長月の草津で湯畑を囲む宿に泊まるなら、時間湯の来歴と湯もみの今を知ってから湯に向かいたい。本稿は、その作法を三軒の宿を手がかりに辿る随筆です。
秋分を前にした標高千二百メートルの高原では、夕刻になると湯畑の湯気が一段と白く立ちます。草津温泉は日本三名泉のひとつに数えられ、町の中心で毎分およそ四千リットルの湯が木樋を流れ下ります。この湯は熱く、酸が強い。だから草津では、湯を板でもんで冷まし、頭に湯をかぶり、号令に合わせて三分だけ浸かるという独特の入り方が育ちました。明治に形を整えたその「時間湯」は、令和に入って名を「伝統湯」と改め、いまは一つの浴場に受け継がれています。湯と土地の文化を主語に、湯畑の縁に建つ宿の湯の入り方までを見ていきます。
| # | 宿 | エリア | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 若乃湯 草津舘 | 草津町・湯畑 | 9 | ¥24–¥44k | 明治20年創業。中庭から湧く自家源泉「若乃湯」と白旗源泉の二湯を掛け流す |
| 2 | 益成屋旅館 | 草津町・湯畑 | 6 | ¥40–¥42k | 6室それぞれに湯畑源泉か白旗源泉の専用貸切湯が付く、木造三階建ての宿 |
| 3 | 草津温泉 ホテル一井 | 草津町・湯畑 | 124 | ¥39–¥47k | 江戸創業から三百余年。湯畑の正面に建ち、白旗源泉と万代鉱源泉を引く |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
一、湯畑という装置 — 熱い湯を、冷ましながら町へ配る
湯畑は、湯を眺めるための広場である前に、熱い湯を扱うための仕組みとして造られてきました。草津町によれば、草津の湯はすべて自然に湧く自噴泉で、泉質の主体は「酸性低張性高温泉」、pHは2.0前後です。町の案内には、五寸釘を湯川に入れておくと十日ほどで溶けてなくなるという一文も見えます。万代源泉を除く源泉は50℃前後で湧くため、昔から加水せずに浴用とされてきました。
草津温泉観光協会の案内では、町全体の自然湧出量は毎分32,300リットル以上。湯畑源泉だけで毎分およそ4,000リットルが湧き、pHは2.1を示します。湧いた湯は七本の木樋を渡りながら外気で冷まされ、湯滝となって落ちてから各所へ引かれていきます。湯畑を囲む宿の多くが加水を避けて掛け流しを保てるのは、この湯量と、湯を冷ます木樋の仕組みがあってのことです。
草津町が所有または管理する代表的な源泉は、湯畑・白旗・万代・地蔵・西の河原・煮川の六つです。湯畑のすぐ脇に湧く白旗源泉は、源頼朝が見つけたという言い伝えを持ち、草津でも古い源泉とされます。湯畑の縁に建つ宿でも、どの源泉を引くかは宿ごとに異なります。宿を選ぶ段階で、湯の個性はもう分かれているのです。
二、時間湯から伝統湯へ — 三分の入湯が、名を変えて残るまで
熱乃湯を運営する観光協会の解説によれば、草津には江戸時代から、湯をもんで冷ます「湯もみ」と、熱い湯をなるべく動かさないよう皆で同時に入って同時に上がる集団入浴がありました。明治に入ると、湯長の号令で時間を区切って入る入浴法が確立します。まず湯をもみ、のぼせを防ぐために手桶で頭へ三十杯以上の湯をかぶる。号令で一斉に入って三分、号令で一斉に上がる。これを一日四回繰り返す作法です。
最盛期にはこの入浴法が六か所の浴場で行われ、湯畑前の熱乃湯でも昭和32年まで続きました。平成から令和にかけて、形は大きく変わります。入浴法を指導してきた湯長の制度は2019年に終わり、草津町の告知によって地蔵の湯の時間湯は2021年3月30日に閉鎖されました。同じ年の10月1日には町の条例改正が施行され、「時間湯」の名称は「伝統湯」に改められています。
現在、この入浴法の流れを汲む浴室は、湯畑から歩いて二分ほどの共同浴場「千代の湯」にあります。観光協会の案内では、千代の湯には男女の浴室とは別に伝統的な入浴法ができる浴室が設けられ、湯畑源泉を引いています。共同湯は地元の暮らしのために置かれ、地元の人が管理してきた湯です。鍵付きのロッカーはなく、午前を中心に清掃の時間もあります。旅人は間借りする立場として、静かに使うのが筋でしょう。利用の形は変わることがあるため、訪ねる前に観光協会で最新の案内を確かめておくと安心です。
三、湯もみの今 — 長さ約180センチの板と、草津節の拍子
湯もみは、ただの見世物として生まれたものではありません。草津の源泉は50℃近いものがほとんどで、そのままでは入れない。かといって水で薄めれば湯の力が落ちる。そこで長さ約180センチの板を湯に差し入れ、もんで温度を下げる方法が考え出されました。温度を下げるだけでなく湯を柔らかくし、入浴前の準備運動にもなったといいます。板を揃えるために唄われたのが湯もみ唄で、なかでも草津節が知られています。いまに伝わる歌詞の原形は、大正7年に草津を訪れた平井晩村が作ったものです。
この湯もみを公開しているのが、湯畑の正面に建つ「熱乃湯」です。湯もみショーは1960年(昭和35年)に始まり、建物は2015年4月に大正ロマン風の二階建て吹き抜けへ建て替えられました。「湯もみと踊り」ショーは一年を通して毎日、1日6回。通常期は午前9時30分・10時・10時30分と午後3時30分・4時・4時30分で、冬季は時刻が変わります。観覧料は大人700円・小学生350円。予約は受けておらず、各回の30分前から会場の販売所で当日券を売り、支払いは現金かPayPayに限られます。
見るだけでなく自分で板を持ちたい人には、毎週日・月曜の11時30分から13時まで(最終受付12時50分)、小学生以上300円の湯もみ体験があります。板が湯を叩く音と「チョイナチョイナ」の掛け声を聞いてから宿の湯へ戻ると、湯船の湯がどれほどの手間を経て人肌に近づいてきたかがよく分かります。
四、湯畑を囲む宿の作法 — 洗わずに、流さずに、休む
時間湯の厳しさは、形を和らげて宿の湯の入り方にも残っています。湯畑前のホテル一井は、公式サイトで草津の湯の入り方を説いています。かけ湯は足首から肩へ、心臓から遠い順に十杯ほど。長湯を避け、入浴は一日三回ほどまで。上がり湯はせず、体は水滴をぬぐう程度にとどめ、湯上がりは少なくとも三十分休む。頭に三十杯の湯をかぶり、三分で上がる伝統湯の作法を、いまの旅人向けに穏やかに置き換えた内容と読めます。ただし肌がかぶれやすい人はよく洗い流すよう、同じ頁に添えられています。
草津舘の浴室の注意書きも、この土地の習いを伝えます。草津の湯は殺菌力が強く、かけ湯だけで体を洗う習慣がなかったため、洗い場は昔ながらに狭い造りだといいます。湯畑を囲む古い宿では、洗い場の狭さや簡素さが手抜きではなく、湯の性質に合わせて出来上がった形であることが少なくありません。以下に取り上げる三軒は、いずれも湯畑から歩いて数分以内です。湯の引き方も、客室の規模も異なります。
本稿で触れた宿
1. 若乃湯 草津舘 — 群馬県草津町・湯畑
湯畑から徒歩0分。中庭に自家源泉が湧き、明治20年から六代にわたって湯を守る九室の宿。
9室、木造三階建ての旅館。
目安価格 ¥24,000–¥44,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
湯が、中庭から湧いています。草津舘の大浴場は、大きい湯船に館内湧出の自家源泉「若乃湯」を、小さい湯船に玄関先で湧く白旗源泉を、それぞれ自然流下で注ぎます。若乃湯は50度強の酸性の湯で、引湯による劣化がない点を宿は強調しています。宿の説明では、草津で自家源泉を持つ宿は五軒、白旗源泉を引く宿は十軒にとどまるといいます。湯畑の縁で二つの源泉を入り比べられる、稀な一軒です。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、食事と温泉、立地の三点に評価が集まり、応対や客室の清潔さへの評価も目立ちます。一方で、建物の古さに触れる声は一定数あります。木造三階建てゆえの物音や、狭い洗い場を承知のうえで、湯と場所を優先する旅人に支持されている宿だと読めます。
向く人 / 向かない人
-
向く:
源泉の違いを入り比べたい湯好き、湯畑の夜景を宿の戸口から眺めたい夫婦旅、九室規模の静かな宿を選びたい人 -
向かない:
階段の昇降が負担になる人(エレベーターなし)、物音に敏感な人(木造三階建てで音が響く)、広い洗い場やシャワーの多さを重んじる人
具体情報
- 立地: 湯畑から徒歩0分(湯畑「白旗の湯」の奥)
- 創業: 明治20年(1887年)、全9室
- 温泉: 自家源泉「若乃湯」+白旗源泉、大浴場のみ・24時間入浴可
- チェックイン: 14:00〜 / アウト 〜10:00
- 食事: 朝食8:00・夕食18:00、いずれも1階食事処
- 駐車場: 9台(玄関前で荷物を降ろしてから近くの駐車場へ移動)
2. 益成屋旅館 — 群馬県草津町・湯畑
客室は6室だけ。どの客室にも鍵を預かる専用の貸切湯が付き、湯畑源泉か白旗源泉を独り占めできる一軒。
6室、木造三階建ての旅館。
目安価格 ¥40,000–¥42,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
檜の湯船が、白く濁った白旗源泉を受けています。益成屋旅館の大浴場「弁天の湯」は総檜造りで、白旗源泉を掛け流します。これとは別に、湯畑源泉を引くタイル張りの貸切湯が四つ、白旗源泉を引く檜の貸切湯が二つあり、客室と組にしてチェックインからアウトまで鍵を預けてくれます。宿の伝えによれば、創業は江戸時代の末。湯治に来ていた宮大工が建てたといい、延べ約350坪の建物に客室はわずか6室です。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、評価の中心は貸切湯と大浴場の二つの湯にあり、食事と立地がそれに続きます。建物の古さに触れる声は少数にとどまります。静けさを方針に掲げ、麻雀やカラオケを断っている宿でもあります。湯を目的に泊まる人が多い宿と言えます。
向く人 / 向かない人
-
向く:
人目を気にせず草津の湯に何度も入りたい夫婦旅、湯畑源泉と白旗源泉を入り比べたい人、静かな宿を求める旅程 -
向かない:
一人旅(一人での宿泊は受けていない)、ペット連れ、階段の昇降が難しい人(木造三階建てでエレベーターなし)、露天風呂を求める人(貸切湯は内湯)
具体情報
- 立地: 湯畑まで徒歩1分
- 客室: 和室10畳(定員2名)と12畳以上(定員2〜4名)の計6室。隣り合う客室のない造り
- 温泉: 大浴場(白旗源泉・総檜)+専用貸切湯6か所(湯畑源泉4・白旗源泉2)
- チェックイン: 14:00〜17:00 / アウト 〜10:00
- 食事: 夕食18:00〜個室食事処(懐石料理ではない)、朝食は1階か3階の広間
- 駐車場: 敷地内6台(融雪駐車場)
3. 草津温泉 ホテル一井 — 群馬県草津町・湯畑
江戸の創業から三百余年。湯畑の正面に建ち、湯を見下ろす客室を本館に23室備える老舗の大型旅館。
124室、大型旅館。
目安価格 ¥39,000–¥47,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
湯滝の湯けむりが、客室の窓まで上がってきます。ホテル一井は「一番井戸の一井」と呼ばれてきた江戸創業の宿で、公式サイトには湯畑から望んだ明治期の旅館全景や、明治から大正にかけての年賀はがきが掲げられています。大浴場「石殿」には少し白く濁る白旗源泉を、露天風呂「石庭」には透明な万代鉱源泉を掛け流します。本館には湯畑を一望する客室が23室あります。前章で触れた入浴の作法を公式サイトで丁寧に説いている点も、湯畑の宿として記しておきたいところです。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、朝食ビュッフェと立地への評価が最も厚く、料理全般、温泉、応対がそれに続きます。一方で、客室の古さや室温の調整に触れる声も目立ちます。規模の大きい老舗らしく、湯畑に面した客室と改装した上階の客室を選ぶかどうかで満足度が分かれやすい宿と見て取れます。
向く人 / 向かない人
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向く:
湯畑の朝夕を客室から眺めたい人、三世代など人数の多い旅、白濁の湯と透明な湯を一館で入り比べたい人 -
向かない:
小規模な宿の静けさを求める人、入れ墨・タトゥーのある人(大浴場・露天風呂は利用不可)、車高2.8m以上の車で訪れる旅程(館内駐車場に入れない)
具体情報
- 最寄り: 草津温泉バスターミナルから徒歩約5分(到着時の電話で送迎あり)
- 鉄道: JR長野原草津口駅から路線バス約25分
- 温泉: 大浴場「石殿」=白旗源泉、露天風呂「石庭」=万代鉱源泉(いずれも掛け流し)
- 食事: 和食の食事処「季味の浪漫」とビュッフェ「湯雲」(2024年10月開業)
- 駐車場: 宿泊者専用・1泊1台500円(高さ2.8mまで)
- 創業: 江戸時代(三百余年)。2026年12月14日〜18日は館内メンテナンスのため休館
よくある質問
Q. 草津の時間湯は、いまも体験できますか?
A. 「時間湯」という名称は、2021年10月1日の草津町の条例改正で「伝統湯」に改められました。湯長の制度は2019年に終わり、地蔵の湯の時間湯も2021年3月30日に閉鎖されています。現在は、共同浴場「千代の湯」に男女の浴室とは別の伝統的な入浴法の浴室が設けられています。利用の形は変わることがあるため、事前に草津温泉観光協会の案内を確かめてください。
Q. 湯もみショーの時間と料金は?
A. 湯畑前の「熱乃湯」で毎日6回行われます。通常期は9:30・10:00・10:30・15:30・16:00・16:30の各回で、冬季は時刻が変わります。観覧料は大人700円・小学生350円。予約はできず、各回の30分前から販売所で当日券を売ります。湯もみ体験は毎週日・月曜の11:30〜13:00で、料金は300円です。
Q. 草津の湯の効能と、入るときの注意は?
A. 泉質の主体は酸性低張性高温泉で、pHは2.0前後です。宿の温泉分析書に基づく掲示では、神経痛・筋肉痛・関節痛・皮膚病などが適応症として挙げられています。刺激の強い湯なので、かけ湯を念入りにし、長湯を避け、入浴は一日三回ほどまでにとどめるのが無難です。肌の弱い人は湯上がりに真湯で洗い流してください。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 子連れの受け入れ条件は宿ごとに異なるため、予約の際に確かめてください。造りで見ると、エレベーターのない木造三階建ての草津舘と益成屋旅館より、規模の大きいホテル一井のほうが動きやすいでしょう。益成屋旅館は客室ごとに専用の貸切湯が付き、家族だけで湯に入れます。なお草津の湯は刺激が強いため、幼い子は短い入浴にとどめるのが無難です。
Q. 湯畑へのアクセスは?
A. 鉄道ならJR長野原草津口駅から路線バスで約25分、または北陸新幹線の軽井沢駅から路線バスで約55分〜1時間20分です。いずれも草津温泉バスターミナルで降り、湯畑まで歩いて数分です。車なら関越自動車道の渋川伊香保ICから国道経由で約61キロ。湯畑周辺は道が狭く、一方通行の区間もあるため、宿の案内する道順に従うのが確実です。
本記事の参考情報
・草津町「草津温泉について」 — 源泉・泉質・pHの概要
・草津町「地蔵の湯時間湯閉鎖について(お知らせ)」 — 2021年3月30日の閉鎖告知
・草津温泉観光協会「天下の名湯!草津温泉!」 — 自然湧出量と湯畑源泉の数値
・草津温泉 熱乃湯「湯もみの歴史」 — 伝統湯と湯もみの来歴
・草津温泉 熱乃湯「湯もみと踊りショー」 — 公演時刻と観覧料
・草津温泉観光協会「千代の湯」 — 共同浴場の利用案内
・Wikipedia: 時間湯 — 湯長制度と「伝統湯」への改称の経緯
編集部から
湯畑の湯は、湧いた瞬間から誰かの手を経ています。木樋が冷まし、板がもみ、号令が入る時間を区切ってきました。名が時間湯から伝統湯に変わっても、熱い湯を人の体に合わせるという草津の考え方そのものは、宿の浴室の注意書きや、かけ湯の杯数の中に残っています。今回の三軒は、自家源泉、専用の貸切湯、湯畑正面の眺めと、それぞれ違う角度からその考え方を受け止める宿として選びました。紅葉が白根の山肌を下りはじめる長月の終わりから霜月にかけては、湯気が最も白く見える季節です。熱乃湯で板の音を聞いた夜、あなたなら宿の湯に何杯のかけ湯をしてから身を沈めるでしょうか。