名湯
雲仙地獄の硫黄を継ぐ湯宿五軒 — 明治の避暑地に千三百年の硫酸塩泉を守る宿
梅雨明けの雲仙、地獄から立つ蒸気が朝の参道を白く染める。源泉掛け流しの硫黄泉を継ぎ、明治の避暑地の系譜を守る雲仙温泉の湯宿五軒を、創業年と源泉数を手がかりに選んだ。
伊予道後と奥道後、三千年の湯を継ぐ湯宿五軒 — 石手川の渓と松山平野のアルカリ単純泉
日本最古とされる道後の湯を継ぐ湯宿を、引湯の系譜と外湯文化とともに辿る五軒。寛永創業のふなや、全室客室露天の道後御湯、能舞台の大和屋本店、黒川紀章設計の道後舘、静謐の大和屋別荘。
草津湯畑門前、湯路を見下ろす江戸創業の一軒 — 湯滝と湯樋を眼下に代を継ぐ宿の記
湯畑の湯路を見下ろす木造三階、国登録有形文化財の山本館。江戸幕末に湯守の家から起こり、湯畑源泉を直接引く強酸性硫黄泉を受け継ぐ十一室の一軒を、編集部が深く語る。
湯坪という単位 — 旅館の湯舟の大きさを坪数で語る作法が、なぜ湯量と泉質を最も雄弁に伝えてきたか
盛夏、湯場の朝に立ち上がる湯気の量を、湯守たちは「湯坪」という独自の単位で語り継いできた。草津・別府明礬・蔵王の三湯場の老舗を辿り、坪で語る作法が湯量と泉質をいかに伝えてきたかを考察する。
鳴子温泉郷、九つの泉質と四百の源泉を継ぐ湯宿五軒 — 東鳴子から中山平、湯色の変わる谷
宮城・鳴子温泉郷。日本に十一ある泉質のうち九つが揃い、四百を超える源泉が満たす谷から、東鳴子・鳴子・川渡・中山平の湯宿五軒を選んだ。
嬬恋万座と鹿沢、上信国境の標高二千に湧く湯宿五軒 — 浅間連峰北麓の硫黄と酸性緑礬泉
盛夏の上信国境、標高千八百を越える万座温泉と、その南の鹿沢に湧く湯宿五軒。火山ガスを伴う含硫黄湯と、明治期に開かれた酸性緑礬泉の引湯を地形に沿って読む。
源泉掛け流しという言葉 — 何をもって掛け流しと呼んできたか、湯守たちの線引き
「源泉掛け流し」は近年広まった表記にすぎない。湧出量・加水・循環の三つの論点と、草津・奈良屋、みなかみ・宝川温泉 汪泉閣という二つの湯場の作法から、湯守たちの線引きの来歴をたどる読み物。
出羽湯田川と湯野浜、庄内の海と里に湧く湯宿五軒 — 由良海岸の塩湯と五百年の里湯
庄内・鶴岡の湯田川、湯野浜、由良。海に湧く塩湯と山ふところの里湯を、海と里の往還として巡る名湯の宿五軒を、庄内の食文化とともに紹介する。
肘折、出羽の豪雪に蒸気を継ぐ湯宿五軒 — 千二百年の塩湯と朝市の里
開湯千二百年と伝わる山形・肘折温泉。月山北麓のカルデラの底で、濃い塩湯と夏の朝市を守る湯治宿五軒を、集約評価とともに地図で編む。
玉川と乳頭、奥羽の自炊湯治場を継ぐ湯宿五軒 — 強酸性湯と七つの湯壷の作法
田沢湖の北、玉川・乳頭・八幡平。pH1.2の強酸性湯から乳白の野天まで、自炊棟と湯小屋を継ぐ五軒を湯場ごとの数値とともに編む。