っているかは、審議とは別の場所で決まる話です。登録は湯を沸かしませんし、湧出量も増やしません。増やすとすれば、湯に金を落とす客の数だけでしょう。
三軒に共通していたのは、湯の使い方で得をしていない点でした。足元から湧く場所に湯船を合わせ、震災の停電下でも湧き続けた自家源泉を継ぎ、峠の向こうの湯で荒れた肌を鎮める役を引き受ける。いずれも効率とは逆を向いています。文化として遺るものは、たいてい採算の悪い側に残ってきました。白露から先、湯けむりが日ごとに濃くなる季節です。審議を待たずとも、湯は今年も同じ場所で湧いています。あなたが次に湯に浸かるとき、その湯を今朝いちばんに見た人のことを、少しだけ思い出せるでしょうか。