名湯
湯仲間という制度 — 共同湯を守る町衆が、いまなお続けている当番の作法
野沢の十三湯、城崎の七つの外湯、肘折の共同湯。町衆が当番制で湯を守ってきた湯仲間制度を、三軒の旅館を通して読むエッセイ。
福島三湯、阿武隈山系の薬湯を継ぐ湯宿五軒 — 飯坂・土湯・高湯の硫黄と単純泉
新緑から初夏の福島市内、飯坂・土湯・高湯の三温泉郷から、代を重ねて湯を継ぐ湯宿を五軒。高湯の硫黄泉、土湯の単純泉、飯坂の含芒硝泉と、三湯それぞれの泉質と建築を併せて記す。
祖谷と剣山、徳島の山ふところに湧く湯宿五軒 — 平家落人の谷と石灰岩の薬湯
徳島の山あいに点在する湯宿から、祖谷渓・新祖谷・大歩危・松尾川・吉野川渓谷の五湯場を取り上げ、客室露天やケーブルカー露天など、湯と建物の来歴を整理した上で編集部が選んだ五軒を案内する。
山中温泉、芭蕉が讃えた扶桑三名湯を継ぐ湯宿五軒 — 鶴仙渓の谷あいに湧く美肌の湯
石川県加賀市の山中温泉、奈良期に行基がひらき、芭蕉が扶桑三名湯と讃えた湯場。芒硝泉と山中塗・九谷焼を継ぐ湯宿五軒を、編集部が選んで紹介します。
伊香保、石段街の三百六十五段を継ぐ湯宿五軒 — 黄金の湯と白銀の湯、梅雨前の上州
天正期の湯仲間制度が定まって以来、伊香保の石段街は三百六十五段の両側で源泉を分け合ってきた。黄金の湯と白銀の湯を客室・浴室に引く五軒を、創業年と分湯制度との関係を軸に編集部が選んだ。皐月末から水無月初め、梅雨前の上州を歩く旅程に向く湯宿の名鑑。
群馬四万、千の湯を抱く渓に湧く湯宿五軒 — 国民保養温泉地一号と日向見薬師の里
昭和二十九年、四万温泉は国民保養温泉地第一号に指定された。新湯・山口・温泉口・ゆずりは・日向見の五区分から、創業年と湯量を編集部が記しながら五軒を選ぶ。
群馬四万、千の湯を抱く渓に湧く湯宿五軒 — 国民保養温泉地一号と日向見薬師の里
昭和二十九年、国民保養温泉地第一号に指定された群馬・四万温泉。新湯・山口・温泉口・ゆずりは・日向見の五区分から、湯量豊かな渓に湧く五軒を編集部が選んだ。
源泉掛け流しという言葉 — 何をもって掛け流しと呼んできたか、湯守たちの線引き
「源泉掛け流し」が看板化する以前、湯守たちは湯の鮮度をどう語ってきたか。湧出量と浴槽容量の比、加水・加温の慣習、循環設備登場以降の表記の揺れを、草津・乳頭・草津ての字屋の三つの湯場を参照しつつ論じる、梅雨時のエッセイ。
湯治というかたち — 自炊棟が静かに継いできた、長く湯に浸かる作法について
湯治とは一週間から十日を一区切りに湯に通う作法。岩手・大沢温泉、青森・酸ヶ湯温泉など東北の自炊棟に残る、現代の旅とは異なる時間の流れを辿るエッセイ。
下部と西山、身延山西麓の薬湯四軒 — 信玄の隠し湯を継ぐ甲斐の湯場
武田信玄の隠し湯として知られる下部温泉と西山温泉。ぬる湯の長湯文化と千年を超える湯治の作法を今に伝える四軒を、泉温・湯量・湯治棟の有無を軸に紹介。世界最古の慶雲館、名湯百選の下部ホテル、足元自噴の源泉舘、湯治棟を残す蓬莱館。