島根県
山陰隠岐、島前と島後の磯に夏の岩牡蠣と白いかを待つ食通宿四軒 — 離島の漁師宿に育つ日本海の身
盛夏の隠岐諸島、島前と島後の磯に夏の岩牡蠣と白いかを供す食通宿を四軒。海士の生簀居酒屋から都万の海鮮会席まで、離島の漁師宿が育てる日本海の身を、漁期・客室数とともに地図で辿る。
石見二泊、温泉津から益田へ辿る日本海の食卓 — ノドグロと石見和牛を継ぐ食通宿の旅
梅雨明けの石見海岸を、温泉津から益田へ。ノドグロと日本海の白身を継ぐ輝雲荘、石見和牛と高津川の恵みを供するマスコスホテル益田温泉。食を目的に辿る二泊三日の道行きを、二軒の宿とともに辿る。
山陰・浜田と大田、夏の白いかと赤天を待つ食通宿四軒 — 石見沖の磯と里の食卓
石見沖の白いか・のどぐろ・赤天を膳の中心に据える、島根県浜田市・大田市の食通宿四軒。温泉津の料理旅館から浜田の海辺の宿まで、盛夏の石見の食旅を編集部が案内する。
山陰玉造と皆生、宍道湖と日本海に棟を分ける離れ五軒 — 出雲神在月を控えた秋分の独立棟
神在月を来月に控えた秋分の候、山陰の湯場に離れ形式で棟を分ける五軒を選んだ。玉造から三軒、皆生から二軒、出雲大社と日本海を結ぶ独立棟の宿を、湯守の歴史と共に紹介する。
出雲松江、宍道湖畔の城下に代を継ぐ名旅館四軒 — 嫁ヶ島の落日と茶の湯の町に灯る宿
神在月を前にした松江の湖畔に、代を継ぐ名旅館を四軒選んだ。宍道湖の落日、嫁ヶ島の影、不昧公以来の茶の湯が町に息づく城下と、南に続く玉造温泉。創業年と客室数を添え、地図とともに記す。
数寄屋大工という職能 — 旅館の客間を組み上げてきた者たちの、いま語られない継承について
盛夏の朝、旅館の客間に座ると、床柱と書院、欄間と組子に、数寄屋大工の手跡が残る。京都の俵屋旅館、金沢の金沢茶屋、松江の皆美館の三軒を通じて、明治以降に温泉地を巡って客間を組んだ職能の系譜と、いま語られない継承を、随筆として綴る。
石見二泊、温泉津から益田へ辿る日本海の食卓 — ノドグロと石見和牛を継ぐ食通宿の旅
梅雨明けの石見海岸を、温泉津の老舗から益田・西平原の海岸線へ。日本海の白身魚と石見和牛を継ぐ二軒に泊まる二泊三日の旅程として、編集部が選んだ食通宿。
石見の三湯、温泉津と有福に湯治の作法を継ぐ湯宿五軒 — 世界遺産銀山の里に湧く塩湯と山あいのぬる湯
世界遺産・石見銀山の里に湧く温泉津と有福。海辺の塩湯と山あいのぬる湯、二つの湯場に湯治の作法を継ぐ木造の湯宿を五軒、梅雨明けの石見に編んだ。
出雲大社門前、稲佐の浜と神門通りに代を継ぐ名旅館四軒 — 神在月を待つ十月の参詣宿
梅雨明けの出雲、神在月を二月後に控えた出雲大社の門前町。正門前に代を継ぐ竹野屋、御師の宿ますや、文化財の日の出館、神迎の道のすたに——参詣客を泊めてきた名旅館四軒を地図とともに編む。
津和野から萩へ、二泊で辿る山陰の城下に代を継ぐ名旅館の旅 — 石州街道の宿場を訪ねる三日間
梅雨明けの山陰西端、津和野の掘割から萩の城下まで石州街道を辿る二泊三日。大正14年創業の数寄屋「常茂恵」と堀内伝建地区唯一の宿「北門屋敷」、代を継ぐ名旅館二軒で結ぶ城下の旅。