白露の頃、越後妻有の丘陵に湯治宿の作法を継ぐ湯宿を五軒選んだ。舞台は、草津・有馬と並んで日本三大薬湯に数えられる松之山温泉と、信濃川の畔に湧く越後田中の湯である。松之山の湯は塩化物泉のなかでも群を抜いて濃く、溶存成分は一般的な療養泉の基準をはるかに上回る。ホウ酸を多く含み、湧出時の湯温は九十度を超える。飲み湯として、あるいは湯に身を沈めて数日を過ごす——そうした湯治の時間がいまも残る土地に、四十代から七十代の、静かな滞在を望む旅人に向けた宿がある。稲刈りを控えた棚田と、越後妻有アートフィールドの点在する作品を訪ねる二泊三日に、この五軒を据えた。
| # | 宿 | 湯 | Score | 客室 | 目安価格 | 一行の要 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 酒の宿 玉城屋 | 松之山 | 94 | 11 | ¥93–140k | 日本酒と発酵料理で知られる小さな薬湯宿 |
| 2 | 凌雲閣 | 松之山 | 91 | 17 | ¥31–42k | 昭和十三年築、登録有形文化財の木造三階 |
| 3 | ひなの宿 ちとせ | 松之山 | 90 | 30 | ¥61–92k | 里山料理と薬湯露天、松之山最大の湯宿 |
| 4 | 松之山温泉 和泉屋 | 松之山 | 89 | 6 | ¥36–46k | 全風呂貸切、六室の小さな木造湯宿 |
| 5 | しなの荘 | 越後田中 | 88 | 12 | ¥39–53k | 信濃川畔、茶褐色の自家源泉かけ流し |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。一泊二名利用時の一室あたり料金(税込)です。
1. 酒の宿 玉城屋 — 十日町・松之山温泉
明治から続く酒屋を出自に持つ十一室の湯宿。松之山の薬湯と、越後の酒と発酵の食を一皿ずつ味わう一軒。
Media Picks Score: 94 / 100 11室、木造の小規模湯宿。
目安価格 ¥93,000–¥140,000 / 泊(二名一室・通常期)

なぜ選ばれるか
玉城屋は、松之山の湯宿のなかでも料理と酒に軸を置いた一軒である。もとは酒を商う店であった歴史を受け継ぎ、当主が利き酒師として越後の酒を選び、料理長がフランス・イタリアで培った技で土地の発酵食材を仕立てる。薬湯は源泉かけ流しで、客室付きの露天を備える部屋もある。湯治の静けさと、食の饗宴とを一夜のうちに引き受ける宿で、松之山を初めて訪れる旅の起点として編集部が真っ先に推したい。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計したところ、料理と酒の組み合わせへの評価が突出して高い。皿ごとに合わせる越後の酒の妙、地の野菜や川魚を用いた献立が、滞在の記憶として語られる傾向が読み取れる。宿の規模が小さく、行き届いた運営への言及も多い。一方で価格帯は松之山のなかで最も高く、食と酒を主目的に据える旅程でこそ価値が際立つ、人を選ぶ一軒と言える。
向く人 / 向かない人
-
向く:
料理と地酒を旅の主目的に据える夫婦・二人旅、薬湯と食の両方を静かに味わいたい湯治志向の旅人、記念日の一夜 -
向かない:
価格を抑えた湯治連泊を望む旅程、大浴場の広さを重んじる人、幼い子ども連れで賑やかに過ごしたい旅
具体情報
- 最寄り駅: ほくほく線まつだい駅から車で約20分(送迎応相談)
- 客室数: 11室(客室露天付きの部屋あり)
- 湯: ナトリウム・カルシウム塩化物泉(日本三大薬湯・松之山温泉)源泉かけ流し
- 食事: 越後の地酒と発酵食材を軸にした夕食、朝食付き
- 出自: 明治期創業の酒商を継ぐ湯宿
2. 凌雲閣 — 十日町・松之山温泉
昭和十三年築、宮大工が客室ごとに技を競った木造三階。薄緑の薬湯「鏡の湯」を今に伝える文化財の宿。
Media Picks Score: 91 / 100 17室、登録有形文化財の木造旅館。
目安価格 ¥31,000–¥42,000 / 泊(二名一室・通常期)

なぜ選ばれるか
凌雲閣は、昭和十三年に建てられた木造三階の宿である。本館は平成十七年に国の登録有形文化財となった。初代の館主が宮大工を集め、一人に一室を任せて意匠を競わせたと伝わり、欄間や天井の造作が部屋ごとに異なる。名物は薄緑色を帯びた薬湯「鏡の湯」で、松之山の湯質をそのまま湯船に受け止める。日本秘湯を守る会の会員宿でもあり、建物と湯と、その両方を目当てに訪れる価値のある一軒である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、建物そのものへの評価が際立つ。木の階段や欄間、部屋ごとに異なる意匠に、昭和の宮大工の仕事を見出す声が多い。薄緑の薬湯についても、色と効きの実感を伴って語られる傾向が読み取れる。一方、築八十年を超える木造ゆえ、設備の新しさを求める向きには古さが目につく面もある。それを情緒として受け止められる旅人にこそ、深く沁みる宿と言える。
向く人 / 向かない人
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向く:
古建築や文化財に関心の深い旅人、薬湯を色と効きで味わいたい湯治志向、一人静かに宿と向き合う滞在 -
向かない:
新しい設備やバリアフリーを重んじる旅、段差の少ない客室を要する高齢の同行者がいる場合、大浴場の広さを求める人
具体情報
- 最寄り駅: ほくほく線まつだい駅から車で約15分(松之山温泉街の高台)
- 客室数: 17室(木造三階建て・本館は登録有形文化財)
- 湯: 薄緑色の薬湯「鏡の湯」、松之山温泉の塩化物泉
- 建築: 昭和13年(1938年)築、平成17年(2005年)登録有形文化財
- 会員: 日本秘湯を守る会
3. ひなの宿 ちとせ — 十日町・松之山温泉
里山料理と薬湯露天を掲げる松之山最大の湯宿。妻有の食文化を、湯治の時間とともに手渡す一軒。
Media Picks Score: 90 / 100 30室、松之山温泉街の中規模湯宿。
目安価格 ¥61,000–¥92,000 / 泊(二名一室・通常期)

なぜ選ばれるか
ちとせは、松之山温泉街の中核を担う三十室の湯宿である。「ひな(鄙)」の名の通り、農村の暮らしが残る里山の宿として、地元の食材を用いた里山料理を掲げる。松之山の薬湯を源泉かけ流しで引く露天を備え、湯上がりには館内の文庫でひととき過ごせる。規模がありながら、里山の宿らしい穏やかさを保つ運営が支持を集める。松之山の湯と妻有の食を、無理のない滞在のなかで受け取りたい旅に、過不足なく応える一軒である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、湯と食の双方に安定した評価が集まる。薬湯の露天への満足、里山料理の品数と土地らしさへの言及が多い。館内の設えや読書ができる場への好意的な声も見られる。客室数が多いぶん、部屋のタイプによって印象に幅が出る傾向はあるものの、全体として松之山の入門にも連泊にも向く、懐の深い宿として受け止められている。
向く人 / 向かない人
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向く:
松之山の湯と食を初めて味わう旅、里山料理を主眼にした夫婦・友人連れ、館内でゆったり過ごす連泊の湯治 -
向かない:
少数客室の静けさを最優先する旅、極小規模の宿ならではの密な運営を望む人、価格を最も抑えたい旅程
具体情報
- 最寄り駅: ほくほく線まつだい駅から車で約15分(送迎応相談)
- 客室数: 30室(複数タイプ・館内に文庫あり)
- 湯: 松之山温泉の薬湯を源泉かけ流し、薬湯の露天風呂
- 食事: 地元食材を用いた里山料理、朝夕食付き
- 特徴: 松之山温泉街の中核を担う中規模湯宿
4. 松之山温泉 和泉屋 — 十日町・松之山温泉
全ての風呂を貸切で使える六室の木造湯宿。薬湯を独り占めにして過ごす、静かな湯治の一軒。
Media Picks Score: 89 / 100 6室、貸切風呂の小さな木造湯宿。
目安価格 ¥36,000–¥46,000 / 泊(二名一室・通常期)

なぜ選ばれるか
和泉屋は、松之山湯本にわずか六室を構える木造の小さな湯宿である。全ての風呂が貸切で、追加の料金なく何度でも利用できる。混み合う大浴場ではなく、薬湯を二人だけで静かに味わえる点が、この宿の核である。二〇二〇年に全客室を改めてベッドのある部屋とし、昔ながらの木造の情緒を残しつつ、体に無理のない滞在を整えた。薬湯を独り占めにして過ごす、湯治本来の時間を求める旅に向く一軒である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、貸切で湯を使える点への評価が突出する。周囲を気にせず薬湯に浸かれること、湯上がりに部屋のベッドで体を休められることが、静けさを求める旅人に支持されている。六室という規模ゆえの目の行き届いた応対にも言及が多い。派手さはないが、湯そのものと向き合う滞在を望む向きには、記憶に残る一軒として受け止められている。
向く人 / 向かない人
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向く:
薬湯を貸切で静かに味わいたい夫婦・二人旅、ベッドで体を休めたい湯治志向の旅、少数客室の落ち着きを望む人 -
向かない:
広い大浴場や多彩な湯めぐりを求める旅、大人数のグループ、館内施設の充実を重んじる滞在
具体情報
- 所在: 新潟県十日町市松之山湯本(松之山温泉街)
- 客室数: 6室(2020年に全室ベッドのある客室へ改装)
- 湯: 松之山温泉の薬湯、全風呂貸切・追加料金なしで利用可
- 食事: 朝夕食付き(土地の食材を用いた家庭的な献立)
- 特徴: 六室のみの小規模木造湯宿
5. しなの荘 — 津南・越後田中温泉
信濃川の畔に湧く茶褐色の自家源泉を、十二室でかけ流す。妻有の川辺で湯治を継ぐ秘湯の宿。
Media Picks Score: 88 / 100 12室、信濃川畔の湯宿。
目安価格 ¥39,000–¥53,000 / 泊(二名一室・通常期)

なぜ選ばれるか
しなの荘は、松之山から信濃川沿いに南へ下った越後田中温泉の湯宿である。茶褐色を帯びた自家源泉を一〇〇パーセントかけ流しにし、日本秘湯を守る会に名を連ねる。松之山の白い薬湯とは異なる、鉄分を含む塩化物泉のぬくもりが、この宿の湯の個性である。信濃川の畔に立つ小さな露天から庭を眺め、ぬるめの湯にゆっくりと身を沈める。松之山とあわせて越後妻有の二つの湯を訪ねる旅に、対の一軒として据えたい宿である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、湯そのものへの評価が高い。茶褐色の自家源泉のかけ流し、肌になじむ湯ざわり、川辺の露天から望む景色への言及が目立つ。松之山の高濃度の薬湯とは質を異にする湯として、妻有をめぐる旅人が両者を比べて語る傾向も見られる。小規模ゆえの静けさや、素朴で土地に根ざした食への好意的な声も集まる。派手さより、湯と川辺の時間を味わう滞在に向いた宿と言える。
向く人 / 向かない人
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向く:
松之山とは異なる湯質を味わいたい湯めぐりの旅、信濃川の川辺で静かに過ごす夫婦・二人旅、秘湯を守る会の宿を巡る旅人 -
向かない:
松之山温泉街の徒歩圏に泊まりたい旅程、大浴場の広さや館内の充実を求める滞在、賑わいのある宿を望む人
具体情報
- 所在: 新潟県津南町(越後田中温泉・信濃川畔)
- 客室数: 12室(小規模の湯宿)
- 湯: 茶褐色の自家源泉100%かけ流し、鉄分を含む塩化物泉
- 会員: 日本秘湯を守る会
- 特徴: 信濃川を望む庭付きの露天風呂
よくある質問
Q. 松之山温泉の薬湯には、どんな効能が期待できますか?
A. 松之山温泉はナトリウム・カルシウム塩化物泉で、溶存成分の濃さが際立ちます。塩分が肌に膜をつくって保温するため湯冷めしにくく、冷えや疲れの癒しに向くとされます。ホウ酸を多く含む点も特徴です。ただし成分が濃いぶん湯あたりも起こりやすく、長湯を避け、こまめに水分を取りながら入るのが、湯治の作法にかなった過ごし方です。
Q. 松之山と越後田中の湯は、どう違いますか?
A. 松之山の湯は無色から白濁の高濃度塩化物泉で、日本三大薬湯に数えられます。一方、越後田中温泉のしなの荘は鉄分を含む茶褐色の塩化物泉で、湯ざわりや色が大きく異なります。二つを訪ねて湯質を比べるのは、越後妻有をめぐる旅ならではの楽しみです。本記事では松之山四軒と越後田中一軒を選び、対になる湯を一つの旅程に収めました。
Q. 白露から秋分にかけて訪れる利点はありますか?
A. 白露(九月上旬)から秋分にかけての妻有は、棚田の稲刈りを迎え、里山が実りの色に染まります。越後妻有アートフィールドの作品を歩いて巡るにも、暑さの和らぐこの頃合いが編集部の推す時期です。夏の繁忙が過ぎ、雪の季節の前という点でも、湯治の静けさを求める旅に適しています。
Q. 子ども連れでも泊まれますか?
A. いずれの宿も子連れの滞在は可能ですが、性格は分かれます。三十室のちとせは家族連れにも対応しやすく、六室の和泉屋や貸切風呂の宿は静けさを重んじる大人の旅に向きます。文化財の凌雲閣は段差の多い木造建築のため、幼い子や足元に不安のある同行者がいる場合は事前の確認を勧めます。
Q. アクセスはどのようになりますか?
A. 松之山温泉の四軒へは、ほくほく線まつだい駅から車でおよそ十五分から二十分です。宿によって送迎の対応が異なるため、予約時の確認が確実です。越後田中温泉のしなの荘へは、飯山線越後田中駅や津南方面からのアクセスとなります。妻有は公共交通の便が限られるため、二泊三日で作品鑑賞も兼ねるなら車の利用が動きやすいでしょう。
本記事の参考情報
・十日町市観光協会 — 松之山温泉と越後妻有エリアの観光情報
・Wikipedia: 松之山温泉 — 泉質・歴史・三大薬湯の背景
編集部から
越後妻有の湯を継ぐ五軒には、共通して湯治の作法が息づいている。濃い塩化物泉を無理なく味わうために、長湯を避け、水分を取り、湯と静かに向き合う——それは効率とは遠い、身体と土地に沿った時間の使い方である。白露から秋分にかけての妻有は、棚田の実りと現代美術が里山に重なり、湯治の合間に歩く楽しみも尽きない。松之山の白い薬湯と越後田中の茶褐色の湯、二つを一つの旅程に収めれば、越後妻有という土地の奥行きがいっそう見えてくる。次はどの湯に、どれだけの日をあずけるだろうか。