湯はもともと、無色である。地中で水が熱せられ、岩盤の隙間を通って湯壺に届いた瞬間、たいていの湯は澄んでいる。色を帯びはじめるのは、そのあと――空気に触れ、温度がわずかに下がり、水のなかに溶け込んでいた硫黄や鉄が、ほんのひと呼吸の時間をかけて目に見える粒に変わっていくときだ。盛夏の湯場で、湯口から落ちる細い筋のあたりだけは透き通り、湯船の縁に近づくにつれて乳色がにじんでいく光景は、この変化を一度に教えてくれる。白濁という現象は、湯が空気と出会った時間そのものを、目に映る形で記している。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
湯が色を帯びる瞬間に、何が起きているか
硫黄泉の白濁を作るのは、湯のなかに溶け込んだ硫化水素である。水温の高い地下では水に溶けたままでいるこの気体が、空気のなかの酸素と出会うと、ごく細かい単体硫黄の粒になって水のなかに散らばる。粒が小さければ小さいほど光をよく散らし、湯は青みを帯びた白に見える。粒が大きく成長すると、白は黄味を帯び、底に薄く沈むようになる。同じ源泉から引いた湯が、夏と冬で色が違って見えるのも、温度と湿度に応じて粒の育ち方が変わるからだ。
含鉄泉が湯口で透明、湯船で赤茶けて見えるのも理屈は同じで、こちらは溶けていた鉄イオンが酸化して水酸化鉄になる。白濁と赤濁は、湯のなかで起きる化学反応の結末が違うだけで、いずれも「湧き出てから時間が経った印」である。湯場の人々は、その日の色を見て、湯口の絞りを変える。白さが薄ければ少し閉じて湯の留まる時間を延ばし、強く濁ればやや開いて新しい湯を多く入れる。色の濃淡は、湯場における時計の針でもある。
湯口を絞って色を惜しむ — 白骨温泉 湯元齋藤別館
乗鞍の谷あいで「三日入れば三年風邪をひかぬ」と語り継がれてきた、白色の硫黄泉を継ぐ古宿。
Media Picks Score: 93 / 100 11室、長野県松本市安曇白骨温泉、1933年創業の別館。
目安価格 ¥42,000–¥46,000 / 泊 (2名1室・通常期)

白骨の湯は、湯壺から汲み上げた直後は透き通っている。それが樋を伝い、外気に触れ、湯船に落ちるまでのあいだに、含まれる炭酸カルシウムと硫黄の粒が育って、乳白色に変わっていく。古くは「白船」と書いた時代もあり、これは湯船に温泉の石灰分が白く結晶することに由来する(現在の「白骨」表記は大正二年からの中里介山『大菩薩峠』連載で広く知られるようになった)。乗鞍の谷あいに湧くこの湯を、湯元齋藤別館は本館の系譜を受けて1933年に開いた。湯守は朝のいちばん早い時間に湯船を覗き、湯の色を見て、その日の湯口の開き加減を決める。色が薄い夏の朝には、少し絞って湯を長く湯船に置く。逆に湿度が低く湯気が立ちにくい秋には、湯口を開いて新しい湯を多く呼び込む。湯元齋藤別館の小ぢんまりした宿構えは、その日々の調整を客から遠ざけずに見せる構えに見える。胃腸の湯と古くから言い伝えられ、飲泉も許されてきた歴史を持つが、何より湯場で過ごす一時間が、湯の色の移ろいを最も丁寧に教えてくれる。
湯の色を掛け流しの証と見る — 雲仙小地獄温泉 青雲荘
雲仙の地獄からほど近い小地獄に、宿名そのものに白濁を掲げた一軒。
Media Picks Score: 94 / 100 63室、長崎県雲仙市小浜町雲仙、1959年創業。
目安価格 ¥36,000–¥42,000 / 泊 (2名1室・通常期)

雲仙の地獄から少し離れた小地獄は、明治期から湯治場として知られてきた。青雲荘は1959年の創業で、自家源泉を持つ宿である。湯はpH4.3の単純硫黄泉(弱酸性・硫化水素型)で、湯口の近くでは緑がかった透明、湯船の中央へ歩み寄るほど乳色が深くなる。盛夏には湿度が高く、湯気が湯面の上に長く留まるため、白の粒が湯のなかに沈み込まずに浮いて、湯全体が霧のなかにあるような印象を与える。宿の名に「白濁源泉掛け流し」と掲げているのは、客への約束であると同時に、湯場が日々背負っている責任の表明でもある。掛け流しを止めれば湯は循環し、再加熱と濾過の過程で硫黄の粒は失われていく。色が薄くなることは、湯場の人々にとって何よりわかりやすい品質低下の合図である。色の濃さを保つために湯口を開き続ける、その単純な作法は、湯の鮮度を絶えず示し続ける装置でもある。小地獄温泉館は享保16年(1731)に湯治場として開かれ、共同浴場として大正期(1919)に整えられた古い外湯で、青雲荘の客もこちらの湯を併せて使うことができる。木造のひっそりした湯小屋で、湯気のなかから白く現れる湯船は、雲仙の湯文化の核心に近い。
五つの色を持つ湯、ニセコ五色温泉旅館
標高750メートル、イワオヌプリの裾野に湧く湯。透明から白濁まで、日に幾度も色を変える源泉を継ぐ一軒宿。
Media Picks Score: 95 / 100 10室、北海道磯谷郡蘭越町湯里、1930年創業。
目安価格 公式予約・電話にて確認

イワオヌプリの裾野、標高750メートルの場所に湧くこの湯は、五色の名のとおり、見る時刻と気象によって色を変える。湧き出した瞬間は澄んでいる。湯船に流れ込み、日が高くなるにつれて青く翳り、湯気が立ちはじめると乳色を含み、夕方には黄味を帯びた白に近づく。五色温泉旅館は1930年の創業で、十室の小さな宿構えのまま、源泉を生のまま湯船に流す掛け流しを守ってきた。盛夏のニセコは標高のおかげで夜が冷え、湯から立つ湯気が湯の表面に長く留まる。湯気が水滴に戻り、湯面に細かい波紋を作るとき、白濁の粒は規則正しく沈んでは浮きを繰り返す。客がこれを「湯が呼吸している」と語ったという記録が宿に残っている。湯場の人々にとっては、その呼吸のリズムを湯口の絞りで整えることが日々の仕事である。北海道の硫黄泉のなかでも、五色は本州の白骨や九州の雲仙とは別系統に属する。同じ白濁という現象を、別の地質と気候のもとで読んできた湯場が、各々の作法をいまも更新している。
白濁の濃淡を、湯場が読んできた
三軒の宿に共通するのは、湯の色を品質の指標として読み続けてきた湯場の習慣である。色が薄いと感じれば湯口を絞り、色が強すぎれば開く。湯口の蛇口に手を掛ける所作は、外から見れば小さなことに見えるが、その背後には湧出量と気温と湿度を組み合わせた長年の観察がある。掛け流しは、湯を新しく保つための装置であると同時に、湯の色を最も強く見せるための作法でもあった。湯場の長い時間が育てたこの感覚は、湯の効能を口で説明することよりも、湯の色そのものに語らせる選択でもあったのだろう。盛夏の朝、まだ薄暗いうちに湯船を覗いて色を確かめるという、宿の人々にしかわからない静かな仕事が、三軒ともに続いている。
よくある質問
Q. 白濁の濃さは、季節によって本当に変わるのですか
A. 変わる。湯のなかに溶け込んだ硫黄が空気に触れて単体硫黄の粒に育つ速度は、外気温と湿度で変わる。盛夏は気温が高く湿度も高いため、湯気が湯面に長く留まり、粒が水中で大きく育ちにくい。冬は気温が低く、湯口から落ちた直後の湯が急冷されるため、粒の成長が早く、白濁が濃く見えやすい。同じ宿でも朝と夜、晴れと雨で色が違うのはこのためである。
Q. 白濁泉の効能は、色の濃さと関係があるのですか
A. 色の濃さと効能は直結しない。色は溶存成分のうち単体硫黄や水酸化鉄の粒のサイズが目に見える形で表れたもので、湯の薬理作用そのものは溶けたままの成分が担う。ただし色が濃く見える日は湯口からの新湯供給と空気接触のバランスがよく取れている日でもあるため、湯場の人々は色を一つの目安として使ってきた。
Q. 飲泉はできますか
A. 白骨温泉のように飲泉許可を受けてきた湯場もあれば、酸性度の高い雲仙の小地獄やニセコ五色のように飲泉を勧めない湯もある。宿によって扱いが異なるため、湯場や受付で確かめてから口にするのが安全である。
Q. 子連れでの利用は可能ですか
A. 三軒とも家族客の受け入れはあるが、硫黄泉は皮膚が敏感な乳幼児や、長く湯に浸かることのできない年代には負担になることもある。短時間の入浴と十分な水分補給を心掛け、湯あたりの兆しを感じたら早めに湯から上がるのがよい。
本記事の参考情報
・環境省 自然環境局 温泉 — 温泉法に基づく分類と泉質の解説
・日本温泉協会 — 泉質と分類、源泉の保全基準
・日本秘湯を守る会 — 秘湯系一軒宿の運営理念と加盟基準
編集部から
白濁という現象は、湯が空気と出会ったあとにだけ起こる。湯口の透き通った筋と、湯船の縁の白い揺らぎのあいだに、湯場が日々積み重ねてきた時間が映っている。三つの湯場は、別々の地質と気候のなかで、同じ現象を別々の作法で読み続けてきた。盛夏の朝、湯気の立つ湯船を覗き込むとき、その色は、その湯場が何を見てきたかの記録でもある。次の季節、湯の色がどう変わるか――それを確かめに行くこと自体が、温泉という旅の一つの動機になり得る。