水無月、日本海から梅雨前線が押し上がる頃、中国山地北縁の谷あいには濃い霧が降りる。山陰には、三朝温泉のラドン泉に代表される微量放射能泉地帯が東西に長く伸びており、その南北には関金(鳥取県倉吉市)、岩井(岩美町)、湯村(兵庫県新温泉町)の薬湯が点在する。本稿は三朝以外の三エリアから、放射能あるいは弱放射能を含む湯を擁する四軒を、湯の科学成分と湯治文化の現在地として書き留める。
| # | 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 湯村温泉 朝野家 | 湯村温泉・兵庫 | 94 | 66 | ¥46–¥84k | 4源泉を擁する湯村の老舗、茶華香三道のもてなしを軸に据える大型旅館 |
| 2 | 岩井温泉 岩井屋 | 岩井温泉・鳥取 | 91 | 14 | ¥59–¥75k | 山陰最古の湯、創業150年・木造三階建てに源泉かけ流しを湛える秘湯会の宿 |
| 3 | 湧泉の宿 ゆあむ | 湯村温泉・兵庫 | 90 | 36 | ¥40–¥73k | 荒湯沿い、豊岡杞柳細工を館のモチーフに据えた現代型の中規模旅館 |
| 4 | HOTEL星取テラスせきがね | 関金温泉・鳥取 | 89 | 30 | ¥37–¥51k | 関金「白金の湯」を引く2024年開業、ユニバーサルデザインと屋上星見デッキ |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
1. 湯村温泉 朝野家 — 湯村温泉・兵庫
荒湯のほとり、湯村のまんなかに長らく座する一軒。茶華香三道を客迎えの軸に据える朝野家は、四源泉を持つ湯村の中核として推したい宿。
Media Picks Score: 94 / 100 66室。
目安価格 ¥46,000–¥84,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
朝野家は四つの源泉を保有し、本館・露天・客室にまで湯を巡らせている点で湯村を象徴する。1967年(昭和42年)の創業以来、城郭風の外観と数寄屋造りの内部を保ったまま代替わりを重ね、茶道・香道・華道の趣を館内随所に置く構え。湯村の高温泉(98℃前後)を温度の階梯で大浴場・露天・打たせと使い分け、湯量に余裕がある一軒。
集約レビューの傾向
湯量と接遇の安定が支持の柱。集約された傾向では、湯村のなかで「湯当たりが穏やか」「茶菓のもてなしが端正」といった所感が繰り返し見られる。一方で、66室の大型らしい廊下の長さ、夕餉の品数の多さに対する好み分岐の声もあり、量を求めるか、緩急ある献立を求めるかで評価が分かれる。
向く人 / 向かない人
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向く:
湯村の象徴を一夜で味わいたい大人の二人旅、茶道・華道に親しむ年配層、温泉文化に造詣のある夫婦 -
向かない:
簡素な内湯を一人で長く愉しみたい湯治志向、館内動線の短さを優先する小規模派、品数の少ない夕餉を望む人
具体情報
- 最寄り駅: JR山陰本線 浜坂駅から路線バスで約25分(湯村温泉バス停)
- 客室規模: 66室 ─ 湯村最大級
- 湯: 4源泉、源泉温度98℃前後、加水のうえ大浴場・露天・打たせ湯に配湯
- 創業: 1967年(昭和42年)
- 食事: 但馬の鯛・松葉ガニ・但馬牛を軸にした会席、季節により変動
2. 岩井温泉 岩井屋 — 岩井温泉・鳥取
霜の朝、湯気と障子の白だけが立ち上がる山あい。岩井温泉の谷の奥、創業150年の木造三階建てに、源泉かけ流しの湯が湛え置かれている。
Media Picks Score: 91 / 100 14室。
目安価格 ¥59,000–¥75,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
岩井温泉は平安期に開湯したと伝わる山陰最古の湯のひとつで、岩井屋は1872年(明治5年)の創業以来、その湯守として継承されてきた家系の宿。「日本秘湯を守る会」加盟。全14室すべて畳敷きで、木造三階建ての佇まいを変えずに修繕を重ねている点で、山陰の温泉旅館の原型に最も近い一軒と言える。
集約レビューの傾向
湯と建物の質感に対する支持が圧倒的に高い。集約傾向では「湯が柔らかく長く入っていられる」「木造の床の鳴りと畳の匂いが旅情を呼ぶ」といった筋の所感が並ぶ。一方、近代的設備(エレベーター、洋室)を望む層には合わず、階段中心の館内動線に対する好み分岐がある。山陰最古の湯の格を求めて訪れる層と、機能性を優先する層の評価が二分する宿。
向く人 / 向かない人
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向く:
木造旅館の本質を体感したい温泉好き、夫婦二人で静かに数日を過ごす湯治旅、秘湯会の宿を集める年配旅行者 -
向かない:
段差・階段が難しい家族、洋室や大浴場の華やかさを求める層、観光地巡りのベースとして使いたい人
具体情報
- 最寄り駅: JR山陰本線 岩美駅からタクシーで約10分(無料送迎あり要予約)
- 客室規模: 14室(全室畳敷き)
- 湯: 源泉100%かけ流し、微量の放射能・炭酸塩を含む含芒硝食塩泉、源泉温度50℃前後
- 創業: 1872年(明治5年)
- 加盟: 日本秘湯を守る会
3. 湧泉の宿 ゆあむ — 湯村温泉・兵庫
荒湯から立ち上る湯気のすぐ脇、川と柳の通りに沿って構える宿。但馬の伝統工芸・豊岡杞柳(きりゅう)の編組をモチーフに、館内全体を「編む」概念で構成し直した湯村の現代型旅館。
Media Picks Score: 90 / 100 36室。
目安価格 ¥40,000–¥73,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
2013年のリニューアルで館内意匠を一新したが、湯村の弱アルカリ高温泉を大浴場・客室付露天で楽しめる骨格は保持されている。荒湯のすぐ脇という立地は湯村でも稀少で、夜の湯けむり散歩、朝の湯がき卵(地元の習慣)に直接歩いて出られる地の利が圧倒的。36室と中規模で、館内動線の取りやすさも特長。
集約レビューの傾向
集約傾向では「立地が随一」「館内の意匠が落ち着いている」「夕餉の量と質のバランスが良い」といった所感が並び、価格帯に対する満足度の高さが繰り返される。一方、伝統的な大旅館の重厚さを期待する層には現代的すぎる印象との所感もあり、宿の「色」を確認したうえで選ぶことが望ましい。
向く人 / 向かない人
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向く:
湯村初訪問の夫婦旅、荒湯散策を旅程の中心に置く滞在、現代的な意匠と源泉の双方を享受したい層 -
向かない:
完全な古典的旅館建築を求める層、源泉数の多さで宿を選ぶ湯通、囲炉裏や民芸風の意匠を期待する人
具体情報
- 最寄り駅: JR山陰本線 浜坂駅から路線バスで約25分(湯村温泉バス停すぐ)
- 客室規模: 36室(和室、和モダンツイン、露天付スーペリア)
- 湯: 湯村の弱アルカリ性塩化物泉(源泉温度98℃前後、加水のうえ供湯)
- 開業/リブランド: 2013年に「ゆあむ」として全面リニューアル
- 運営: ビナリオホテルズ&リゾーツ
4. HOTEL星取テラスせきがね — 関金温泉・鳥取
大山(だいせん)の北麓、星空保護区に程近い関金宿の地に、2024年に開いた新しい湯宿。日本名湯百選「白金の湯」を引き、車椅子・盲導犬・愛犬と共に泊まれる構えを持つ。
Media Picks Score: 89 / 100 30室。
目安価格 ¥37,000–¥51,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
関金温泉は無色透明・微弱放射能を含む単純弱放射能泉で、源泉温度は約49℃。地元では「白金の湯」と称される。星取テラスはユニバーサルデザインを徹底し、客室30室すべてが段差を排し、車椅子・盲導犬・補助犬・愛犬同伴の旅程を受け入れる構造になっている点で、関金の湯の文化を新世代に橋渡しする宿として推したい。
集約レビューの傾向
集約傾向では「設計が新しく動線が明快」「湯の柔らかさと景観の開放感が同時に得られる」といった所感が中心。屋上の星見デッキ、大山遠望の露天への評価が高い。新規開業から日が浅く、レビュー件数自体は少ないが、ユニバーサルデザインを実需要として選択した層からの所感は安定して高い。
向く人 / 向かない人
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向く:
車椅子・補助犬・愛犬と一緒の旅、関金温泉の湯を新築の設計で体感したい層、星空観望を旅の主目的に置く人 -
向かない:
老舗木造旅館の年輪を求める層、温泉街の湯巡りを夜通し愉しみたい湯通、料亭級の懐石を期待する食通
具体情報
- 最寄り駅: JR山陰本線 倉吉駅からバスで約40分(関金温泉バス停)
- 客室規模: 30室(うちドッグフレンドリー4室、北館は2025年4月グランドオープン)
- 湯: 関金温泉「白金の湯」、単純弱放射能泉、源泉温度約49℃
- 開業: 2024年(北館は2025年4月)
- 特長: ユニバーサルデザイン、ペット同伴可、屋上星見デッキ
よくある質問
Q. 微量放射能泉とは、湯治にどう関わる湯ですか?
A. 単純弱放射能泉(旧称ラドン泉)は、湯中のラドンガスを呼気から吸い込み、ホルミシス効果が期待されると伝えられてきた湯。三朝温泉が世界有数の含有量で知られるが、関金・岩井・湯村など中国山地北縁の湯にも微量のラドン・ラジウムが含まれることが温泉分析書に記録されている。効能の科学的解釈は研究途上だが、湯治場文化としては数世紀の蓄積を持つ。
Q. 三朝温泉ではなく、なぜ三朝の外を取り上げるのですか?
A. 三朝はラドン含有量で群を抜き、本誌でも別途取り上げる主要湯。本稿は、三朝の南北に伸びる微量放射能泉地帯の文脈で、関金(三朝の西)、岩井(三朝の北)、湯村(三朝の東、兵庫県)の三エリアを地理的に位置づけることを目的とする。湯治場の地理を線で読み解くと、中国山地の地下構造が見えやすい。
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 山陰の湯は通年で味わいがあるが、水無月(梅雨)と霜月(初冬)は客足が薄まり、湯の独占感が増す。冬は松葉ガニ・但馬牛など食材の主役が立ち、料金は上昇する。夏は岩牡蠣・鳥取の梨が品書きに乗る。湯本来を味わうなら春先と晩秋を編集は推す。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 朝野家・ゆあむは大型・中規模で家族客の受け入れ態勢があるが、岩井屋は木造三階建てで階段中心の動線のため、幼児連れには段差の配慮が要る。星取テラスせきがねはユニバーサルデザインを徹底しており、車椅子・補助犬・愛犬同伴も含めて全室バリアフリーの構造を持つ。
Q. アクセスは?
A. 湯村は山陰本線浜坂駅からバス約25分、岩井は岩美駅からタクシー約10分、関金は倉吉駅からバス約40分。鳥取空港(湯村・岩井へ)、米子空港(関金へ)からのレンタカー利用が四軒を周遊する場合は現実的。三朝を含めれば二泊三日の湯巡りが組める距離感。
本記事の参考情報
・湯村温泉観光協会 ─ 湯村温泉の湯質・歴史
・岩美町観光協会 ─ 岩井温泉の歴史背景
・倉吉観光情報 ─ 関金温泉「白金の湯」の解説
編集部から
三朝の南北、二県にまたがるこの帯状の湯地は、地学的には中国山地北縁の花崗岩体に沿う湯脈として捉えられている。湯村は塩化物、岩井は炭酸塩沈着、関金は弱放射能と、湯質の表情は異なるが、いずれも数百年の湯治文化が宿に堆積している点は共通する。水無月の霧と湯気が重なる時季、客足の薄まる山陰を線で歩いてみることを、編集は静かに推したい。次は三朝温泉の宿、あるいは中国山地南縁の湯郷温泉あたりへ筆を進める。