霜が降りはじめる頃の庭を歩いて棟の違いをいちばん静かに味わえる宿として、編集部は「同じ間取りを二つ持たない離れ」を持つ五軒を選びました。母屋を建てたあと、代替わりのたびに一棟、また一棟と普請を足してきた宿では、棟の広さも庭の向きも湯の引き方も揃っていません。揃えないという選択が、離れの静けさをどう支えてきたのか。棟数と各棟の坪数、内湯か露天かの別を手がかりに、建物を主語にして辿ります。夫婦で、あるいは気の置けない友人と、一夜を静かに過ごしたい読者に向けた五軒です。

# 宿 エリア 客室 目安価格 1行特徴
1 山荘 無量塔 大分・由布市 12 ¥176–194k 全12棟が19坪〜50坪、古民家再生を軸に一棟ずつ設えが異なる
2 山荘 竹ふえ 熊本・南小国町 12 ¥260–302k 竹林の谷に自家源泉。棟ごとに名を持ち、湯の設えも一棟ずつ違う
3 亀の井別荘 大分・由布市 17 ¥132–213k 約1万坪に11の離れ。50〜140㎡、露天付8棟・内湯付3棟
4 無雙庵 枇杷 静岡・伊豆市 8 ¥90–118k 二階建て3棟・平屋5棟。駿河湾を望む古材の離れ八棟
5 忘れの里 雅叙苑 鹿児島・霧島市 10 ¥110–187k 茅葺の集落を再現。屋根裏付き、メゾネット、座敷と型が分かれる

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

1. 山荘 無量塔 — 大分・由布市

由布岳の裾、鳥越の林に12棟。19坪から50坪まで、一棟として同じ広さを持たない離れの宿です。

12室、離れ形式の温泉旅館。

目安価格 ¥176,000–¥194,000 / 泊 (2名1室・通常期)


山荘 無量塔 — 大分・由布院鳥越 · 古民家の梁を残した離れの居間と庭に続く開口
PHOTO: 山荘 無量塔 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

この宿の離れは、寸法から違います。楽19坪、新19坪、暁26.3坪、汲27.5坪、東32坪、西35坪、相39坪、藤40坪、昭和43坪、吉44坪、袍46坪、明治50坪。12棟の坪数がすべて異なり、定員も2名から8名まで幅があります。理由は明快で、1983年に小さな茶寮として始まったこの場所が、1992年の開業以降も古民家の再生を軸に一棟ずつ増えてきたためです。移築された古材の寸法が棟の骨格を決め、結果として同じ間取りが生まれなかった。囲炉裏を囲む大きな棟と、2名で籠もる小さな棟が、同じ林のなかに並んでいます。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、評価は棟そのものの造りと、林に囲まれた静けさに集まっています。梁や建具といった古材の質感、そして棟ごとに景色の切り取り方が違うことへの言及が目立ちます。逆に、施設内を移動する距離があること、駅から車を要する立地については受け止めが分かれます。滞在の目的が「宿そのもの」に置かれているかどうかで、印象が変わる宿だと言えます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    建築や古材の仕事を目で追いたい夫婦旅、宿から出ずに一泊二日を完結させたい旅程、記念日に棟を選んで予約したい人
  • 向かない:
    由布院の街歩きを主目的にする旅程(宿は市街から離れた鳥越にあります)、価格を第一条件に置く旅

具体情報

  • 棟数: 全12棟の離れ(全室源泉掛け流しの温泉風呂付き)
  • 棟の広さ: 19坪〜50坪(定員2〜8名)
  • 所在: 大分県由布市湯布院町川上(鳥越地区)
  • 沿革: 1983年に茶寮として発足、1992年に宿として開業
  • 館内: バー、ミュージアム、菓子工房などを併設


2. 山荘 竹ふえ — 熊本・南小国町

竹林の谷に自家源泉を引き、棟ごとに名を与えた12の離れ。湯の設えまで一棟ずつ違う一軒です。

12室、離れ形式の温泉旅館。

目安価格 ¥260,000–¥302,000 / 泊 (2名1室・通常期)


山荘 竹ふえ — 熊本・南小国町 · 竹林に面した木造の湯屋と掛け流しの湯船
PHOTO: 山荘 竹ふえ — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

竹ふえの離れには、番号ではなく名が付いています。小夜、紫炎庵、雄町庵、天飛、古久庵、美丈庵、夕月夜、竹霧、月影、笹響、水音、竹城。番号を振らないという選び方そのものが、この宿の姿勢を示しています。棟は谷の斜面に沿って点在し、渡り廊下が高低差を結びます。白川の自家源泉と自家水源を持ち、湯の落とし方も棟によって異なる。竹林の中に建てる以上、平坦な区画は取れません。地形が棟の形を決め、結果として同じ普請が二つと生まれなかった宿です。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、竹林と湯、そして棟ごとの独立性への評価が突出しています。他の客の気配が届かないこと、食事が棟で完結すること、貸切の湯が複数あることが繰り返し語られています。一方で、価格帯は明確に高く、そこへの評価は目的次第で分かれます。斜面に建つ構造上、棟までの移動に階段や坂を伴う点も、事前に把握しておきたい要素です。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    記念日に一晩を投じる夫婦旅、他客と一切顔を合わせずに過ごしたい滞在、湯を目的に据えた旅
  • 向かない:
    階段や坂の上り下りに不安がある人、予算を抑えたい旅程、周辺観光を詰め込む日程

具体情報

  • 棟数: 12の離れ(棟ごとに固有の名を持つ)
  • 湯: 白川の自家源泉。棟の湯に加えて貸切の露天を用意
  • 所在: 熊本県阿蘇郡南小国町(黒川温泉郷の南)
  • アクセス: 熊本空港・熊本駅から車、または日田駅からタクシー約1時間
  • 食事: 朝食・夕食とも棟で供される


3. 亀の井別荘 — 大分・由布市

金鱗湖畔の約1万坪に11の離れ。50㎡から140㎡まで、番号で呼ばれる棟がすべて違う広さを持ちます。

17室(離れ11棟・本館6室)、温泉旅館。

目安価格 ¥132,000–¥213,000 / 泊 (2名1室・通常期)


亀の井別荘 — 大分・由布院金鱗湖畔 · 落葉した庭木の奥に立つ茅葺の門と由布の山並み
PHOTO: 亀の井別荘 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

離れが棟番号で呼ばれる宿です。1番館70㎡、2番館80㎡、3番館85㎡、7番館140㎡、8番館75㎡、11番館85㎡、15番館50㎡、16番館70㎡、17番館90㎡、そして100番館120㎡。番号が連続していないことが、この宿の来歴をそのまま語ります。大正期に別荘として建てられた場所が、後に宿となり、代替わりを経ながら一棟ずつ足されてきた。湯の引き方も揃わず、露天を備える棟が8、内湯の棟が3。約1万坪の敷地に散る棟が、それぞれ異なる庭の景色に向いています。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、庭と敷地全体の設えに対する評価が最も高く、次いで離れの独立性と食事処の存在が挙がっています。棟によって広さも景色も違うため、再訪して別の棟を選ぶという滞在の仕方が語られるのも、この宿の特徴です。一方、本館の洋室は離れとは性格が異なり、期待の置き方を誤ると評価が分かれます。予約時に離れか本館かを明確にしておきたい宿です。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    由布院の街と金鱗湖を歩いてから宿に戻る旅程、庭の散策を目的に置く滞在、棟を変えて再訪したい人
  • 向かない:
    小学生以下の子どもを伴う本館利用(本館は利用が制限されています)、統一された規格の客室を求める人

具体情報

  • 棟数: 11の離れ+本館6室、敷地約1万坪
  • 棟の広さ: 50㎡〜140㎡(露天付8棟・内湯付3棟)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
  • 食事: 離れは会席を棟へ運ぶ形式。庭内の食事処での提供にも対応
  • 所在: 大分県由布市湯布院町川上(金鱗湖畔)
  • 湯: 全客室で源泉掛け流し


4. 西伊豆 土肥温泉 無雙庵 枇杷 — 静岡・伊豆市

駿河湾を見下ろす山腹に、二階建て3棟と平屋5棟。古材を組んだ八つの離れがすべて意匠を違えます。

8室、全室離れの温泉旅館。

目安価格 ¥90,000–¥118,000 / 泊 (2名1室・通常期)


無雙庵 枇杷 — 静岡・伊豆市土肥 · 駿河湾を望むテラスと源泉掛け流しの露天風呂
PHOTO: 無雙庵 枇杷 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

八棟の離れは、まず建て方から二系統に分かれます。「重ね軒吹抜の家」と名づけられた二階建てが3棟(茜・潮・蛍)、「平屋和み柱の家」が5棟(橙・菫・鶉・蕪・筍)。同じ系統のなかでも古材の使い方が異なり、意匠は一棟ずつ違います。斜面を段に切って棟を据えたため、テラスから見える駿河湾の高さも棟ごとに変わる。土肥の海に日が落ちる時刻、どの棟から見ても同じ夕景にならないのは、この配置の結果です。全棟が源泉掛け流しの露天を備えます。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、海へ開けたテラスと露天、そして古材を用いた棟の設えに評価が集まっています。八棟という規模の小ささから、静けさへの言及も多く見られます。他方、山腹の立地ゆえに公共交通での到達には時間がかかり、そこは受け止めが分かれる点です。宿は送迎を用意しており、事前の連絡でその負担はかなり軽くなります。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    夕景と海を主目的に置く夫婦旅、価格を抑えつつ離れの独立性を得たい旅、車で伊豆を回る旅程
  • 向かない:
    鉄道のみで移動する旅程(三島駅からバスで約75分)、山側の坂道の移動を避けたい人

具体情報

  • 棟数: 全8棟の離れ(二階建て3棟/平屋5棟)
  • 湯: 全棟に源泉掛け流しの露天風呂付きテラス
  • 所在: 静岡県伊豆市土肥259-1
  • アクセス: 三島駅から土肥温泉まで約75分。土肥港・バス停から送迎あり
  • 敷地: 駿河湾を見下ろす山腹の森


5. 忘れの里 雅叙苑 — 鹿児島・霧島市

天降川のほとりに茅葺の集落を再現した宿。屋根裏付き、メゾネット、二十五畳の座敷と、棟の型が分かれます。

10室、離れ形式の温泉旅館。

目安価格 ¥110,000–¥187,000 / 泊 (2名1室・通常期)


忘れの里 雅叙苑 — 鹿児島・霧島市妙見温泉 · 樹々に囲まれた茅葺屋根の棟と石畳の小径
PHOTO: 忘れの里 雅叙苑 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

棟の型が四つに分かれます。半屋外のウッドテラスに露天とベッドを据えた「かぜ」。もとあった露天に屋根と壁を掛け、風呂とも居間ともつかない空間に変えたうえ、屋根裏部屋を持つ四棟(けやき・さくら・もみじ・べに)。一階に箱火鉢を収め二階に湯を置いたメゾネットの「椿」。そして天降川に面し、二十五畳前後の座敷と半露天の内湯を持つ「空」「光」。1970年に、失われつつあった山里の集落を写して始まった宿ですから、棟が揃っていないのは当然でもあります。集落は、そもそも同じ家を並べません。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、茅葺と土間、放し飼いの鶏といった風景そのものへの評価が中心を占めます。棟によって設えが大きく違うため、どの型を選んだかで滞在の印象が変わる点も繰り返し語られています。一方、意図的に古い建具や間取りを残しているため、現代的な快適さを最優先する旅には向きません。そこを承知して選ぶ宿だと言えます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    民家再生や集落の暮らしに関心のある旅、川音と鶏の声のある朝を望む人、霧島の山と湯を巡る旅程
  • 向かない:
    新しい設備と均質な快適さを重視する人、段差や屋根裏への昇降を避けたい人

具体情報

  • 棟の型: 露天付特別客室/風呂居間付客室(屋根裏付き)/メゾネット特別客室/和室スイート の4型
  • チェックイン: 14:00〜 / アウト 〜12:00
  • 湯: 大浴場「建湯」(約20トンの一枚岩をくり抜いた湯船)、貸切の「うたせ湯・ラムネ湯」
  • 所在: 鹿児島県霧島市牧園町宿窪田4230(妙見温泉・天降川沿い)
  • 創業: 1970年


よくある質問

Q. 棟を指定して予約できますか。

A. 五軒とも棟ごとに広さも湯の設えも異なるため、棟の指定を受け付ける宿がほとんどです。ただし棟数が10前後と少なく、広い棟ほど早く埋まります。特定の棟を望む場合は、宿へ直接問い合わせるのが確実です。亀の井別荘のように棟番号で管理する宿では、番号を伝えれば話が早く進みます。

Q. 霜月から師走に泊まる利点はありますか。

A. 落葉が進み、棟と棟の間の見通しがよくなる時季です。夏は緑に隠れて分からなかった屋根の掛かり方や、棟ごとの高低差が目に入ってきます。由布院や霧島では朝霧が立ち、湯気と混ざる時間帯があります。積雪期に入る前の、庭を歩きやすい時季でもあります。

Q. 子どもと一緒に泊まれますか。

A. 宿と棟によって扱いが分かれます。亀の井別荘の本館は小学生以下の利用が制限されています。離れは棟が独立しているぶん他客への配慮は少なくて済みますが、段差や屋根裏への梯子を伴う棟もあります。雅叙苑の屋根裏付きの棟や竹ふえの斜面立地は、年齢によって向き不向きが出ます。予約前に棟ごとの条件を確認しておくと安心です。

Q. 湯はすべて源泉掛け流しですか。

A. 五軒はいずれも棟に温泉の風呂を備えます。無量塔と亀の井別荘は全客室で源泉掛け流し、竹ふえは白川の自家源泉、枇杷は全棟に掛け流しの露天を備えます。雅叙苑は棟の湯に加え、一枚岩をくり抜いた大浴場と自噴の貸切風呂を持ちます。湯の引き方が棟ごとに違う点が、本稿で取り上げた五軒に共通する特徴です。

Q. 食事は棟でとれますか。

A. 竹ふえと無量塔、亀の井別荘の離れは、棟へ料理を運ぶ形式が基本です。亀の井別荘は庭内の食事処での提供にも応じます。棟で食べるか、外へ出て食べるかで一夜の流れが変わりますので、予約時に希望を伝えておくとよいでしょう。

本記事の参考情報

・由布院温泉観光協会 — 由布院エリアの観光情報
・Wikipedia: 妙見温泉 — 天降川沿いの温泉地の歴史と地理

編集部から

五軒に通底するのは、揃えなかったという一点です。同じ図面を写して棟を増やせば工期も費用も抑えられるはずですが、いずれの宿もそれを選ばなかった。移築した古材の寸法に従い、斜面の形に従い、代替わりごとの判断に従って、一棟ずつ違う普請を積み上げてきた結果が、いま庭に並ぶ棟の不揃いです。その不揃いこそが、隣の棟の気配を消し、離れの静けさを支えています。霜月の落葉が進むほど、庭を歩けば棟の輪郭がよく見えてくる。次はどの棟を選ぶか。そう考えさせる宿が、良い離れなのかもしれません。

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